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隼人の風

作者: 田中浩一

*この投稿はフィクションです。


「隼人の風」


まだ、薩摩と、呼ばれていた頃の、祁答院(けどういん)藺牟田池(いむたいけ)周辺の、約百世帯の集落で、ここ一週間の間に、藺牟田池にあがった死体が一体、油まみれの重体が一人、見つかった。意識不明の彼からは、何が起こったのか、聞き出すのは難しかった。とにかく、何事か、尋常ならぬことが、ここ、藺牟田池で起こっていた。


明るい月の夜。お菊は、猿ぐつわを噛まされていた。自宅に侵入した見知らぬ忍者姿の男に、着物の帯を力任せに引かれて、

「あ~れ~」と、回転しながら、ほどかれた。お気に入りの桜柄の着物は、男に剥がされ、赤い縁取りの白襦袢姿になった、お菊はその場に、よよよっと、くずおれた。

倒れたその横には、後ろ手に縛られ、猿ぐつわを噛まされて、足首を縛られた両親が、なすすべなく座っていた。

侵入者はお菊の細い肩を、むんずと掴みこちらを向かすと、胸元へと手を差し入れようとした。

その時、ヒュッという風切り音と共に、障子に穴が開き、侵入者の右肩に刺さった。

「うぬ~、何者?」侵入者は娘を離すと、障子を両手で押し開いた。すると目の前に、着流しの着物の裾を帯に捲し上げた、フンドシ丸見えの男が立っていた。

侵入者は、すぐさま、後ろに飛びす去った。

着流し男の、フンドシは薄紫のフリル付き。畳の上をズリズリと、侵入者を後ろの壁へと追い詰める。お菊から見ると、フリル男の後ろ姿、捲し上げられた、着物から覗くお尻に食い込む、縦一文字の、薄紫のフリル付きフンドシに分かちられた、キュッとしまった、染みも、吹き出物もない綺麗な双丘に、

「綺麗!」と、思わず、洩らす。

その声に、思わず、ニンマリ、

「勝負フンドシじゃ」といったフリル男の脇を、侵入者はすり抜け、表へ出た。フリル男は追いかけた。平屋長屋の、一直線道路の、ちょい先に、石を投げると、届きそうな距離の大きなまん丸、満月を背にして、仁王立ちして、侵入者は、待っていた。

騒ぎに、何事かと起きてきた、長屋の住人が、手に手にろうそくや、提灯を持ち合わせて出てきた。その、飴色の灯りに照らし出された、侵入者の顔は、幼く見えた。

侵入者は、ニンマリ笑うと、背中にショッタ刀を、(さや)ごと抜き取ると、縦に構え、フリル男の前につきだした。目の悪い、フリル男の目にも、刀のコウガイ(さやの上の方)に彫刻された、星形が見えた。

侵入者は、自分の立つ、前の地面に、鞘で直径三尺(一尺はだいたい0.3メートル)の円を書く。その中に、円の縁、いっぱいに星形をひとつ書く。その上に立つと、両手で、怪しげな、印を結び、呪文を唱え始める。呪文が終るか終わらぬかのうちに、侵入者の足元の地面が隆起した。高さで十五尺の高さの小山が出来上がった。隆起が収まると、土がひび割れ、ハラハラと崩れる土の中から現れたのは・・・。

巨大なガマガエル。

フリル男は、思いっきり、ガマガエルの上の侵入者を指差して、叫んだ。

「やはり、貴様、ガマ法師!」

「いかにも、拙者、最近、にわかに、有名になった、ガマ法師じゃ~」月夜の晩に、ガマ法師の高笑いが響き渡った。

「しかし、若造!人を指差すのはやめろよ」

「あっ!?ごめんなさい」フリル男は指を引っ込めると同時に、腰の脇差しを抜くと、ガマガエルの前足に切りつけた。しかし、全身、ガマの脂汗まみれで、滑って刃が断たない。

ガマガエルがフリル男に、「グフッ」と息を吹き掛ける。黄色い吐く息の、その臭さと言ったら、夏の日の、あっちんちんのアスファルトの上に落とされた、犬のウンコの臭いに似ていた。

「うっ!」吐き気を覚えた、フリル男は思わず、よろめいた。

ガマガエルが、足元の村人を、長い舌を出して、ペロッとすくいあげ、クルクルと巻き取ると、ゴクッと飲み込んだ。

「あんたぁ~!」飲み込まれた男の妻が、絶叫する。

このままでは、村人が危ない、と思ったフリル男は、棒手裏剣を、ガマガエルの右目に放った。見事に命中し、ガマガエルは、フリル男の後を追う。

直線を息せき切って逃げるも、ひとっ飛びでガマガエルに追い付かれる。着地した、その前足で、潰されそうになるのを、横にくるりと回転して、かわす。左に曲がるがその先は、袋小路、行き止まりだった。

「どうしたどうした。もう逃げないのか?はははっ!」ガマ法師が、油まみれのガマの頭に、足をすべらしながらもなんとか、立ちながら、ほくそ笑む。

すると、今度はフリル男が脇差しを鞘ごと引き抜くと、左手で、前に付きだした。そのコウガイには同じく、星形の彫刻が彫られていた。

「その刀は!お主、何者じゃ?」そういうガマ法師をよそに、フリル男は、目の前に、円を書くと、その中にいっぱいの星形をひとつ書き、その上に立つと、両手で印を結び、呪文を唱え出した。

すると、またもや、地面が隆起し、ガマガエルの二倍に膨れ上がった。隆起が収まると、土がひび割れ、中から、三角頭の赤黒まだらの、大蛇が現れた。

金色の目の中の、縦に割れた、深淵の黒目に睨まれた蛙は、いすくめられて動けなくなるのだが、さすがに、人を食った、ガマガエルは、クルッと踵を返すと、遁走した。

「こらっ!逃げるな、戦え!」ガマ法師の言葉を無視して、跳ねるガマガエル。

藺牟田池の縁を、回るように、ピョコピョコと逃げる。それをみて、余裕で、池の中に身を沈める、大蛇。くねくねと身をくねらせ、スイスイとあっという間に、ガマガエルの前に、出る。

ガマガエルは、すぐに、左の山の上に逃げ出す。三回の跳躍で、山のてっぺんに、立った。一度、身を縮め、跳躍する。藺牟田池に飛び込み、逃げるつもりだ。振り落とされまいと、ガマ法師も油まみれの体にしがみつく。

後ろで、シューっと音がした。ガマ法師が振り返ると、目の前に、上下に180度、口を開いた大蛇が、目の前にいた。

大きな月夜の晩に、パクっと軽い音と共に、ガマガエルはガマ法師と共に、ひと飲みで、食われた。大蛇は自身の三倍もの腹を膨らませながら、やがて、元の細身に戻った。


まるで、何事もなかったかのように、山を下り、村まで降りてきた、フリル男と大蛇。

「ありがとうございます。村はあなた様のお陰で救われました。どうぞ、酒とご馳走が用意してあります。こちらへ入らしてください」村の(おさ)が頭を下げる。

「礼には及ばぬ。先を急ぐ身じゃ」フリル男はそういうと、印を解いた。ポンっと軽い音と共に、大蛇は白い煙へとかき消えた。村人の間を掻き分けて、お菊が胸元をかき合わせて、走り出してきた。

「ならば、せめて、お名前を、お名前だけでもお聞かせください」

地上に降り立ったフリル男の元に、何処からともなく現れた白い馬が、駆けつけた。その馬に華麗に股がると、二本の指を立て、眉間に構えると、言った。

「俺の名は、『隼人の風』。娘よ、達者で暮らせよ。あばよっ」そういうと、手綱をひいて、隼人の風は颯爽と大きな月の方角目指して、立ち去っていった。

そろそろと帰り始める村人のなか、お菊は両手を握り会わせ、呟いた。

「隼人の風様、す、て、き」

ポッと頬を赤らめて、お菊は目を潤ませた。

藺牟田池に、平和が訪れたのだった。

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