色のないソラ‐2話 「夢中」
# 2話 「夢中」
(今日も静かだ。・・・雨か。 雨の日が好きか嫌いか分からない。ただ、子供の頃、透明の傘に雨粒が当たり、弾け、流れていくのを、ずっと見上げていた。 その時の感情は思い出せない。 けれど、渡した相手のことは覚えている。街の絵描きだ。)
彼女は雨の日の記憶を思い返していた。 雨が好きかどうかわからないが、その時抱いていた感情を取り戻せば、答えが出るのではないかと考えていた。 実のところ、彼女が取り戻すその感情は好感や嫌悪ではないのだが、今は思い返した記憶から感情を探り当てるほかない。 彼女は街へと出かけた。
(彼とはこの街の大きな川にかかる橋で出会った。そこで彼は、橋とその向こうの景色を描いていた。)
橋につくと、彼女は周りの人に絵描きを知らないかと聞いて回った。 しかし2時間経っても、彼の情報は得られなかった。彼女は一度足を止め、彼が描いていた絵を思い出してみた。
(あの家・・・彼のか。)
当時彼が描いていた街の絵には、存在しない変わった家があった。 色鮮やかに描かれていたその家は、今少し色褪せてそこに建っている。
彼女はベルを鳴らした。
「あの時渡した感情を返して。」
絵描きは、感謝の言葉を述べた。当時は絵が売れず、生活に悩みながら、理想の家がある街の絵を描いていた。 そんな時に彼女と出会い、感情を受け取ったのだ。 元々自分が持つものと同じ種類の感情を受け取ると、その感情は重複して強くなる。 その結果、彼は絵に没頭することができ、理想の家まで建てられたのだ。 そんな話をするが、彼女はただ話が終わるまで佇んでいた。
「もう私は、自分の感情だけで絵を描き続けることができる。だから、是非この感情を返させてほしい。 本当に感謝しているので、何かお礼をさせてはくれないかい。」
ソラは答えた。
「透明の傘をちょうだい。」
彼女は帰路に就く。絵描きはそのうしろ姿を描く。
道で立ち止まるソラは、透明の傘に弾ける雨粒をいつまでも見上げていた。