夏至祭 5
「ま、オレにはミーが作ってくれた花冠があるしな。踊りが少しぐらい苦手でも問題ないだろ」
私の花冠があることと、踊りが苦手なことがどう繋がるのか分からない。
バーク様の膝の上で首を捻っていると、クラ様が拳を握ってグググッと唸った。
「綿菓子の手作り花冠!? なんて羨ましいの!? それをすぐに寄こしなさい! 維持魔法をかけて永久保存するわ! いえ、傷一つ付かないように水晶に封じて……それなら、いっそのこと綿菓子ごと……」
呟きとともに妖艶な顔にドス暗い気配が漂う。
背中にゾクッとした寒気を感じた私は慌ててバーク様の膝から立ち上がった。
「で、では、クラ様の花冠も作ってきますね! それまで、よければケーキを食べてお待ちください。私の手作りなので味の保証はできませんが」
その言葉にクラ様の目が輝き、両手を胸の前で組んでグルンとテーブルの方を向いた。
「綿菓子の手作りケーキですって!?」
うっとりとイチゴのケーキを見つめるクラ様。
そこでバーク様がクラ様の視線からケーキを逃がすようにテーブルを持ち上げた。
「見るな! 触るな! 食うな! 全部、オレが食べるんだ!」
「なっ!? 私が全部食べるのよ!」
「オレだ!」
「あ、待ちなさい!」
バーク様がテーブルを持ちあげたまま庭を走り出した。しかも、テーブルにのったケーキは微塵も動いていない。ある意味、脅威のバランス感覚。
そして、それを全速力で追いかけるクラ様。
「混沌を悪化させたかもしれません……」
突如発生した、盟主がテーブルを持って走り、それを美女が追いかけるという光景に、使用人Aの方々が苦笑いをこぼし、ギルドの方々が唖然となる。
けれど、私ではこれ以上どうすることもできない。
「とりあえず、花冠を作りましょう」
今の私ができることをするために色とりどりの花が咲いている庭の端へ行き、花を摘んで花冠を作る。
そこで、ふと子どもの頃に読んだ本の記憶が蘇った。
「……そういえば、夏至祭の日の夜に七種類の摘んだ花を枕の下に置いて寝ると将来の結婚相手が夢に現れるという話がありましたね」
誰にも言わずにおこなうことが秘訣だと書いてあったが、手にしている花を見れば分かるため、女の子たちはキャアキャアとその話で盛り上がりながら花を集めていた。
でも、人見知りの私はその輪に入ることができず、静かに眺めていただけ。
(結局、枕の下に花を置いて寝ることはありませんでしたが……)
その花を一つ一つ摘んで花冠に編み込みながら笑みがこぼれる。
「もう、私には必要ありませんしね」
顔をあげればテーブルを持ったまま元気に庭を走り回るバーク様。
褐色肌の強面で、逞しい体躯。その外見から初対面の人には怖れられるけど、実は優しくて、誰よりも私を大事にしてくれる。……今の状況は、ちょっとアレですが。
ちょっと複雑な気持ちを抱えたまま、私は完成した花冠を持って立ち上がった。
すると……
「花冠を返せ!」
「嫌よ!」
怒鳴るバーク様の前で、花冠を頭にのせて優雅にクルクルと舞うクラ様の姿。
どうやらバーク様の頭にのせていた花冠をクラ様が奪ったらしい。ちなみに、バーク様は丸いテーブルを持ったまま。ケーキも食べた様子なく、そのまま。
ただ、雰囲気は険悪。
一触即発状態の二人の間に私は慌てて入った。
「バーク様、こちらの花冠を。新しく作りましたので」
作ったばかりの花冠を紫黒の髪の上にのせる。まったく同じ花冠ではないけれど、大差はないのでいいだろう。
するとバーク様の顔が晴れたが、すぐに悔しそうに唸った。
「ミーが作ったモノは全部オレのものにしたいのに!」
「また、いくらでも作りますので」
なだめようとしていると、クラ様の詠唱が響いた。
『精霊よ、夏の祝福と彩りをいとし子へ授けよ』
庭に咲いている花が集まり、空中で花冠となると、そのまま私の頭の上にふわりと舞い降りた。
「え?」
戸惑う私にクラ様が妖艶な笑みをむける。
「ほら、これで私と綿菓子はお揃い。ペアルックね」
「あ……たしかに」
私もこの国の夏至祭用の服を着ていた。ただ、白いブラウスは同じだけれど、スカートは黄色をベースにしているのでクラ様とは色違い。でも、お揃いと言えばお揃いになる。
そのことに気が付いたバーク様はぐぬぬと歯ぎしりをする。
「クッ、オレだって同じ服を着たことないのに」
「もしかして、羨ましいの? 盟主も着てみる?」
煽るようなクラ様の言葉にバーク様が勢いよく返事をする。
「オレも着る!」
その大声に庭の空気が凍った。まさかの宣言に遠巻きに眺めていた使用人Aの方々だけでなく、ギルドの方々もゴクリと息を呑む。
その中で、クラ様だけが優雅に微笑んだ。
「じゃあ、お望み通りにしてあげる」
細い指が空中に円を描く。
『この者の望みし姿へ、大いなる慈悲を与えよ』
魔法の詠唱とともに強い光がバーク様を包み……
「ヒッ!?」
「うわっ!?」
「ヒェッ!?」
恐怖混じりの引きつった声が庭に響き、夏なのに冷えた風が吹き抜ける。
厚い大胸筋で今にもはち切れそうな白いブラウスに、なぜか丈が短いピンクのスカート。その下には、褐色肌の立派な大腿筋と、白い靴下でも隠しきれない立派なふくらはぎがある。
夏至祭用の服だけれど、私たちとは印象がまるで違う。
強烈な視覚的暴力に近い光景にほぼ全員が硬直する中、クラ様の楽しそうな声が響いた。
「ほら、これでお揃いよ」
「おまっ、そうじゃなくて!」
怒鳴るバーク様の動きに合わせて白いブラウスが胸元から破けていく。下手に動くと短いスカートがめくりあがり、下着が見えそうになる。
「バーク様、落ち着いてください! 動かないでください!」
こうなったら、祭りどころではない。とにかく着替えないと。
わたわたしていると、別の冷えた風が感情のない声とともに吹き込んできた。
「……これは、どういう状況ですか?」
ブリザードのごとく舞い上がる長い銀髪。射殺さんばかりに光る紫瞳。
その姿にヒッと喉から声が漏れる。
「い、いや、これはクラが……」
言い訳をしようとするバーク様にオンル様が迫る。
「あんな安い挑発に乗るからでしょう! そもそも、そんな服を着るなんて言うから! バークはもう少し盟主としての自覚を……」
ぐどぐどと続く説教。
その光景にそっと私の近くにきた糸目の使用人Aが囁いた。
「こちらで夏至祭を始めましょう」
「で、ですが、バーク様は……」
「いつものことですから。あ、クラはこれ以上、問題を起こしたら即、全員で叩きだしますので」
しっかりと釘を刺されたクラ様。周囲には鋭い目をしたギルドの方々が囲んでいる。
「わかったわ。私だって夏至祭を楽しみにしていたんだから。まずは、綿菓子が作ったケーキをいただくわね」
「は、はい。どうぞ」
こうして始まった夏至祭。
でも、バーク様はオンル様からの説教コースとなり、参加できたのは夜になってからでした。
コミカライズ合本版4巻配信のお礼SSは以上となります!
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!(๑•̀ㅁ•́ฅ✧




