再び人に戻りまして
気まずい空気が流れる。バーク様とオンル様が猫になった私を無言で見つめる。
オンル様が私に顔を近づけた。美麗な顔のドアップはドキドキするより美術品のようで感嘆してしまう。
「これは…………呪いのようですね」
「呪い?」「にゃ?」
バーク様と私の声が重なる。けど、私は再び猫の声。
「魔力が足りない、魔法のなりそこない。そこに強い念が混じったモノ。それが呪いとなったようです。よほどの恨みをかったのか、他に目的があったのか」
「にゃにゃにゃ!?」
(恨み!?)
まったく身に覚えがない私は呆然とした。そんな呪われるほどの恨みなんて……
「しかも水を被ると猫になる。お湯だと……どうなるか分かりませんが」
「呪いはとけないのか?」
「魔法は決まった形がありますが、呪いは念が強くて形が崩れていますからね。地道に分析して解呪するか、呪いをかけた人を捕まえて、呪いの内容を聞き出すか」
「にゃうぅぅぅ……」
(呪いをかけられたなんて……お父様とお母様に言えないです……)
オンル様がバーク様に訊ねた。
「ちなみに朝は、どうやって人に戻ったのですか?」
私はバーク様を見た。すると、バーク様が褐色の肌を赤くして顔をそらす。
「あ、いや。あれは、その……」
「……まさか、恥ずかしくて言えないようなことを毛玉にしたのですか? ついに、猫相手に」
「い、いや、待て! ついに、ってなんだ!? ただ、鼻と鼻をくっつけただけだ! ただの鼻チューだ! 鼻チュー!」
「……鼻チューって言ってて恥ずかしくないです?」
バーク様が真っ赤になった顔を両手で覆う。
「憧れだったんだよ! 猫と鼻チューするの!」
「開きなおりましたね。では、さっさとしてミランダ殿を人に戻してください」
「ヴェ!?」
驚いたバーク様が私を見る。目が合った瞬間、高速でそらされたけど。
「い、いいいい、いや! 待ってくれ! 心の! 心の準備が!」
「みゃうぅ……」
(外見は猫とはいえ、中身は女。女嫌いのバーク様には辛いですよね……)
私はブンブンブンと頭を横に振った。
「にゃ、にゃんにゃん。にゃにゃうにゃ」
(私はこのままでいいです。このままで大丈夫ですから)
「ほら、なにを言っているか分からないですから。さっさとしてください」
「いや、けど……」
「にゃん! にゃん!」
(無理しないでください!)
オンル様はしばらく私を見つめた後、ポンッと両手を叩いた。
「あ、別にバークがする必要もないんですよね」
「は!?」「にゃ!?」
オンル様の白く綺麗な手が私に伸びる。そこに、背後から大きな手で脇を掴まれた。そのまま、ひょいと持ち上げられる。
「ダメだ! ダメだ! ダメだ! おまえにさせねぇ!」
「んにゃ!?」
突然の浮遊力。体がプラーンとなったと思ったら、眼前に迫るバーク様の顔。そこにオンル様の声が。
「あ、ちょっと待……」
「待たねえよ!」
「にゃ!?」
私を掴んでいるバーク様の手に力が入る。私が思わず目を閉じた次の瞬間、鼻にちょんと触れる感触。
ポンッ!
軽い音とともに、ソファーに足がつく。目の前にはバーク様の顔。
私の長い髪が背中を流れ、全身を包む。そして、素肌に感じる少し冷えた空気。
「にぃやぁぁぁぁあぁぁぁあ!!!!!」
「だから待ちなさいって言おうとしたのに」
呆れた声とともにシーツをかけられる。私はシーツで体を包み、ソファーの端で丸くなった。
「もう、もう、お嫁にいけないですぅ……」
「わ、悪かった! 悪かったから、泣くな!」
「にゃぅぅぅぅ」
バーク様がおろおろする中、私の泣き声が響いた。
※※
少しして女性モノの服が届き、私は体に合った服を着ることができた。
白いブラウスに水色のロングスカート。派手とか、可愛らしいとかはなく、シンプルなデザイン。
でも、バーク様は距離を空けてチラリと見ただけ。やっぱり女嫌いだから……
「で、先程の話の続きですが」
「……はい」
私はソファーに小さく座った。左前の一人掛け用のソファーにオンル様。右側の窓に腕を組んだバーク様が立っている。視線はもちろん窓の外。
オンル様がチラッとバーク様を見た後、私の方を向いた。
「その呪いについて、今わかっていることは、水で猫になることと、鼻と鼻をつけることで人に戻ること、です。あと、他にもなにかあるかもしれませんし、呪いを解く方法は不明です」
「はい……」
「呪いを解呪できる人に心当たりはありますか?」
「まったくありません」
絶望に沈んだ私にバーク様がとどめを刺す。
「まさか、ミーは一生このままなのか!?」
「そうなんですか!?」
二人でオンル様を見つめる。オンル様が軽くため息を吐いた。
「その可能性もあります」
「それはミーが可哀そうだろ! おまえが解呪できないのか!?」
「私は専門家ではないので。分析ぐらいなら出来ますけど、解呪まで出来るかは不明です」
「くそぅ……」
バーク様が苛立たしげに唸る。私はその姿だけで胸がいっぱいになった。
「バーク様、そのお気持ちだけで嬉しいです。母は極度の猫嫌いなので、家には帰れないかもしれないですが……」
「なら、ここに居たらいい。解呪の方法がないか探しながら」
「ですが……」
私とバーク様がオンル様に視線を向ける。オンル様は仕方ないとばかりに肩をすくめた。
「分かりました。記憶喪失という設定のまま、ご両親には手紙で無事を知らせ、記憶がまだ曖昧だから、ここで療養すると伝えればいいでしょう。その間に解呪できる人を探しましょう」
「いいのですか!?」
「はい。あと、少し仕事を手伝ってもらえたら助かると思いまして」
「仕事、ですか?」
顔をあげた私にオンル様が頷く。
「はい。この前、書類の偽造を見つけたように、書類のサインを確認してほしいのです。私たちは今、事業を拡大しているのですが、この国の書類確認は不慣れでして。また同じことがあるとも限りませんし」
「で、ですが、私はそのようなこと、したことがなくて……」
「もちろん、あなたに責任を問うようなことはしません。こちらが気になった書類を確認してもらうだけでいいので」
「でも、契約とかなら……その、重要な書類とか……私が見ても、いいものか……」
オンル様が頷く。
「その場合は、重要なところを隠してサインだけ確認してもらうようになりますね」
「は、はぁ……」
悩む私にバーク様の軽い咳払いが響いた。
「む、無理に、とは言わないが。ただ、オレはまったく分からないことだから、確認してもらえると助かる」
(バーク様に必要とされている……)
それだけで、嬉しくて心の中の雲がすべて吹き飛んだ。
「は、はい。あの、頑張ります」
気がついたら口が勝手に答えていた。




