夏の怪談・後編
その夜――――――
バーク様はオバケを目撃したという使用人と他の使用人数名、そしてオンル様と一緒に炊事場へ続く廊下を歩いていた。
「本当にオバケがいない証明ができるのですか?」
オンル様の問いにバーク様が困ったように眉尻をさげる。
「証明ってわけじゃないが……まあ、見ればわかる」
「はぁ」
あまり乗り気ではない様子のオンル様。それは、他の使用人たちも同じで。
そんな会話を聞きながら、炊事場にいる私はバーク様との打ち合わせ通りに行動を開始した。
普段なら何とも思わない炊事場。だけど、オバケの話を聞いたあとだと、この薄暗さがまた何となく不気味で……
「早く、バーク様のところへ行きましょう」
人の姿の私は自分の体に水をかけた。
ポンッ!
猫の姿になったところで、着ていた服をくわえて廊下へと歩きだす。
「にゃにゃうにゃ、ふみゃぅなぁ……」
(バーク様に言われた通り歩いてますが、これでオバケがいない証明ができるのでしょうか……)
引きずっている自分の服を踏まないようにポテポテと廊下を進む。
少し前に、水を飲むために夜中に歩いた時と同じような暗さ。
ただ、この前と違うのは空に三日月があること。まるで金の腕輪のように輝く月は私の国で見るよりも大きく輝いている。
「ふにゃぁ」
(綺麗です)
月に見惚れながら歩いていると、離れたところから悲鳴に近い声が響いた。
「ヒッ! オ、オバケ!」
その声にブワリと全身の毛が逆立つ。
私はすぐに足を止めてキョロキョロと周りを見回した。
「なぁ!? うみゃけ!?」
(えっ!? オバケ!?)
でも、それらしきモノはない。
少し進んだ先にバーク様とオンル様、そして数人の使用人がいるだけ。噂になっていた白くて這うモノは見当たらない。
「うなぁ!?」
(どこですか!?)
ひたすら警戒しながら周囲を見ていると、近づいてきた紫黒の髪が月を隠すように屈んだ。
「そういうわけだ」
そう言いながらバーク様が私と服を持って抱き上げる。
「にゃ?」
(え?)
すると、後からやってきた使用人たち私を見てがホッと息を吐いた。
「そういうことでしたか」
「月のない夜だったので、余計に見えなかったのですね」
「これで安心しました」
「よかったです」
口々に出てくる安堵の言葉。
意味がわからず、ますます首を傾げる私にバーク様が困ったように苦笑しながら説明を始めた。
「オバケ話の発端は、ここで白い何かが這っていた、という目撃談からだったんだ。新月で月明りもなく、いつもより余計に暗かったんだが」
新月……炊事場の近く……白い這うモノ……
その言葉の並びに引っかかるものがある。
(私が夜中に喉が渇いて水を飲みに行った日は月がなく、暗かった。そして、猫になった私は自分の服を引きずっていた。それが這っているような姿に……?)
私の考えが伝わったのかバーク様が眉尻をさげた。
「報告があった日付けの朝、ミーは猫だったような気がしてな。ちょっと、実験してみたんだ」
その内容に私は慌てて頭をさげた。
「うにゃ! ふにゃ、みゃにゃにゃ!」
(申し訳ございません! 私のせいで、みなさんに迷惑をおかけして!)
言葉の意味は伝わらないけれど、謝っていることは伝わったらしい。
使用人の方々が両手を横に振る。
「いえ、大丈夫ですから」
「オバケではないと分かれば問題ありません」
「だから、見間違いだって言っていたのに」
「そうだよな。オバケなんて、いるわけないもんな」
軽い笑い声が響き、それから使用人の方々は自分たちの仕事へと戻っていった。
その背中を眺めながらバーク様がオンル様へ声をかける。
「これでいいか?」
「……まあ、オバケの正体が毛玉だったというなら」
「んなぁ、ふみゃぁ……」
(お騒がせして、すみません……)
頭をさげた私を大きな褐色の手が優しく撫でる。
「別にミーは驚かそうとか、怖がらせようとか、ワザとしたわけじゃないから謝る必要はないぞ」
「にゃぁ……」
(ですが……)
そこで突如、私たちの近くにある灯りが点灯した。
丸いランプの形をしており、中にある魔法石に魔力が流れることで明るく輝く。
「うな、んにゃぁふみゃなぁ?」
(そういえば、どうして灯りが消えていたのでしょう?)
私の疑問にバーク様が廊下の灯りを見上げた。
ちなみに少し離れたところの灯りは消えたまま。そのため、廊下がいつもより暗く感じる。
「あぁ、新月の時と同じ暗さにするために灯りを消していたんだ。今日は月明りがあるから、これにいつもの灯りがあったら、オバケが出たって時より明るいからな。それだと、検証にならないからな」
「うみゃなぁ」
(同じ状況にしたんですね)
納得していると、どことなく顔色が悪いオンル様がバーク様へ訊ねた。
「……誰が、この灯りをつけたのですか?」
たしかに、このランプは魔力を流さない限り、勝手に点灯することはない……はず。それなのに、勝手に灯りが付いたということは……
その意味を理解した私は思わずバーク様の腕にしがみついた。
「み、みゃぁ……?」
(ま、まさか……?)
震えそうになる私に対して、平然としているバーク様。
視線をずらせばオンル様も無言のまま。一見すると平然としているように見える……けど、いつもの美麗な顔がどことなく青白いような……?
私は恐る恐る顔をあげてバーク様へ訊ねた。
「みゃ、みゃにゃう?」
(こ、怖くないのですか?)
すると、強面の顔が困ったように眉尻をさげて苦笑する。
「あー、まぁ、いろいろあるが、良いオバケならいいんじゃないか? 別に悪さをするわけでもないし。なあ、オンル? ……オンル?」
バーク様の声に光を失っていた紫瞳がハッとなる。
「そ、そうですね。ただ、他の者が知ったら夜番に支障が出ますので、このことはここだけの秘密にしましょう。では」
そう言って銀髪を翻し、さっさと去っていった。
「うにゃぁ……」
(そういうものなのでしょうか……)
いまいち納得できない私の頭を再び大きな手が撫でる。
「ま、一件落着ということで今日は寝るか」
その言葉に私は思わず逞しい腕をキュッと掴んだ。
「みゃ、みゃぁん……」
(あ、あのぉ……)
それだけで伝わったのか黄金の瞳が安心させるように細くなる。
「今日は一緒に寝るか?」
「みゃ!」
(はい!)
勢いよく手をあげて答える。
こうして私は猫のままバーク様と眠りについた。
その一方で……
「これで何者であろうと、絶対に入ってこれませんね」
オンルが満足そうに室内を見渡す。
普段は整理整頓がされ、キッチリと片付いたオンルの自室。
それが、今は様々な魔法陣から魔除けグッズに、御札など古今東西のいろいろな術具や呪具が飾られ、混沌とした雰囲気が漂う。
「最後に清めの塩をまいて……これで、寝れますね」
ここまでしたことが逆効果となり、様々な術具と呪具によって室内の魔力が乱れ、オンルは寝不足になるのだが、それはまた別のお話――――――




