冬の遊び
本日はお休みのバーク様。
いつもお仕事で忙しいので気分転換になればと、私は冬にしか遊べない場所へ誘った。
「おぉ、すげぇな!」
強面を子どものように破顔させて見つめる先。
そこは冬の寒さで凍った大きな湖があった。
冬も温かい竜族の里では湖が凍ることはない。たぶん、バーク様は初めて見る光景だろう。
好奇心で輝く黄金の瞳に、湖の上で遊ぶ人々が映る。
「こんなに人が乗っているのに、氷は割れないのか?」
「毎年、これぐらいの人が集まりますけど、大丈夫です」
「そうなのか!」
待ちきれないとばかりに湖へ歩き出そうとするバーク様を私は慌てて止めた。
「あの、氷の上を歩く時はこちらの靴を履いてください。あ、今履いている靴の裏に装着しますので、脱がなくても大丈夫ですよ」
そう説明しながら、私は木で作られたスケート靴を出した。
「初めて見る靴だな!」
ウキウキ・ワクワクという言葉がそのまま顔から溢れているバーク様を前に、私は自分の靴に木のスケート靴を装着してみせた。
「これは氷の上を滑るための靴です。この靴を履いていると、滑りやすくなります」
「凄いな! そうやって履くのか!」
予想通り楽しそうにスケート靴を履くバーク様。
その様子を横目に、私は両手に木でできたスティックを持って立ち上がった。
履きなれた靴の底に固定した細い木の棒。その上に立たないといけないのだが、思いの他、体がふらつく。
(え? これで歩くんですか?)
説明が書かれた本ではスイスイと氷の上を滑れるとあったけれど、できる気がしない。
視線を湖へ移せば、ツルッと転げている人もいれば、本の通りにスーと滑っている人も。
(初心者には必需品と書いてあったからスティックも準備しましたけど……)
スティックで体を支えてもプルプルと震える体。倒れそうになるのを必死に耐える。
(氷の上じゃないのに立つこともできない……って、ダメダメ! 今日はバーク様に楽しんでもらうんだから! あれだけイメージトレーニングしたんだから、氷の上へ行けば滑れるはず……です!)
必死に自分を鼓舞して姿勢を正す。
運動が苦手な私はスケートをほとんどしたことがない。でも、体を動かすことが好きなバーク様はきっと喜ぶと考えて道具を準備した。
「できた!」
スケート靴を装着したバーク様がスティックも無しで立ち上がりガシガシとその場で足踏みをする。私とは違ってふらつきなく安定した動き。
驚いていると褐色の大きな手が目の前に現れた。
「よし、行くか!」
「え? あ、はい」
促されるようにスティックを前に出して一歩を踏み出す……が、フラフラして腰が引けてすぐに足が止まる。
「あ、あの、バーク様は先に滑っていてください」
これでは湖に辿り着く前に陽が暮れてしまう。それぐらい私の動きが遅い。もしかしたら亀より遅いかも。
プルプルも隠せなくなり、スティックを地面に突き刺したまま不動になっている私。情けなさすぎる。
気持ちとともに顔も俯いたところで体がフワリと浮かんだ。
「ふぇっ!?」
逞しい腕と柔らかな胸筋が私を包む。視線が高くなり、見晴らしが良くなった。
「よし、行くか」
バーク様が私を横抱きして歩き出す。
「え? へ? だ、大丈夫ですか!?」
「なにがだ?」
「スケート靴で、その、歩きづらくないですか?」
そう聞いたものの足取りは安定していて、スケート靴を履いているとは思えない歩調。
「いや、別に」
平然と湖まで運ばれた私。
そのまま、そっと湖の上におろされて……
「きゃっ!」
ツルッと滑りそうになり、反射的にバーク様にしがみつく。ガッシリとした腹筋に全身で抱き着き、全体重を預ける形になり……
「うおっ!?」
滑る氷の上では私を支えきれず、ドスン、とバーク様が尻もちをついた。そして、私はその体の上に……
柔らかくもしっかりとした厚い胸板。私を抱きとめている太い腕と、大きな手。冷えた空気に乾いた風が吹きつけるけど、バーク様の中はとても温かくて安心してしまう。
太陽の香りに包まれてうっとりとしていたら、厚着なのにドクドクといつもより早い鼓動が耳に触れ、私の意識が現実に戻った。
「す、すみませ……きゃっ!」
急いで立ち上がろうとして足が滑り、再び筋肉の上にダイブする。
「無理に動くな。ちょっと待てよ」
バーク様が探るように立ち上がり、私の腰を掴んで抱き上げた。
「あ、あの、もう大丈夫ですから」
大きな手が私の体を引き寄せて密着状態に。
恥ずかしさいっぱいの私に心配そうな視線が落ちる。
「一人で歩けるか? そもそも立てるか?」
「そ、それは……」
正直、一歩も動けない。スティックがあっても立っていられる自信がない。
「「…………」」
黙ったまま動けなくなった私たちの前をサラサラと白銀の波が横切った。
人々が行き交う氷の上を風のように優雅に滑りぬけていく。
長い白銀の髪が粉雪のように流れ、紫の瞳が白の世界に彩りを添える。美麗な容姿が冬の精霊のように舞い、人々を魅了していく。
その光景に淑女の方々が頬を赤らめ、感嘆のため息を漏らす。
それは悠然と氷上を滑るオンル様だった。
「ふむ、悪くないですね」
その言葉とともに私たちの前でシャッと止まる。
「オンル様、凄いです」
思わずパチパチと拍手をすると、バーク様の片眉がピクリを跳ねた。
片腕で私の肩を抱いたまま、反対の手を鋭く出してオンル様を指さす。
「勝負だ、オンル!」
今にも噛みつきそうな黄金の瞳に対して、紫の瞳が呆れたように細くなった。
「嫌ですよ」
「なんでだ!?」
「面倒ですし、私にメリットがありません」
グググ……となったバーク様が大きな声で吠える。
「おまえが勝ったら、すぐに帰って残りの仕事をしてやる!」
オンル様の美麗な口元がニヤリとあがる。
「それなら、いいでしょう」
こうして、なぜかバーク様とオンル様が勝負することになり、その結果は――――――
「あそこで子どもが出てこなければ!」
自室の執務机を叩きながら唸るバーク様。
「子どもが出てこなくても、あれだけ距離が開いていればが逆転は不可能でしたよ」
「クソォ!」
湖の端から端を滑り、どちらが先に着くかという競争をしたところ、途中でバーク様が盛大にこけてオンル様の圧勝。
猪突猛進型のバーク様にとって人々を避けながら滑る、というのは難しかったようで、その間にオンル様が最低限の動きで人々を避けて悠然とゴール。
そもそも今日、初めてスケートをしたのに、あそこまで滑れたことのほうが凄いんですが。
こうして、休日だったはずなのにバーク様は執務室で書類仕事をすることに。
そして私は、翌日から全身筋肉痛で動けなくなりました。バーク様にしがみついていただけだったのに……くすん。




