再び猫になりまして
「男物の服ですみません。女性物の服は今買いに行ってますので」
とにかく着られる服をと、オンル様から渡された服は男物。肩幅が合わないダボッとしたシャツに、膝丈のズボン。
布団よりはマシな姿……のはず。
そう思ったけど、バーク様は私を見るなり口元を押さえて顔を背けた。
「おい、オンル! なんでオレの服を!?」
「近くにあったので」
「だからって!」
(あ、そうか。女嫌いなバーク様の服を女の私が着たら、嫌な気分になるよね)
しょぼんと落ち込む。そんな私を横目で見ながらオンル様がバーク様に囁いた。
「それとも、他の男の服を着せた方が良かったですか?」
「ぐぬっ!」
「これで良かったでしょう?」
「ぐぅぅ……」
二人の会話は声が小さすぎて聞こえなかったけど、バーク様が言葉にならない様子で唸っている。
チラッと私を見たあと、顔を手で覆って背を向けた。
(やっぱり女嫌いのバーク様は私のこと……)
大きく広がった首元の襟をキュッと掴む。胸が痛み、涙が出そう。
(ダメ! ダメ! こんなところで泣いたら!)
グッとこらえる私にオンル様が声をかけた。
「朝食をお持ちしましょう。なにか食べたいものはありますか?」
「い、いえ……食べられそう、になく、て………」
「オレもいらねぇ。水だけ持ってきてくれ」
「わかりました」
オンル様が退室する。部屋に二人っきり。沈黙がツラい。ポツンと部屋の端で佇む。
そこにバーク様が暖炉の前にあるソファーを指さした。
「と、とりあえず、座れよ。突っ立ってても疲れるだろ」
「あ、ありがとう、ございま、す……」
私は言われた通りソファーに腰をおろす。でも、バーク様は座らない。窓の外を見たり、ウロウロしたり、落ち着かない様子。
(そうよね……嫌いな人と同じ部屋にいるんだから……)
視界がじわりと滲む。そこにノックの音が響いた。バーク様がドアに飛びつき開ける。
部屋に入ったオンル様が私たちを見て肩をすくめた。
「二人ともなんて顔をしているんですか。バークもソファーに座ってください」
「あ、あぁ」
バーク様が私の右前にある一人掛けのソファーに座る。
オンル様はローテーブルに水が入ったピッチャーとガラスのコップを置いた。水を注ぎ、私とバーク様の前に差し出す。すると、バーク様が一気に飲んだ。
「さて、少しは落ち着きましたか?」
「……いや、そう簡単には落ち着かねぇ」
「まあ、いいです。あなたより、毛玉……いえ、元毛玉ですかね? あなたのお話を聞かせていただきたいのですが」
俯いたままギュッと目を閉じた。
「…………騙していて、申し訳ございませんでした」
「は? へ? なんでミーが謝るんだよ!?」
「だっ……て、私、猫じゃないのに……」
「猫になって私たちに近づいた目的は?」
「オンル!?」
オンル様の声が私を圧し潰す。私は体を小さくして呟いた。
「あの、目的……とか、なくて……偶然、で……」
「では、あなたはどうして猫になっていたのですか?」
「わ、わからない、んです……朝、起きたら……猫になって、て……」
「では、なぜあそこで倒れていたのですか?」
「誰も、私だと気づかなくて……家、追い出され、て……」
矢継ぎ早に質問してくるオンル様。私は恐縮しながらも、なんとか答える。
そこにバーク様が吠えた。
「オンル! いい加減にしろよ。ミーが怯えているだろ!」
その声の大きさに私の肩が跳ねる。
「怯えさせているのは、あなたの大声でしょう? 元毛玉が何者なのか、私たちに危害を加える者か、判断しなければなりません」
「ミーは敵じゃねぇ!」
「バークは黙っていてください。そういえば、あなたの名前は?」
私は顔をあげた。
「ミ、ミランダ・テシエです!」
「やっぱりミーだ!」
「だから、あなたは黙っていなさい。では、ミランダ殿。今までの話をまとめると、あなたはある朝、突然猫になり家を追い出され、バークに拾われた。これでいいですか?」
紫の瞳に睨まれ、私は体を引きながら頷いた。
「そ、そうです」
「人だったなら、私たちの言葉を理解した動きをしていたのも納得です。ですが、手紙の文字。あれは、どうして違いが分かったのですか?」
「えっと、その……私、話をするのが、苦手で……手紙だと、ゆっくり自分の思いを、伝えられて……相手の気持ちも、分かるので……手紙を見るのが、好き、なんです。それで、字を見ていることが、多くて……そうしたら、字を書いてる人の、姿が浮かんで見えるように、なって……それで……あの手紙を見た時、別の人が書いている姿が見え、て……」
オンル様が顎に手を当てて考えてる。
「そういうことですか。それで、偽造だと見抜いたのですね」
「み、見抜いたなんて、大げさなもの、では……」
「いや、さすがミーだ!」
「い、いえ……」
私は俯いて体を小さくした。
「だから、バークは黙っていなさい。で、ミランダ殿はこれから、どうするのですか?」
「……」
(本当なら家に帰るべきなんだけど……)
ここにいたい気持ち、帰らなければという気持ちがせめぎ合う。俯いたまま答えが出せない。
オンル様が息を吐く。
「家族の方が心配しているのでは?」
私はハッと顔をあげた。まだ、私を探してくれているのだろうか。
「一度、家に顔を見せるべきだと思いますが。それとも、帰れない理由でも?」
「い、いえ。帰れない、理由は……ありませ、ん」
帰りづらいけど、帰れないわけではない。
「服が届いたら家まで送りましょう。ここにいた間は記憶喪失になっていた、ということにして、最近思い出したことにすれば、なんとかなると思います」
「は、はい……」
頷く私にバーク様が勢いよく立ち上がる。
「そんな、急がなっ……」
ガタン!
バーク様の膝がローテーブルに当たり、水が入ったピッチャーが吹っ飛ぶ。
「キャッ!?」
「あ!」
浮かんだピッチャーが私の方向へ。そして、中から水が飛び出し……
ビチャ! ポンッ!
水を被った私は軽い音とともに猫になっていた。