冬の料理・前編
私が生まれ育った国の冬は陽が沈むのが早く、夜が長い。
そのため自然と家で過ごす時間が多くなり、どう過ごすかが大事になってくる。読書や刺繍など趣味をすることもあれば、大切な人と美味しいものを食べながら語らうことも――――――
「料理番に作ってもらえばいいんじゃないか?」
厨房に立つ私を後ろから心配そうに覗き込むバーク様。黄金の瞳がナイフを持つ私の手を心配そうに見つめる。
「たぶん竜族の里にはない料理だと思いますので」
「レシピがあれば作れると思うぞ」
「この料理は家庭ごとで微妙に味が違いますし、それに……」
私は手をとめてオレンジを切っていたナイフを置き、顔だけ振り返った。
高い背を少しだけ屈めていたバーク様。そのため、思っていたより顔が近くて、吐息がかかりそうな距離に顔が熱くなる。
「そ、その、バーク様に私が作った料理を食べて、もらいたくて……」
あまりの近さに恥ずかしくなった私は、目が合わせられなくて俯いてしまった。
そのままモジモジしていると、大きな体がワナワナと震えて……
「あー! もう、ミーが可愛いすぎる!」
逞しい腕が私を包み、太陽の匂いが鼻をくすぐった。
窓の外は冷えた風が吹いているけど、この腕の中はいつも春のように温かくてホッとする。
恥ずかしさを忘れて安堵していると冷えた声がバーク様を刺した。
「はい、はい。イチャつくのはそれぐらいにして、バークは仕事に戻ってください。毛玉が料理を作らないと、料理番たちが明日の下ごしらえができません」
白銀の髪を揺らしながら忠告するのは、冷静冷徹で有能なオンル様。その後ろには少し困った表情で私たちを見守る本日の料理番の使用人Aの方々。
その視線に私は慌てて頭をさげた。
「すみません。急いで作りますから、バーク様はお仕事に戻ってください」
「だが……」
「頑張って作りますので、バーク様も頑張ってください」
「うぅ……」
口の端を歪めるバーク様の表情に、私は思わず目を伏せた。
「滅多に料理をしない私の料理より、料理番の使用人Aの方々が作ったほうが美味しいですよね。やはりレシピを……」
ここで私の言葉を遮るように肩を掴まれた。
「ミーが作った料理が食べたいんだ! わかった、仕事を終わらしてくる!」
宣言すると同時に勢いよく大股で厨房から出ていく。
その背中を眺めながらオンル様が口角をあげて美麗に微笑んだ。
「毛玉もバークの扱いが上手くなってきましたね」
「扱い?」
意味がわからずに首を傾げていると、ずっと見守っていた使用人Aの二人が出てきた。
「材料や道具の準備など必要なことがありましたら声をかけてください」
「下手に手伝うとバーク様の嫉妬が吹き荒れるので、料理自体は手伝えませんが」
申し訳なさそうに話す二人に私は軽く頭をさげた。
「ありがとうございます。私もなるべく自分で作りたいので材料と道具の準備だけお願いします。あ、オーブンに火は入ってますか?」
「準備をします。すぐに火を入れたほうがいいですか?」
「仕上げに使いますので、準備だけしておいてもらえると助かります。あと小さなフライパンもありますか?」
「ありますよ。いくつ必要ですか?」
こうして材料と道具を揃えてもらった私は使用人Aたちに助けてもらいながら料理を作った。
いつもより少なめの夕食を食べ終えてリビングへ。
パチパチと燃える暖炉の火を前に、ソファーでゆったりとくつろぐ……はずが、どこかソワソワしているバーク様。
「お待たせしました」
私は片手鍋や小さなフライパン、複数の皿をのせたワゴンを押してリビングに入った。
すぐにバーク様がソファーから立ち上がって駆け寄る。
「運ぶのを手伝おう……って、多くないか?」
二人で食べるには明らかに多い料理の量。
その指摘に私は眉尻をさげた。
「あの、ちょっと、作り過ぎてしまいました。ですので、みなさんと一緒に食べようと思ったのですが……ダメでしょうか?」
最初はバーク様と二人で食べることを想定していた。
でも、慣れない作業から上手くできなくて、何度かやり直していたら量が増えてしまった。捨てるのはもったいないので、料理番の使用人Aの方に助けてもらいながら食べられる程度にリメイクできた。
(ですが、バーク様に食べてもらうのは申し訳ないので、失敗作は私が食べるようにします)
そんな心の内を隠したまま、上目遣いで様子を探るように問えば、バーク様の褐色肌が赤くなり……
「い、いいんじゃないか?」
口元を押さえて顔を背けた。
と同時に使用人Aの方々がリビングになだれ込む。
「おまえら、何だ!?」
驚くバーク様を無視して使用人Aの方々がテキパキと料理をローテーブルへ並べていく。
「では、こちらの料理は小皿へわけましょう」
「この料理は、そのまま並べて」
「飲み物はこちらのコップへ」
「あ、この料理でしたら、あの冷酒が合いそうですね」
「倉庫で冷えていますから、持ってきましょう」
そこにバーク様が声を挟んだ。
「それなら、骨付きのでっかいハムとチーズもあっただろ。あれも持ってこい」
「よろしいんですか?」
使用人Aの問いに紫黒の髪が大きく揺れる。
「たまにはいいだろ」
「わかりました」
足取り軽く使用人Aの一人が倉庫へ向かう。
他の方々も、あれこれと提案しながらテキパキと料理を取り分けてローテーブルに並べる。その手際の良さはさすがすぎて、私は何もすることがない。
バーク様の隣でソファーにちょこんと座っていると、お酒と酒のつまみが追加され、気が付けば宴会のような雰囲気に。
そこにオンル様がやってきて肩を落とした。
「晩酌の量ではなさそうですが?」
ギクリと肩をすくめる使用人Aの方々。自覚があったのだろうが、誰も弁明しない。
そこにバーク様が声を出した。
「まぁ、たまにはいいだろ。せっかくミーが作ってくれた料理もあるし」
その内容にオンル様の眉がピクリと動く。それから、ローテーブルに視線を移して納得したように頷いた。
「毛玉が作った料理を食べられたくないから、他の酒とつまみを出させたわけですか」
まさか、そこまで計算していたとは思わず、確認するように隣を見る。
そこには黄金の瞳を輝かせ、しっかりと頷くバーク様が。
「当然だ! ミーが作った料理はオレが全部食べる!」
握りこぶしを作って宣言する。さすがに、この量を全部は無理かと思うのですが……
オンル様も同じ意見だったようで、額に手を当てて軽く頭を振った。
「腹を壊す気ですか? まったく……今日だけ、特別ですよ」
諦め混りの声に使用人Aの方々が息を吹き返し、喜々と準備を進めていく。
この国の冬は夜が長くて楽しみが少ない。そのため、こうした息抜きが必然となる。それをオンル様もわかっているのだろう。
……ところで、お酒の量が多過ぎません?
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お礼SSは本日の夜と明日の昼も投稿予定です!




