夏の味覚~後編~
「みぃにゃぁ……」
(疲れました……)
軽く息が上がってしまった私とは反対に、疲れた様子もなくゴソゴソと桶の中を動くザリガニたち。
その中の一匹が再び外へ出ようと動きだした。
「むにゃ!」
(ダメです!)
サッ、と前足を出した瞬間、ザリガニのハサミも素早く動き……
バシッ!
白金髪色の毛が挟まれた。
「ぷにゃぁぁぁぁ!!!!!」
(ひゃぁぁぁぁぁぁ!!!!!)
ザリガニからの思わぬ反撃に驚いて出た叫び声。
素早くバーク様が反応する。
「ミー!? どうした!?」
バーク様がカゴを投げ捨てて駆け寄ってきた。
「みゃみゃう!」
(バーク様!)
私を素早く抱き上げる大きな手。無骨な指が優しく私をすくいあげる。
その温もりにホッとする一方で、バーク様は心配のあまり眉間にシワを寄せていて強面が極悪面に。
「大丈夫か? 挟まれたのか? 怪我は?」
「にゃ。みゃみゃうにゃうん」
(大丈夫です。挟まれたのは毛だけですので)
前足を振って無事を伝えると、緊張していた強面が緩んだ。
「桶から溢れるぐらい獲れていたか」
バーク様が魔法で見えない蓋をする。
それから、私を片手で抱いたまま投げ捨てたカゴを拾い上げた。中には大量のザリガニ。
「……適当に投げたのに、一番多く獲れたな」
「にゃう、みゃみゃう!」
(すごいです、バーク様!)
バーク様が右手に桶、左手にカゴを持って歩く。ザリガニたちは相変わらずゴソゴソ動いているけど、魔法で蓋をされたため出られない。
ちなみにバーク様の私は肩の上。ゆらり、ゆらりと心地よい揺れに、ついウトウト……する前に暑い! さすがに、この時期の毛皮は暑い!
「ミー、どうした? 大丈夫か?」
「うなゃぁ……」
(暑いですぅぅ……)
逞しい肩の上でへにょんと脱力する私。
「ちょ、すぐ戻るから! 戻ったら、体を冷やそう!」
バーク様が全速力で走って屋敷へ戻った。
~
「はぁ……」
屋敷に戻り、なんとか体を冷やして落ち着く。陽は沈みかけており、気温も下がってきた。
「大丈夫か?」
「はい、大丈夫だと思います」
冷えたレモン水が火照った体を冷やしていく。
そこに、腕まくりをしたオンル様がやってきた。
「また大量に獲ってきましたね」
「今日の夕飯にちょうどいいだろ?」
「今晩は食べられませんよ」
「なんでだ!?」
驚くバーク様にオンル様が淡々と説明する。
「泥抜きのために、綺麗な水に一晩つけますから。今、大きなタライを持ってきて、そこに分けてきました」
「そうか。じゃあ、明日の夕飯だな」
「はい。ところで、休日デートは楽しめましたか?」
オンル様の言葉にバーク様がハッとする。
それから、思い出したように頭を抱え……
「そうだったぁぁぁあ!!!!! 今日はミーとデートのつもりだったのにぃぃぃい!!!!!! なんで、オレはザリガニ獲りで一日を……」
四つん這いになり、床を叩いて悔しがる。
そんなバーク様に私は慌てて近づいた。
「とても楽しかったですよ」
「……ミー」
感動したように顔をあげて私を見つめる黄金の瞳。それから、ハッとしたように目を伏せる。
「けど、食べ歩きとか、服を買ったりとか、もっといろいろするつもりだったんだ」
沈んでいく声とともに落ち込んでいくバーク様。
私は胸の前で握り拳を作り、明るい声で励ました。
「それは次の休日にしましょう。ザリガニは今が旬ですから、今日を逃したら獲れなかったかもしれません」
「ミーは優しいな!」
ギュッと抱きしめられる。
二人で買い物をするのも楽しいけれど、こんな休日も悪くない。
私は逞しい腕の中で、穏やかな幸せを感じた。
~翌日~
「「うわぁ……」」
真っ赤に茹ったザリガニタワーを前にバーク様と私の声が重なる。
「これ、どうやって食べたらいいんだ?」
「殻をむいて中の身を食べます。あ、ハサミの中にも身がありますよ」
「へぇ」
「こうやって剥きます」
私はザリガニの殻を剥いて渡した。
「いいのか?」
「どうぞ」
「ありがとう」
バーク様がザリガニを受け取ってパクリと食べる。
「……カニのような海老のような味だな。あ、でも海老に比べて弾力がある。ん、これは、これで旨いな」
「みなさんも、どうぞ」
オンル様を始め、興味津々に見ていた使用人Aの方々がザリガニを手にして殻を剥いていく。
「……これは」
「確かにカニと海老の中間のような味ですね」
「いけますよ」
「パンに挟んでもいいかもしれません」
「スープや炒め物でもいいですね」
次はどういう料理にするか話ながら食べて……いたはずなのに、気が付けば全員、無言で殻を剥いて食べていく。
ザリガニを食べる時はなぜか無言になってしまう。それは竜族も例外ではないらしく。
いつも賑やかなバーク様でさえも無言にさせる茹でザリガニ。
ある意味、一番凄いと料理だと思ってしまいました。
お読みいただき、ありがとうございました!
また機会がありましたら、短編を投稿します!
コミカライズ合本版2巻にも書き下ろしSSと茶色井りす先生の描きおろし漫画とコメントがあります!
可愛い楽しいコミカライズ合本版2巻もお楽しみいただけたら嬉しいです!




