夏の味覚~前編~
「あれは何だ?」
バーク様にとって久しぶりの休日。
せっかくなので早起きをして二人で早朝の市場を歩いていると、ふいにバーク様が訊ねた。
視線をむければ、そこには海老に大きな手が生えた真っ赤な色の……
「あれは、ザリガニですね」
「ザリガニ……? 食べるのか?」
「はい。夏のごちそうで、塩ゆでにすると美味しいんですよ。竜族の里にはいないんですか?」
「竜族の里は海から離れているからなぁ」
胸の前で腕を組んで首を捻るバーク様。ザリガニについて少し勘違いしている様子。
「ザリガニは湖や川にいますよ」
「そうなのか!? 海老に似ているから海で獲れるのかと思った」
「たぶん、屋敷の裏の林の奥にある湖でも獲れると思いますよ」
私の言葉に紫黒の髪が煌めき、黄金の瞳が輝く。
「オレでも獲れるか?」
「……運もあると思いますが、道具があれば獲れると思います」
「よし、道具を買おう!」
バーク様は市場でザリガニ獲りに必要な物を買うと、意気揚々と屋敷へ戻った。
~
それから私たちは屋敷の裏にある林の奥へ。人が来ることはあまりなく、鳥や虫の鳴き声が響く。
獣道を進むバーク様が振り返った。
「そういえば、ザリガニってどうやって食べるんだ?」
「ハーブを入れた塩ゆでが基本ですね。料理上手な使用人Aの方がハーブの準備をしていましたよ」
「じゃあ、あとは獲ってくるだけだな」
気合いが入るバーク様。その手にはザリガニ捕獲用のカゴ。長い筒の形をしており、一度入ると出られない作りになっている。
その後は他愛のない話をしながら歩いていく。
しばらくして薄暗い林を抜け、草が生えた平地の先にある湖が現れた。透明ではないが濁りは少なく、泳ぐ魚も見える。
「ここでいいのか?」
「はい」
「よし、じゃあ始めるか」
バーク様が餌をカゴの中に入れて湖に沈めた。
それからしばらく待って引き上げると、中には二匹のザリガニが。その光景に喜ぶかと思いきや、バーク様の顔が曇る。
「なんか、黒いな。これはザリガニじゃないのか?」
形はザリガニ。でも、市場に並んでいたザリガニは真っ赤だった。
「茹でたら赤くなりますよ」
私の説明にバーク様の顔がパァッと明るくなる。
「そうなのか! じゃあ、これがザリガニでいいんだな?」
「はい」
「よし! どんどん獲るぞ!」
獲れたザリガニを桶に入れると、カゴを持って移動するバーク様。ザリガニが隠れていそうな場所を狙ってカゴを沈めていく。
たくさん入っている時もあればゼロの時も。それでもバーク様は楽しそうで。
子どものようにはしゃぐ姿に私の顔も綻んでいると……
パシャ!
カゴを沈めた時にあがった水しぶきが飛んできた。
「「あ……」」
私とバーク様の声が重なり。
ポンッ!
予想通り、私は猫になった。
「す、すまん、ミー」
「みゃみゃう」
(大丈夫ですよ)
脱げた服を手首につけていたピンク色のポーチ(クラ様特性の収納魔道具)へ近づける。それだけでスルスルとポーチの中に収まっていく服たち。
バーク様が申し訳なさそうな足音とともに私の下へ。
「帰るか?」
「なう、にゃみゅう」
(いいえ、大丈夫です)
「けどなぁ……」
悩むバーク様。でも私としては、久しぶりの休日を楽しんでいる邪魔をしたくない。
「うにゃ、むにゃにゃみゃぁ!」
(せっかくなので、もう少し獲りましょう!)
猫語でも意味は伝わったようでバーク様が躊躇いながらも頷いた。
「じゃあ、もう少し獲ったら帰ろう」
「にゃ!」
(はい!)
再び湖に近づきカゴを投げ入れるバーク様。その様子を少し離れた所から眺める私。
すると、ザリガニを入れている桶で動きが。
「みゃ!?」
(あ!?)
そこそこ深い桶だけど、ザリガニが重なり、その中の一匹が這い出そうとしている。
「にゃう!」
(ダメです!)
戻そうと近づけば両手のハサミをあげて威嚇してくる。
人の時なら何とも思わなかったに、猫になるとザリガニが大きく見えて、怖くなって……
「みゃ、なぅ……にゃ!」
(えっと、その……えい!)
前足でチョン、とザリガニを突く。
ポトリ。
意外とあっさり桶の中に落ちた。そのまま、ガサガサと桶の中を歩くザリガニ。
「みやぁ……」
(よかったです……)
ホッと胸を撫でおろす。そこに……
「みゃ!」
(あ!)
別の場所からザリガニが桶から脱出しようとしている。
「むにゃにゃ!」
(ダメです!)
急いで移動して再び前足でツンと突く。
そのまま、あっけなく桶の中へ落ちるザリガニ。でも、桶一杯に入っているザリガニは仲間を踏み台にして、どんどん外へ出ようとしており……
「にゃ! にゃ! にゃ!」
(えい! えい! えい!)
最初の怖い気持ちはどこへやら。いつの間にか私とザリガニとの攻防戦が始まった。
その結果――――――




