夏の涼み方
私が住む人族の国は、ただいま絶賛真夏の真っ最中。
特に、ここ最近はうだるような暑さが続いていて、昼間が過ごしにくい。
以前なら、こういう日は水を入れた桶に足を浸して涼んでいたけれど……
バーク様の屋敷にある私の部屋に水を入れた桶を準備した。
ほんの少しの微かな希望をこめて、桶にそぉっと足を入れてみる。
ポンッ!
足の先が水に触れた瞬間、しっかりと猫に。
「うなぁぁぁ……」
(やっぱりぃぃぃ……)
呪いで水に濡れたら猫になる体となってしまった私には、無理な涼み方となってしまった。
「ふにゃぁぁぁ……」
(暑いですぅぅぅ……)
私は愚痴をこぼしながら桶のふちに上半身をのせ、ふわふわな毛に包まれた丸い前足で水をちょんちょんとつついた。
透明な水面に丸い波紋が広がり小さな波となって広がっていく。
そこに外から蝉の大合唱が聞こえてきた。
その音だけで、ますます暑くなる。しかも、この毛皮姿は服を着ているよりも熱がこもって、ますます暑く……
桶の中を覗けば、涼しげに揺れる水。飛び込んだら、どれだけ気持ちがいいか。
「にゃ! んにゃ!」
(ダメ! ダメです!)
前に体だけ濡れた姿が棒に刺さった綿菓子みたいでバーク様に笑われたことがある。
「みゃう、ふにゃぁぁ……にゃぁ……」
(また笑われたら、嫌です……ですが……)
ジリジリと空気を焼く熱波。白金髪色の毛に熱がこもっていく。猫となり、音がよく聞こえる耳に蝉の大合唱が迫る。
「うにゃ!」
(無理です!)
私はピョンと桶に飛び込んだ。
パシャン!
小さな水しぶきとともに、フワフワな毛が水の表面をふわふわと漂う。
「んにゃぁぁ……」
(涼しいですぅ……)
頭から足先まで、水が熱をさらっていく。その気持ち良さに、ついはしゃいで……
「んにゃにゃ~♪ んなぁなぁ~♪」
鼻歌混りにパシャパシャと前足で水を弾きながら桶の中を泳いでいると、ドアの隙間から視線が。しかも、背景が暗い中で目だけが不気味に光っていて。
「ぶにゃぁぁぁぁ!?!?!?!?!?」
(不審者ぁぁぁぁ!?!?!?!?!?)
全身の毛が逆立ち、反射的に体が飛び退いた。
ガッシャーン!
桶が盛大な音をたててひっくり返る。
「ミー! 大丈夫か!?」
ドアを大きくあけたバーク様が部屋に飛び込む。
「に、にゃう……?」
(バ、バーク様……?)
部屋の隅で怯える私にバーク様がすまなそうな顔で近づいてきた。
「悪い。驚かせるつもりはなかったんだ。ただ、ミーが楽しそうだったから声をかけづらくて……」
と、ここでオンル様と使用人Aの方々が部屋に集まってきた。
「どうしまし…………バーク?」
オンル様や使用人Aの方々が室内を見た後、冷めた目をバーク様へ向ける。
「これは、一体どういうことです? なぜ、毛玉がびしょ濡れで怯えているのです?」
桶がひっくり返り部屋は水浸し。しかも、私はビックリして部屋の隅に逃げたまま体を小さくしていて。
「まさか、毛玉を無理やり水に……」
「オレがそんなことするわけないだろ!」
即座に否定するバーク様。だが、オンル様は冷ややかな視線のまま。
「いえ、この暑さでバークの頭がついに……」
「それはおまえだろ! この暑さでやられているのは、そんなことを考えるおまえの頭だ!」
「では、書類仕事を倍にしましょう」
「なんで、そうなるんだ!?」
バーク様とオンル様が言い争いをしている間に、使用人Aの一人が持ってきたタオルで私を包み、他の使用人Aの方々が素早く桶と水を片付ける。
「あ、ミーを拭くのはオレだ!」
「はい、はい。承知しております」
タオルで私を包んだだけの使用人Aの方がサッと下がる。そこに褐色の大きな手が私を抱き上げた。
「バーク、まだ話は終わっていませんよ」
「わかった。書類仕事をするから先にミーを拭かせろ」
「それならいいでしょう」
あっさりと引き下がるオンル様。もしかして、こうなることが分かっていて、ワザとバーク様を煽った?
首を傾げていると、バーク様が私の体を拭きながら言った。
「そんなに暑いなら、オレの膝にいたらいいぞ」
「にゃ?」
(え?)
膝にいたらバーク様も私も暑くなりそうだから、最近は避けていたのに。
「ミーが膝にいるなら魔法で涼しくするぞ。オレの周囲限定だから、近くにいないといけないが」
「みゃあ!」
(そんな魔法が!)
思わぬ展開に喜んだ私はバーク様の膝で過ごすことに。
「ふにゃぁ……」
(気持ちいいですぅ……)
逞しく安定した太ももの上。これまでの暑さが嘘のように過ごしやすい気温。
ただ、これがオンル様の策略で、魔力のコントロールする練習をサボっていたバーク様への訓練だったのだけれど、限界まで魔法を維持していたためバーク様が魔力を爆発(物理)させてしまうのですが、それはまた別のお話。




