突然、戻りまして
「いやぁ。それからも新しい飼い主探しをしようとしたら、噛むわ、暴れるわ、で結局連れて帰ってきちまった」
執務室の椅子に座り、事の顛末をオンル様に説明するバーク様。私はもちろんバーク様の膝の上。思いっきり噛んで訴えたので、気分は半分スッキリ。残り半分は言葉が伝わらないモヤモヤ。
オンル様が呆れたように肩をすくめる。
「まあ、こうなるだろうとは思っていましたけど。では、毛玉が魔獣化した時の覚悟はできているのですね?」
「ま、その時次第だな」
二人が沈黙とともに睨み合う。先に口を開いたのはオンル様だった。
「……ちゃんと考えての行動なら、この件はこれで終わりにしましょう。あ、先程の偽装書類ですが、先方には確認の連絡をしましたので、近いうちに返事があるでしょう。封蝋は鑑定に出しました」
「さすが、仕事が早いな。その間に偽造犯探しをするか」
「手はまわしています」
「じゃあ、あとはアイツに一筆書いておこう」
オンル様の片眉がピクリと跳ねる。
「アイツとは、まさか……」
「部下の管理不行き届きは上司の責任だろ?」
「最高責任者の一人ですけどね」
「こっちだってそうだ」
「そうですね」
部屋の温もりで眠くなってきた私は欠伸を一つしてウトウトと微睡み始めた。バーク様の膝は心地良いし、難しい話を聞いていると眠く……
「あと、女性の方々からの手紙はどうします? 無視していたら、手紙が増える一方なのですが」
「あー。意中の相手がいるから断るって返事しといてくれ」
思わぬ言葉に私は眠気が吹っ飛んだ。
(意中の相手!? 誰!? いつの間に!?)
キョロキョロする私を見下ろしながらオンル様が微笑む。
「おや、ついに身を固める決心をしましたか?」
「なんで身を固めないといけないんだよ。オレにはミーがいるから十分だ」
「そっちですか」
「なんだよ、その予想通りって顔は」
「別に、なにも。単純だなんて、これっぽっちも考えていませんよ」
「それは単純って思ってるやつだろ!」
二人が言い合う姿を見ながら私はホッとしていた。
(……あれ? どうして、ホッとしたの?)
私はふと首をかしげた。
そういえば、私がバーク様の側にいられるのは猫だから。もし、人に戻ったら、女嫌いというバーク様はどんな反応を……
(騙していたって怒られる? 側にいられくなる?)
私は全身の血の気が引いた気がした。
(こんなこと考えたら、ダメ、ダメ。私は猫としてバーク様の側にいるんだから)
「にゃう、にゃう、にゃう」
「ん? どうした、ミー?」
頭を振っていたら、バーク様に顎を撫でられた。気持ちよすぎて、大きく無骨な手に顔を擦り寄せる。ゴツゴツと剣だこもある固い手。でも、その手はいつも温かく優しい。
なぜ猫になったのか、どうやったら戻れるのか、まったく分からない。けど、それでもいい。
私は今のままで十分幸せだから……
※※※※
最近の私はバーク様のベッドで寝るようになっていた。正確には、前にバーク様の胸の上で眠った翌日から。
一緒に寝ても押し潰さなかったことが自信になり、バーク様が私を小脇に抱えて寝るのが習慣になった。
暖炉の側より温かいし、バーク様の寝顔はいつもの強面と違い、無防備でどこか可愛らしい。私の枕となっている逞しい腕と胸の筋肉は程よい柔らかさで、もう猫用のベッドには戻れない。
今朝もいつものようにバーク様の腕に顎をのせ、眠っていた。モゾモゾと動く気配に目を開ける。すると、バーク様がこちらを向いて起きていた。
「おはよう、ミー。今日も綺麗な水色の瞳だな」
「みゃ、みゃう……」
ここ最近の朝はバーク様の褒め言葉から始まる。恥ずかしすぎて止めてと訴えたら、なぜか喜んだと勘違いされ。言葉が通じないことに落ち込みながらも、それ以降は過剰に反応しないことにした。
褒めるのは一時的。反応がなければ言わなくなるだろう、と思って。けど、バーク様の褒めは止まらなかった。毎日、朝一で猫を褒めるイケメンって、どうなのでしょう……
ぼんやり考えていると、バーク様がうっとりと甘い雰囲気で私を愛おしむように撫でた。
「宝石みたいな白金の毛なのに、もふもふで柔らかいなんて、最高だろ。いつも艷やかで、ずっと触っていたくなる」
「みゃうぅぅぅ……」
(あ、あの、そろそろ恥ずかしいので、やめてもらえませんか?)
そんな私の思いを他所にバーク様が私の顎をグイッとあげる。見上げる私にバーク様が顔を近づけた。
「本当、可愛いな。ミーは」
バーク様の高い鼻が私の鼻にチョンと触れる。その瞬間――――――――
ポンッ!
軽い音とともに、私の視線が高くなった。具体的には、見上げていたはずのバーク様の顔が正面にある。
バーク様は私の顎に手を添えたまま硬直。そして、私も硬直。お互いに見つめ合う。
そして、私はふと気がついた。素肌に触れるシーツの感覚に。それから視線だけを落とし、素っ裸な自分の体が目に入り…………
「にやゃゃゃゃぁぁぁぁあっ!?」
無意識に猫語で叫んでいた。
「どうしました!?」
オンル様や使用人たちが部屋になだれ込む。私は反射的に布団を体に巻きつけた。
すぐに私に気づいたオンル様がかまえる。
「侵入者!? いつの間に!?」
「にゃ!? にゃ! ま、待って、くだ……あの、わた、し!」
久しぶりすぎて言葉がうまく出てこない。そこに意識が戻ったバーク様が手を振った。
「待て! 待て! 待て! こいつはミーだ!」
「「「「はあ?」」」」
全員から疑問の声が出る。まあ、それが普通ですよね。
バーク様が頭を抱えながら言った。
「突然のことで、オレも混乱している。説明するから、先にこいつに着る物を持ってきてくれ」
「……………………わかりました」
オンル様と使用人たちが部屋から出ていく。
「あ、あの……」
正直、なにを言ったらいいのか分からない。言葉が出ない。
私はキュッと布団を掴んで俯いた。ベッドがギシリと軋む。バーク様がベッドから立ち上がった気配がした。
「あー、ちょっと待ってくれな。混乱してるから」
「は、はい……」
(ですよね。普通は混乱しますよね……しかも、やっと触れた猫が女の人だったなんて、女嫌いの人にはショックですよね)
俯いたまま落ち込んでいた私は気づいていなかった。片手で顔を覆って立ち上がったバーク様の耳が真っ赤になっていることに。