風邪をひいた日は~バーク視点~前編
ある日のこと。
窓から差し込む朝日と鳥の声でいつものように目が覚めたオレは服を着替えて食堂へ。
「……あれ、ミーは?」
朝食が並んだテーブル。そこにいるはずのミーがいない。いつもオレより先に起きるのに。
代わりにオンルが答えた。
「今朝はまだ姿を見ていませんね」
「……何かあったか?」
どうも嫌な感じがする。
悩んでいると後ろから声がした。
「おはようございます」
柔らかく温かな声。その声を聞いただけで最高の朝となる。愛おしく、常に抱きしめたい存在。ただ、いつもより元気がないような……
オレは振り返りながら朝の挨拶を返した。
「おはよ、う……?」
思わず語尾が途切れる。
白い肌にほんのり蒸気した頬。潤んだ水色の瞳。ふんわりとした白金髪もしっとりと沈んでいるような。
いつもと違う雰囲気に目が奪われる。
思わず固まったオレにミーが首を傾げた。
「どうかされました?」
「……いや」
少し悩みながらミーの頬に手を伸ばす。大きな褐色の手にすっぽりと収まる小さな顔。華奢な肩がビクリと跳ねた後、水色の目がうっとりと閉じた。
「冷たくて気持ちいいです」
その顔が……普段の可愛らしさに艶っぽさというか、ナニかが加わって……って、そうじゃなく!
「熱いじゃないか! 熱があるんじゃないか!?」
「……ねつ?」
どこか気怠いげな様子のミー。その雰囲気がまた色っぽいような……って、だから、そうじゃなくて!
オレは必死に煩悩を振り払ってオンルに訊ねた。
「ちょっと、ミーを診てくれ」
「はい」
黙って様子をみていたオンルがミーに近づく。
「ちょっと失礼しますよ。こちらを向いて大きく口をあけて、喉の奥を見せてください」
「は、はい」
ミーが言われるまま小さな口を開ける。オンルが魔法で光の玉を出して口の中を覗いた。それから耳の下から首を両手で触れる。
「喉は痛いですか? 頭痛とか、吐き気はありますか?」
少し考えたミーがおずおずと答えた。
「喉は少し痛いです。頭は痛くないですが、ボーとする感じがします。吐き気はありません」
「食欲は?」
「えっと、あまり欲しくないような……」
オンルが頷いてオレを方を向いた。
「たぶん風邪ですね。しばらく仕事は休んで寝ていたら、そのうち治るでしょう」
そう淡々と結論づけたが、オレは慌てた。
「か、風邪だって!? 治療魔法も効かない病じゃないか!」
叫びながらミーの脇と膝に手をいれて体を抱き上げた。
(軽い! 軽すぎないか!? もっと食べさせたいけど、太るって気にするんだよなぁ)
羽根のような軽さに不安を抱きながらも、オレは朝食の準備をしていた使用人に声をかけた。
「ミーの朝飯はミーの部屋に持ってきてくれ」
「かしこまりました。スープとミルク粥、どちらがよろしいですか?」
その問いにミーが両手を振って遠慮する。
「え? あの、そこまでしていただかなくても大丈夫ですから」
困ったように断るミーの様子に思わずオレの声が低くなる。
「風邪っていうのは、体が怠くなって、喉が痛くなったり、頭が痛くなったりして、辛いんだろ? 治療魔法も効かないし、ミーが苦しむ姿なんて想像しただけで……」
重苦しい感情とともに沈んでしまう。
ミーがオレの腕の中で慌てた。
「わ、わかりました。今日は寝て休みますから、そんなに落ち込まないでください」
そこでオンルがパンパンと仕切るように手を叩く。
「はい、はい。では、しばらく毛玉の仕事は休みになるように調整します。あと、朝食はどうします?」
水色の瞳が少し悩んだようにオレを見上げる。それから、恥ずかしそうに呟いた。
「あの……ミルク粥を少しください」
「後ほど、お持ちいたします」
使用人が頭を下げて退室する。
「では、バークは毛玉を部屋に運んで寝かせてください。くれぐれも休む邪魔はしないように」
「おう、任せとけ!」
威勢よく答えたオレに対して紫の目が疑うように細くなる。
無言の圧にオレは眉をひそめた。
「なんだ?」
「いえ」
そう言って朝食に戻るオンル。
オレは軽いミーを抱えたまま寝室へ移動した。ベッドにミーを寝かせ、布団をかける。
「何かほしいものはあるか? 飲み物とか」
「いえ、大丈夫ですから」
そう言って体を起こそうとするミー。
「起きなくていいから、寝とけ」
「いえ、その……寝間着に着替えようかと……」
確かに服のままでは休むに休めない。
「わ、悪い! じゃあ、何かあったら呼び鈴を鳴らして呼んでくれ!」
「ありがとうございます」
ふわりと笑う、その顔。優しさと柔らかさが混じった温かな笑顔。だけど、どこか気怠さと儚さがあって……
オレは胸の奥がキュッと締め付けられるものを感じながら無言で部屋を出た。
背中で静かにドアを閉め、両手で顔を覆う。
「ミーが風邪で苦しんでいるのに、オレは何もできないのか……」
風邪をひいたことがないオレには分からない世界。だからこそ、早く何とかしたい。
「よし!」
オレは大股で厨房へ急いだ。
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