プロポーズと誓い
眩しい光の中に浮かび上がるバーク様の姿。私は迷うことなく地面を蹴った。
「バーク様!」
「ミー!?」
屋敷から飛び出した私をバーク様が受け止める。
「どうした!? なにかあったのか!?」
「バーク様が心配で」
腰にまわされた逞しい腕。柔らかな胸の筋肉。私を包み込む太陽の香り。
顔をあげれば、私を見下ろす黄金の瞳。太い眉に、まっすぐな鼻筋。薄い唇に太い首。強面だけどイケメンな顔。
いつも通りのバーク様が優しく笑う。
「そんなに、心配をかけてしまったか? 悪かった。なにもなかったから大丈夫だ」
「本当ですか?」
「あぁ」
「よかったです」
ホッとしていると、オンル様がバーク様に声をかけた。
「先に片付けをしていますので」
「あぁ。頼む」
馬車が去り、オンル様も屋敷の中に消える。
「バーク様も中へ。お疲れでしょうから、休んでください」
「あー、その前に……ちょっと、いいか?」
珍しくバーク様が神妙な顔をしている。
「あの、竜族の里にいる時に何度か言おうとしたんだが……」
「竜族の里で? そういえば……」
地下湖に連れて行ってくれた時、最後に何か言おうとしていたけど、遠足中の子どもたちに遮られて。それからも、なにかを話そうとする度に何かが起きて……
思い出していると、バーク様が片膝を地面につけて跪いた。まっすぐ私を見上げる黄金の瞳に思わず胸が跳ねる。
「ミー……いや、ミランダ・テシエ」
「は、はい!」
突然、名前を呼ばれて体が固まった。思わず胸の前で両手を握って身構える。
そんな私にバーク様が左手を伸ばした。
「オレの真名を受け取ってくれないか?」
「真名?」
「竜族では生涯をかけて仕えると誓った主、もしくは伴侶に自分の真名……本名を教えあう習慣があるんだ。人族風に言うならプロポーズになる」
「プ、プロポーズ!?」
突然の話に顔が真っ赤になるのを感じる。でも、バーク様は真剣な表情のまま。
その様子に私ははやる気持ちを抑えた。
「あの……バーク様には他の名前があるのですか?」
「あぁ。竜族は自分の名前を略した愛称で呼び合うから、真名は名付け親と本人。あとは生涯をかけて仕えると誓った相手しか知らない」
「もしかして、オンル様がクラ様のことをシリクラと呼ぶのは……」
「シリクラは真名の一部だが、魔力がある者が呼ぶと、それだけで拘束力が生まれる」
「そんな意味があったのですね……」
オンル様が魔法師シリクラと呼ぶことに、そんな理由があったなんて。
ここで私は気がついた。
「そんな大切な名前を私に教えて大丈夫なのですか?」
臆する私にバーク様が大きく頷く。
「ミーだからこそ……いや、ミランダにこそ知ってほしい。そして、誓わせてほしい。…………いいか?」
風がふわりと紫黒の髪を揺らす。真剣な眼差しのバーク様。その目に引き寄せられるように、私は自分の左手をバーク様の左手にのせていた。
私の左手にバーク様が額をつける。
「バークリック・カウファ・ラウはミランダ・テシエに我が生涯を捧げることを誓う」
初めて聞く、耳慣れない音の名前。
「……バークリック・カウファ・ラウ、様?」
自然と口からこぼれる。これが……
「オレの真名だ」
嬉しそうに、とろけるように笑うバーク様。その瞬間、私の足下から風が舞い上がった。見えない何かが私を包む。
「え?」
自分の体を見ていると、立ち上がったバーク様が私を抱きしめた。
「これでオレの魔力がいつでもミーを守る。この前の魔道具を使ったぐらいの魔法なら、問題なく防ぐ」
「え?」
「もっと早くこうしていれば、今回のようなことは起きなかったのに。悪かった」
悔しそうな悲しそうな声。そのすべてを包み込むように、私はバーク様の背中に手をまわした。
「いいえ。バーク様は私がどんな姿でも、同じように接してくださいました。バーク様と一緒なら、私は大丈夫です」
「だが……」
バーク様が少しだけ体を離して私を見下ろす。笑顔が消え、不安と後悔が滲む。そんな顔はバーク様には似合わない。
その表情を消したい。いつもの笑顔を見せてほしい。
私は大きく背伸びをして、バーク様に顔を近づけた。
ポンッ!
唇が触れると同時に私の姿が変化する。髪の間からフサフサの猫耳と、スカートの隙間からふわふわの尻尾が現われた。
この姿になったのは久しぶり。最近は忙しくて、こうした触れ合いはしてなくて。
「グハッ! 可愛すぎっ!」
「バーク様!?」
バーク様が円を描くように吹き出した鼻血とともに倒れてしまいました。
~※~オンル視点~※~
王城に呼び出された私たちは、王太子殿下とともに事情を説明。サウザン大公も末娘に非があることを認め、反論はせず。
蛇になった四人は城仕えの魔法師に診せたが姿を戻すことはできなかった。魔道具は一度壊れているため、そこから魔法を解くこともできない。
そのことを王の前で蛇になった四人に説明した。それぞれマントを被せられ、いつ人に戻っても大丈夫なように。すると、最初にレミーナ嬢が人の姿に戻った。
意外な展開に少々驚きながら見守っていると、レミーナ嬢がマント姿のまま優雅に膝を折り、そのまま事の顛末をすべて話した。
すると、観念したのかキャンベラ嬢とベリッサ嬢も人の姿になり、弁明することなく説明をして。
こうなると、残りはサウザン大公の末娘のみ。
全員の視線が集まる中、居心地悪そうに顔を隠して丸くなった蛇は……最後まで、そのままでした。
まあ、そのうち話す気になって元の姿に戻るでしょう。あの末娘が王の前で自分の非を認めて話すとは思っておりませんでしたし。
ちなみに三人組は謹慎処分となったそうで。軽い処分のようにも思いましたが、これ以上の罰だと嫁ぎ先がなくなる可能性があり、人族なりの事情があるんだとか。
サウザン大公の末娘も人の姿に戻り次第、期限付きの修道院行きとなるそうです。
――――――それより問題は。
「なあ、ミー。座って片手をあげた姿を絵師に描かせてくれないか?」
執務室で書類仕事中のバークが膝にのせた毛玉に話しかけていました。
「ぷにゃ」
顔をそむけ、拒否をするような声で返事をする毛玉。
バークは毛玉が片手をあげた姿がかなり気に入ったようで、その姿を絵師に描かせてほしいと、ずっと懇願している。
でも、毛玉は頑なに拒否。その理由は……
「描いた絵をロビーに飾るって言わないから」
「んにゃにゃうにゃ」
何かを訴えながら首を横に振る毛玉。意味が通じたのかバークが訊ねる。
「じゃあ、どこなら飾っていいんだ?」
「みにゃにゃ!」
飾るな! と言わんばかりに毛玉がペシペシとバークの足を叩く。
「描いても飾るなってことか?」
「うにゃにゃん!」
その通りと頷きながら返事をする毛玉。そんな毛玉をバークが抱き上げる。
「そんなもったいないことできねぇ。このモフモフな可愛い姿をいつでも見られるように絵にして飾りたいんだ」
そう言いながら毛玉の背中に顔をこすりつけるバーク。
「むにゃにゃ!」
足をバタバタさせて何かを訴える毛玉。すると、バークが毛玉をひっくり返して。
「でも、このモフモフ感を表現しきれるか……そこが問題だな」
と言いながらバークが毛玉の腹に顔を近づける。そのまま猫吸いをするのでしょうか? しかし、この展開は……
「ぶぎゅにゃぁぁぁぁあ!!!!」
毛玉の鋭い爪が光る。バリッという音とともに、響き渡る野太い悲鳴。
予想通りバークの強面に箔がつきました。
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