一夜明け
サウザン大公のダンスパーティーから一夜明け。
窓から入る程よい日差し。猫の時なら、うたた寝をして過ごす穏やかな天気。でも、今の私の心境はそれどころではない。
あれから無事に人の姿に戻れた私は、バーク様の屋敷の執務室の窓辺に腰かけていた。普段なら、こんな行儀が悪いことはしない。
けど、今だけは。
今朝、急遽国王に呼び出されたバーク様。たぶん用件はクラ様が古エルフが作った鏡を使って発動した魔法のことについて。
バーク様には「すぐに帰ってくるから心配するな」と軽く言われ、見送った。
でも、心配なものは心配で。
この窓辺なら帰ってきたバーク様の姿がすぐに見える。
オンル様も一緒だから大丈夫だとは思うけど……
私は昨日のパーティーを思い出しながら、両手を胸の前で組み、天に祈った。
~※~
ダンスパーティーでクラ様が鏡の魔法を発動させ、強烈な光が視界を奪う。
どれぐらいの時が経ったのか、徐々に真っ白な世界から色が戻っていく。思わず目をこすった私は自分の姿が見えることに気がついた。
猫のままだけど。
「んにゃ? うにゃ?」
(どうして? 姿が?)
「あー、あの鏡のせいだな。多分、あの鏡は真実を晒す系の魔法だ」
降ってきた声に顔をあげる。
(あれ? いつの間にバーク様の腕の中に?)
私を守るように包み込むバーク様の腕。クラ様が魔法を発動した時にとっさに私を抱え込んだのだろう。肩に乗るのもいいけど、バーク様の温もりが感じられる腕の中のほうが落ち着く……って、今はそれどころではなくて。
周囲に視線を移せば、みんな瞬きをしたり、目をこすったり。そんな中、ホールの中心にいたはずの四人の姿が消えていた。
しかも、それぞれが立っていたところにはドレスが落ちている。
「消えた!?」
「ドレスを残してか!?」
「そんなバカな!」
「とにかく探せ!」
人々が動きだそうとしたところで、女性の悲鳴が響いた。
「蛇よ! 蛇がいるわ!」
「なに!?」
「毒蛇か!?」
顔を青くした女性が指さした先。ベリッサ嬢の赤いドレスから白い蛇が現れた。蛇はぼんやりとした様子で周りを確認する。そこに、他のドレスからもそれぞれ白い蛇が現れ、お互いの顔を合わせた。
そのまま固まる蛇たち。そこに人々が騒ぐ。
「どこから入ったんだ!?」
「噛まれる前に捕まえろ!」
大騒動になったホール。そこにクラ様の澄んだ声が響いた。
「あまり酷いことはしないほうがいいわよ。その蛇はさっきまでそこにいたお嬢ちゃんたちだから」
クラ様の発言に蛇を捕まえようとしていた男性陣の動きが止まる。
バーク様が私を撫でながら訊ねた。
「どういうことだ? 鏡を使って蛇にしたのか?」
「違うわよ。鏡は昔から真実の姿を映すっていうでしょ? この鏡を使った者は、真実を口にしなければ偽りの姿が映るの。そして、鏡を使ったお嬢ちゃんたちは嘘を口にして蛇になった」
「エルフが作りそうな魔道具だな」
「面白い仕掛けでしょ?」
ウインクをするクラ様。でも、話を聞いていた人たちはジリジリと距離を開けている。
「にゃみゃうみゃあ?」
(戻れるのですか?)
私の声の意味が分かったのか、クラ様が微笑む。
「ちゃーんと戻れるわよ。偽りを口にして蛇になったのだから、真実を口にすれば人に戻れるわ」
「みゃうう……」
(真実……)
その場にいる人々の視線が蛇になった四人に落ちる。
「じゃあ、私は帰るわね」
「「「「「えぇ!?」」」」」
ホールにいる人々の驚愕の声。
「ま、待て。四人をこのままにするのか!?」
相当な勇気を出したのであろう男性がクラ様に訴える。けど、クラ様は興味なさそうに手でシッシッと払った。
「だから言ったでしょ? 真実を口にすれば戻るって。これ以上、私に出来ることはないわ」
「蛇にしたのに無責任じゃないのか!?」
「あら、私はちゃんと忠告したわ。それを守らなかったのはお嬢ちゃんたちよ。あと……」
突然の沈黙。赤い瞳が鋭く蛇になった四人を睨む。
「私の綿菓子に魔法をかけた罪は重いのよ」
やはり、そこですか。なんとなく予想はしていましたけど。
苦笑いを浮かべる私に気づかず、クラ様が説明を続けた。
「戻りたかったら真実を口にすることね。真実を口にすると決意すれば姿は戻るわ。ただし、人に戻った後で、真実を誰かに話さなければ蛇に戻る。そして……」
クラ様が意味深に口を閉じる。それから、妖艶でありながら不気味なほど綺麗な笑みを浮かべた。
「永遠に蛇のままよ」
物音一つ許さない。クラ様がまとう雰囲気が、煌めくホールに静寂を落とす。刺すような冷たい空気。
そのすべてを払うようにクラ様がドレスの裾をなびかせて、踵を返した。
「じゃあ、帰りましょう」
何事もなかったような軽い声。今までの落差に拍子抜けする。
そこにバーク様が平然と同意した。
「そうだな」
(どうして、そんなに当然のように歩き出すんですか!?)
唖然としている人々の間を抜け、ザウザン大公の護衛の兵にも止められることなく、私たちはバーク様の屋敷へ戻った。
〜※〜
「いくら王太子殿下から事前に許可があったとはいえ……」
あれだけの騒ぎだったにもかかわらず、パーティーの主催者であるサウザン大公が現われなかったのも、護衛の兵が止めに入らなかったのも、王太子殿下が根回しをしていたそうで。
王太子殿下はグレンダ様が私を猫にした魔法をかけようとしている、という情報を入手した後、すぐに動いていた。でも、不運かタイミングが悪かったのか、魔道具はグレンダ様の手に渡り、魔法をかけてしまった、と。
その後もどうにか魔法を解くとこができないか画策したけど、グレンダ様が魔道具をずっと身につけていたため出来ず。
しかも、グレンダ様の親であるサウザン大公が声をかけたけど、反抗期と重なり相手にもされなかったとか。末娘として甘やかしすぎたツケだってクラ様が言っていた。
こうして、どうすることも出来なくなった王太子殿下は、パーティーの直前になってバーク様に手紙で詳細を伝えたという。
バーク様は何度も「おっせぇんだよ!」と怒り混じりに呟きながら、クラ様とダンスパーティーの対策を考えて。
その結果が昨日の状況でした。
なにがあっても王太子殿下が責任を取るという話だったけど、さすがにサウザン大公の末娘を蛇に変えてしまったのは問題かと。
しかも、蛇に変えた張本人のクラ様は朝一番に竜族の里へ帰っていった。
オンル様がこれ以上、クラ様を関わらせたら収拾がつかなくなると判断して。私もその意見には反対できず。
「もっと一緒にいたいのに!」
と叫ぶクラ様を迎えに来た竜族の戦士が連行していきました。ちなみに、もし途中で脱走したら、私とは二度と会えなくなる魔法をかける、という脅し付きで。
そのため、渋々ながらも大人しく帰っていったクラ様。ここまでの好意は逆に怖いです……
ガラガラ……
馬車の車輪の音。顔をあげれば、バーク様の馬車が向かってくる。
「バーク様!」
私は急いで玄関へと走った。いつもならドアが開き、バーク様が入ってくるのを待つ。でも、それどころじゃなくて。
ドアを挟んだ先でゴソゴソと音がする。それからバーク様とオンル様の話し声。
気がついた時には私の手はドアノブを握っていた。ドアの隙間から眩しい日差しが目に刺さるけど、負けていられない。
「バーク様!」
私は声とともに飛び出した。
今日、夜投稿して完結になります




