ダンスパーティーの終結
感嘆と驚愕のため息がホールに満ちる。
妖艶な色気をまとったクラ様に男性陣の視線が釘付けとなり、隣にいるパートナーから足を踏まれる事案が続出。あちらこちらで小さな悲鳴があがる。
そんな光景を面白そうに眺めながらクラ様がグレンダ様に声をかけた。
「なかなか調子が悪そうね。体は疲れているのに夜も眠れていないんじゃないかしら?」
「ど、どうして知っていますの!?」
クラ様が長い指で優しく鏡を撫でる。
それだけ……それだけなのに、その手つきが! 誘惑するような、魅了するような……ぶっちゃけイヤらしい! なぜか背中がゾクゾクして、猫なのに赤面しそうです。
あと、男性陣の中に前屈みになっている方が若干名……お腹が痛いのでしょうか。
「……ミー、たぶん違うと思うぞ」
「にゃ?」
(え?)
魔法で姿を消している私をバーク様が撫でる。見えないだけで肩に乗っている感触があるので、居る場所は分かるのでしょう。
「にゃうにゃ?」
(どういうことですか?)
「あー、その話は……そのうち、な」
「うにゃ?」
(そのうち?)
首を傾げているとクラ様がグレンダ様に説明を始めた。
「この鏡はかなり古い魔道具で、使うには術者が肌身離さず身につけて魔力を常に与え続ける必要があるの。あなたは、たまたま魔力があったようね。人族にしては珍しく」
「魔力……ですって?」
「あら、魔道具を使うには魔力が必要なのよ? そんなことも知らなかったの、お嬢ちゃん?」
「おじょっ!? 私はサウザン大公が末娘のグレンダですわ! 失礼にも程がありましてよ!」
「あ~ら、そんな大層な名前があるなら態度もそのようにしないと。いつ、いかなる時も悠然と優雅に。気品と気高さを忘れずに。体が辛く、苦しい時ほど、ね」
クラ様の言葉にグレンダ様が胸を押さえる。
「そのようなこと、言われるまでもなくてよ」
「でも、今はできていないわ。笑顔一つ、作れていない。まあ、もともと少なかった魔力を極限まで吸われて、体も心も余裕がないんでしょうけど」
「っ!」
悔しそうな顔をしかけたグレンダ様が慌てて微笑む。でも、どことなく引きつった表情。その様子にクラ様が肩をすくめた。
「私の愛しの綿菓子に魔法をかけるなんて……と思ったけど、それがこんな小娘だったなんて、興醒めもいいとこだわ」
「そ、そもそも魔法って何の話ですの? その鏡は古くて珍しいモノだから、と頂いただけ。魔道具なんて、初めて聞きましてよ」
シラを切ろうとするグレンダ様。たしかにサウザン大公の末娘が子爵令嬢に魔法をかけたなんて見聞が悪すぎる。
でも、その態度がクラ様に火をつけたようで。
「なら、どうしてあなたはそんなに疲弊しているのかしら? その鏡を普通に持っていただけなら魔力は吸い取られないし、そこまで疲弊することはないわよ」
「べ、別に……たまたま眠れない日が続いただけでしてよ」
「そうなの? それなら、よく眠れる薬を調合してあげるわよ? コレを飲めば、ぐっすり眠れて疲れも吹っ飛ぶわ」
そう言ってクラ様が豊かな胸の間から小さな紙包みを取り出す。どうして、そんなモノがそこに!? あと、男性陣の目がギラついて……あ、パートナーの方々から一斉に足を踏まれていますね。
「ミーはしなくていいからな」
「みゃうにゃう……」
(する以前に私の場合は胸が……)
と、考えて沈む。どうせ私は平凡な体型ですから。あんなに豊満ではありません。
つい悔しくなってバーク様の肩をペシペシと叩く。
「どうした? なんで怒るんだ?」
「ぶにゃ!」
(知りません!)
私はツンと顔をそむけた。でも、魔法で姿を消しているため、それはバーク様に伝わらない。
「どうしたんだ? ミー?」
私の機嫌をうかがうバーク様。もう、無視です。無視。
そんな私たちの前でグレンダ様が微かに顔を歪めた。
「必要ありませんわ。それより鏡を返しなさい。こんな言いがかりをされて、気分が悪いですわ」
「そう。じゃあ、返すけど……」
鏡を差し出したクラ様が途中で手を止める。
「次にこの鏡に触れたら、あなたは倒れて、最悪の場合は死ぬかもしれないけど。覚悟はできてる?」
「……え?」
「今、この鏡を手放したら体が楽になったでしょう? それだけ、この鏡があなたに負担だったということ。もし、再びこの鏡を手にしたら……」
クラ様が言葉を切る。
ひそひそと囁く人々の声。ここで鏡を手にしなければ、魔法をかけたから受け取らないのでは、という疑惑を持たれる。でも、本当にグレンダ様が魔法をかけていたのであれば、鏡に触れれば体がどうなるか……
まるで賭博をしているかのような緊張感。全員がグレンダ様の動きに注目する。
そこにヒールの音が響いた。肩にかかる金髪を手で払いながら前に出てきたベリッサ嬢がクラ様に説明する。
「その鏡は我がゴーダンナー協会が見つけた、とても珍しい貴重な逸品ですの。それをキャンベラが所望したので私が贈っただけですわ」
ベリッサ嬢がキャンベラ嬢に視線で合図を送る。すぐにキャンベラ嬢が続きを話した。
「えぇ。ただ、それだけ珍しい逸品なら私が所有するよりグレンダ様の手にあるほうが相応しいと思いまして献上いたしましたの」
「私は珍しい鏡だから、とグレンダ様から拝見させていただきまして。その時、鏡に書かれていた古い文字について少し解読しただけですわ。それをグレンダ様が口にして魔法が発動してしまったのでしょう」
レミーナ嬢が悲しげに顔を伏せた。その姿は絵画に描かれた薄幸の美女そのもの。男性陣から庇護欲が混じった視線が注がれる。
まるで舞台上のヒロインのようにレミーナ嬢がクラ様に訴えた。
「こうして、偶然が重なってグレンダ様の手に鏡が渡り、誤って魔法が発動してしまいました。ですが、みな悪気があってのことではありませんの」
「……つまり、私の綿菓子に魔法をかけたのは故意ではない、と言いたいのかしら?」
クラ様の問いにベリッサ嬢が同意する。
「その通りですわ」
「……そう」
クラ様が目を伏せて鏡を持つ手をさげた。逆に三大美女は目配せをして微笑み合う。ベリッサ嬢がグレンダ様の隣に移動した。
「グレンダ様の不調の原因が分かったのは不幸中の幸いですわ。これ以上、体調が悪くなる前に、早く休みましょう」
「ですが、この無礼者は……」
ごねそうな雰囲気のグレンダ様を挟むようにキャンベラ様が近づく。
「後のことは、サウザン大公にお任せしましょう」
「それでは……」
「これ以上の無理はお体に触りますよ」
レミーナ嬢が優しく諭す……けど、どこか反論できない迫力が。グレンダ嬢が渋々、歩きだそうとしたところでクラ様が動いた。
「それが、あなたたちの答えなのね」
四人が足を止めて振り返る。クラ様がニヤリと口角をあげた。
「もう判決は覆らないから」
「判決? どういうことですの?」
グレンダ様の質問にクラ様が鏡を見せる。
「言ったでしょう? これは古エルフが作ったって。あのエルフが。しかも古いエルフが作ったのよ? ただの魔道具なわけないじゃない」
「だから、どういうことですの? 教えなさい」
「見た方が早いわよ」
クラ様が鏡を掲げて魔法を詠唱した。
『古の法に従い、鏡に判決を求める。この者たちに裁きを』
鏡が太陽のように輝き、辺り一面が真っ白になった――――――




