ダンスパーティー
サウザン大公の屋敷は王城より少し小さいぐらいで、個人の屋敷としては破格の豪華さだった。
ガラスと鏡をふんだんに使って作られたホールは、天井のシャンデリアや金柱を反射して眩しいほど輝き……いえ、実際に眩しいですし、目が痛いです。
バーク様の肩に乗った状態でホールに入った私。しっかりとした肩はバランスが取りやすくて乗り心地がいい。
人々から視線が集まるけど、それは私ではなく竜族の正装をしたバーク様に。私は魔法で姿を消しているので気付かれていない。
ホールに集まっていた人たちがバーク様を見てヒソヒソと会話をする。
「おい、竜族の盟主だぞ」
「この前、グレンダ様にあのような態度をとっておいて」
「よく顔を出せたな」
主に男性陣から投げつけられる侮蔑の視線。ちなみに女性陣はバーク様に見惚れていて、声をかけようかソワソワしている。出席しているのがバーク様一人だったら声をかけていただろうけど……
そこに新たなざわめきが広がる。人波が割れ、その中心をグレンダ様が歩いてくる。その後ろには……
「んにゃっ!?」
(えぇっ!?)
社交界三大美女のベリッサ嬢、キャンベラ嬢、レミーナ嬢。それぞれが豪華なドレスをまとって悠然と歩いている。
(ど、どうして三人が!?)
胸がドキドキして冷や汗が溢れる。私の元婚約者の浮気相手たち。こんなところで顔を合わせることになるなんて。
過ぎたこととはいえ思い出したくない記憶。そわそわする私に大きな手が触れた。姿が見えない私をバーク様がそっと撫でる。
(……バーク様)
少し落ち着いた私は体重をバーク様に預けた。大丈夫。今の私は姿が見えないし、バーク様の肩に乗っていればいいだけだから。
(それに、今はバーク様がいる。一人じゃない)
ここで三大美女もバーク様に気がついたらしい。顔を明らかに強張らせている。
三人で顔を寄せてコソコソと会話を始めた。
「ちょっ、どういうこと? 盟主って、まさか……キャンベラは知ってたの?」
「私が知るわけないでしょう! レミーナはどうなのよ?」
「お二人が知らないことを私が知っているわけありませんわ」
内緒話をしている三人を置いて、グレンダ様が一直線に私たちの前へ。ただ、その足取りは少しフラついていて。
(あれ? 以前より顔色が少し悪いような?)
少し大人びた化粧で顔色を隠したグレンダ様がバーク様に声をかける。
「盟主、お久しぶりですわね。せっかくのダンスパーティーに一人で出席なんて寂しいでしょう? 一曲、踊ってあげてもよろしくて……え?」
そこまで言って、グレンダ様がようやくバーク様の隣に立っている人物に気がついた。見せつけるように細い手がバーク様の逞しい腕に絡みつく。
「バーク様。せっかくのダンスパーティーですから、一緒に踊りましょう」
満面の笑みでバーク様を誘うのは、ふんわり白金髪と水色の瞳をした少女……そう、私そっくりに魔法で変装したクラ様。
本当に見た目は私そのもの。どこからどう見ても私。私の親でも騙されるだろう。
けど、バーク様は抵抗があるらしく。
「そ、そうだな」
顔を引きつらせながら笑顔を作り……でも、体はどこか拒絶していて。挙動不審が過ぎる。怖くて見ていられない。
バーク様から視線をそらした私は、自然と前を向く姿勢になった。
目の前では、呆然と私に変装したクラ様を眺める四人。どうやら、普通に私が現れたことが相当、衝撃だったらしい。
(私に魔法をかけたのは、本当にこの四人だったのですね)
元婚約者の浮気相手たちだし、あまり良い関係ではなかったけど、それでも負の感情を向けられるのは辛い。
沈んでいると、バーク様が私に変装したクラ様とともにホールの中心へ歩き出した。止める者は誰もいない。
「おい。ダンスは予定に入ってなかっただろ」
小声で訊ねたバーク様にクラ様が小声で答える。
「あら。ダンスパーティーに呼ばれたのにダンスをしないのは怪しまれるわよ」
「だが、する必要もないだろ」
「もしかして、踊れないの?」
私の顔で挑発的に笑うクラ様。こうして自分を見続けるのは変な感じが……
「ミーはそんな表情をしない」
「もちろん、ワザとよ」
この発言にバーク様のこめかみが引きつく。今にも喧嘩が勃発しそうな気配。さっきから私の方が冷や冷やなのですが。
心臓に悪いことの連続にドキドキしていると、背後がざわついた。
ガシャーン!
突然、何かが割れた音が響く。振り返ればグレンダ様が鏡を床に叩きつけていた。破片が細かく飛び散り、星屑のように光を弾く。
「なにが魔法よ!? 全然、効いてないじゃない!」
(もしかして、あの鏡が魔道具!?)
ホール中の視線がグレンダ様に集まる。暑くないのに頬に汗が流れ、肩で息をするグレンダ様。明らかに様子がおかしい。
「あら。古エルフが作った魔道具の鏡じゃない。こんなに、あっさりと壊すなんて勿体ない」
「な、なによ!?」
私に変装したクラ様がグレンダ様の前に進み出ると、床にむけて手を滑らせた。
『形を失いし宝具よ、再び真の姿を現せ』
砕け散っていた鏡が浮き上がり集まっていく。まるで星屑がクラ様の手の中に吸い込まれているような幻想的な光景。
あっという間に壊れていた鏡が傷一つない姿に蘇る。
「あ、あなた、何者ですの!? 名を名乗りなさい!」
グレンダ様の命令にクラ様が私の顔でニヤリと笑う。
「私? 私はただの魔法師よ」
「ま、魔法師!?」
驚くグレンダ様にベリッサ嬢が助言する。
「嘘ですわ! その娘は子爵家の者! 魔法師ではないですわ!」
「えぇ。その者は平凡な子爵家の一人娘。魔法が使えるなんて聞いたことありません」
キャンベラ嬢の言葉にレミーナ嬢も頷く。
「そうですわ。もし貴族の娘で魔法が使える者がいるなら、みなさんが知らないはずございません」
一気にザワつくホール。そこに艶やかな声が響いた。
「まったく。人族って本当に魔力を感じることができないのね。こんなに魔力が違うのに、私のことを綿菓子だと疑わないんだから」
その言葉とともに、ふわふわな白金髪がストレートな黒髪になって背中を流れる。丸い水色の瞳が鋭い赤い瞳になり、ぷっくりとした瑞々しい唇が現われる。平凡な体は豊満なナイスバディとなり、オレンジ色の竜族のドレスは真っ黒で、きわどいスリットが入ったドレスへ。
私とは正反対の、色香あふれる妖艶な女性の登場にホールの空気が変わった。
今日と明日は朝夜、投稿して
明日の夜、完結する予定です




