犯人判明
その場にいた全員(クラ様を除く)が驚いた後、クラ様がオンル様に視線をむけた。
「すごく薄いけど魔力があるわ。たぶん、魔道具と併用した魔法。だから、一見しただけでは分からない」
「まさか、私が見落とすとは……」
珍しくオンル様が悔しそうな顔をする。いつも悠然としたすまし顔のため、感情が表れるのはかなり珍し……いえ、バーク様を怒る時は表情が豊かなので、そこまで珍しくありませんでした。
バーク様が私を包み込むように胸に抱く。
「誰だ? そんな魔法をミーにかけたのは」
殺気がこもった声に使用人Aたちが一歩下がり息を呑む。心なしが使用人たちの顔が青ざめているような。
「バーク。まずは殺気をおさめなさい。これでは、まともに話ができません」
「あら。私は問題ないわよ」
「警備上で問題があるんです」
鋭く睨むオンル様の頬に汗が流れる。オンル様が緊張して汗を? それは珍しいかも。
「にゃにゃ?」
(バーク様?)
いったいバーク様は何をされたのか。
顔をあげるとバーク様がバツの悪そうな様子で顔を背けた。
「わりぃ」
その一言で使用人Aたちの肩から力が抜ける。なにも変わった感じはしないのに。
不思議に思ってキョロキョロしているとクラ様が笑いながら説明をしてくれた。
「綿菓子は魔力がないから感じなかったのでしょうけど、このアホ盟主がかなりの魔力をぶっ放したのよ。魔力を持つ弱い生き物なら失神しているレベルのね」
「にゃっ!? んにゃみゃあ!」
(えっ!? ですが、私は平気ですよ!?)
私の言葉が通じたのかクラ様が頷く。
「綿菓子は魔力がないから影響がなかったのよ。少しでも魔力があったら、その魔力が反応して気絶していたもの」
「みにゃぁ……」
(そうなのですか……)
「ま、私ほどの魔法師になれば、相手の魔力の影響を受けにくくする魔道具を作れるから問題ないんだけど」
クラ様の発言にオンル様の片眉がピクリと動く。
「刑罰中はいかなる魔道具も身につけることは禁止のはずですが?」
「えぇ。だから、身につけてはいないわ」
「では、どうやってバークの魔力の影響を受けにくくしたのですか?」
クラ様が長い指で自身の胸を指さす。
「体内に入れているだけよ」
その発言に周囲がザワつく。けど、バーク様だけは平然としていて。
「それなら、どんな状況でも自分を守れる。ある意味、合理的だな」
「そういうこと」
(……もしかして、バーク様とクラ様って意外と思考が似ているのでは?)
「綿菓子?」
冷えた声に私の肩が跳ねる。恐る恐る顔をクラ様の方へむけると、それはそれは美しい笑みで迎えられ……
「なにか、すっごく失礼なことを考えなかった?」
「んにゃにゃにゃ!」
(考えてません!)
頭が取れそうなほど首を横に振った。そんな私をバーク様が抱きしめる。
「ミーが失礼なことを考えるわけないだろ。それより、さっさと魔法を解け。あと、その魔法をかけたヤツを教えろ」
「それなんだけど」
クラ様が困ったように腕を組んだ。
「その魔法の魔力がすぅっっっごく! 弱いのよ。本当にうっすい膜……そう蜘蛛の巣みたいな魔力で。ヘタに触れると崩壊して、呪いに絡みつく可能性が高いわ」
「呪いに絡みつく? 絡みついたら、どうなるんだ?」
バーク様の質問にクラ様が息を吐く。
「分からないのよ、どうなるか。だから手が出せないの」
「じゃあ、どうすればいいんだ!?」
クラ様が悩ましげに顎に手を添える。
「まずは魔法をかけた者を特定することね。すっごく弱い魔力だから、この魔法をかけたのは人族の可能性が高いわ。で、使っている魔道具はかなりの高額商品。とどめは綿菓子に魔法をかけるような関係。これだけの情報でも魔法をかけた者が誰か……しぼれてくるんじゃない?」
「そいつを見つけるしかないのか」
「まあ、最悪の場合は魔道具を壊すだけでもいいわ。それで魔法は解けるでしょうから。ただ、この手の魔道具は魔法をかけた者の魔力を常に吸収しているから、肌身離さず身につけているはずよ。だから、魔法をかけた者を探したほうが早いってわけ」
バーク様が悔しそうに歯ぎしりをする。
「仕方ねぇ。まどろっこしいが魔道具を持っているヤツを探すしかない。オンル」
「はい。まずは魔道具を買える財力を持つ人族を調べます。あと、毛玉の親の交流関係を洗い出します」
「ん? なんでミーの親が関わってくるんだ?」
私とバーク様が首を傾げる。オンル様が何かに気がついたように訂正した。
「毛玉が魔法をかけられたのは私怨だと思ったので、もしかしたら親の交流関係から恨みをかうようなことがあったのかと考えまして。ですが、バークの勘が違うと言っているなら、その線は除外します」
「そうだな。そっちじゃない気がする。けど、私怨って感じはするな……いや、むしろオレに対する私怨……か?」
眉間にシワを寄せて悩むバーク様。そこまで分かる勘って、凄すぎて逆に怖いです。
バーク様に抱かれたまま上をむいていると、クラ様が距離をつめてきた。
「ちょっと! 盟主の私怨に私の綿菓子が巻き込まれたってこと!? もしそうなら許さないわよ!」
「うっせぇ! オレだって本当にそうなら、オレが許せねぇよ!」
「やっぱり盟主に綿菓子を任せることはできないわ! さっさと渡しなさい!」
「刑罰中のヤツがなに言ってやがる! おまえの用事は済んだんだから、さっさと竜族の里に帰れ!」
「はぁ!? そっちが呼び出したくせに、自分勝手にも程があるわよ! この自己中!」
私を挟んで喧嘩する二人。この短時間で慣れてしまって仲裁する気も起きなくなってしまいました。
軽くため息を吐いていると、暗緑色の髪の使用人Aが手紙を持ってやってきた。素早く中身を読んだオンル様がバーク様に声をかける。
「バーク、朗報ですよ。魔法をかけた犯人が判明しました」
耳を疑う発言にバーク様とクラ様が声をそろえてオンル様の方を向く。
「「は?」」
「にゃ?」
(え?)
オンル様が手紙をバーク様に差し出した。
「王太子殿下より詳細が書かれた手紙です」
私を片手に抱き直したバーク様が手紙を受け取る。
「……そういうことかよ!」
全文を読んだバーク様が机に手紙を叩きつけた。冷静なオンル様がもう一通の手紙を出す。
「で、ダンスパーティーはどうします? 招待状も一緒に届いていますが」
「誰が行くか! それより、サウザン大公の末娘を捕まえろ!」
怒り心頭のバーク様にクラ様が笑う。
「なに言ってるの? それじゃあ、面白くないじゃない」
思わぬ言葉に全員(クラ様を除く)の声が重なる。
「「「「「は?」」」」」
「うにゃ?」
(面白くない?)
クラ様が机に叩きつけられた手紙を指に挟んでヒラヒラと泳がした。
「こんなお間抜けで可愛らしいお嬢さんたちの作戦に引っかかったフリをしてあげるのは、どう?」
「なぜだ!? ミーに魔法をかけたヤツらなんだぞ!」
吠えるバーク様にクラ様が冷えた赤い目をむける。
「だから、よ。今すぐ捕まえて魔道具を取り上げるのは簡単。でも、どれだけ自分たちが浅はかで愚かなことをしたのか…………わからせてあげましょう」
冷徹で、美麗な微笑みを浮かべるクラ様。その低くも力がこもった声に誰も何も言えなかった。




