予想外の原因
長い黒髪を高い位置で一つにまとめた、目元が涼やかな赤い瞳の美人。小さな顔に果実のように潤った唇。豊満な胸に引き締まった腰。誰もがうらやむ体型は同性の私でも見惚れるほど。
この美人こそ、竜族の里で一、ニを争う実力の持ち主である魔法師のクラ様。
今は人族に合わせているのか、竜族の証である翼と尻尾は消している。そんなクラ様が歓喜の声とともに執務室に飛び込んできた。
「会いたかったわ! 愛しの綿菓子!」
「ゲッ」
明らかに表情を崩したバーク様を無視して、一直線にやってきたクラ様が私に手を伸ばす。
「話は聞いたわ! 人の姿に戻れなくなったそうね。さぞ、不安だったでしょう?」
「にゃ……みゃっ!?」
(は……わぁ!?)
クラ様が私に触れる前に体が浮いた。そのまま凄いスピードで宙を移動する。
「ミーに触るんじゃねぇ!」
「にゃ、にゃにゃ!?」
(バ、バーク様!?)
私を抱きしめるバーク様。胸の筋肉に体が埋もれて……あの、息が…………
「むにゃ!」
(ぷはぁ!)
なんとか顔だけを出したところで、クラ様が肩をすくめた。
「あ、盟主いたの? 相変わらずの強面で私の綿菓子とは不釣り合いもいいとこね」
「誰がてめぇのだ! ミーはオレのだ!」
「あら、どこかに名前でも書いているの? それとも、真名を交換したの?」
「誰が書くか! それに、真名は……」
急に口ごもるバーク様。その様子にクラ様が勝ち誇る。
「そうよねぇ。綿菓子から盟主の魔力をまったく感じないもの。もしかして、拒否られた? ププッ、だっさぁ」
「うっせぇ! 真名を交換してなくても、名前なんて書いてなくても、ミーはオレのだ!」
「あーら。独占欲が強い男は嫌われるわよ」
「独占欲じゃねぇ!」
敵意むき出しでいがみ合う二人。
そこにオンル様がパン、パンと手を叩いて、その場の空気を変えた。
「はい、はい。二人とも、そこまでですよ。魔法師、シリクラ。あなたはまだ刑罰を受けている最中の身であることをお忘れなく。この度は盟主からの特例で自由に動けているだけです。少しでも怪しい動きをした場合は……」
ピリッと刺す気配。周囲には険しい顔をした使用人Aたちが並ぶ。いつもの穏やかな表情はなく、鋭い目つきと剣をさげた姿は戦士そのもの。って、いつの間に執務室に!? さっきまで、バーク様と二人きりだったのに!?
でも、囲まれたクラ様はまったく気にせず、挑発的な笑みで艶やかな花を散らしている。そして、反対側には超絶不機嫌顔のバーク様。顔は強面から極悪面に。
まさしく混沌と化した執務室。
「にゃ、にゃぁ……」
(あ、あの……)
静寂の中、私の小さな声が響く。そんな私にクラ様が微笑んだ。
「そんな怯えた顔をしないで綿菓子。あなたが悲しむようなことはしないから」
「うにゃ……」
(はぁ……)
そうは言っても、前科があるので不安は残る。なにせ、クラ様は私の救い主? とかになるためにバーク様に襲われ、私を傷心させようとした、少し……いや、かなり理解できない思考の持ち主。
どういう行動をするか予測がつかないけど、天才、奇才の魔法師。魔法に関することでは竜族内で右に出るモノがいないほどの凄い方。
それだけに残念感が……
私の思考を遮るようにクラ様が私に迫る。
「綿菓子? なにか余計なことを考えてない?」
「んにゃ! むにゃ!」
(いえ! ないです!)
逃げるように必死に首を振る私。バーク様がその立派な体で私を隠す。
「いいから、さっさとミーの呪いを診ろ!」
「あら、盟主。言ってることと、やってることが矛盾しているわよ? 綿菓子を隠したら診ることができないじゃない」
「グッ……」
バーク様が奥歯を噛む。それから、私を見下ろした。いつも快活な黄金の瞳が心配そうに揺れている。
「みゃーな……にゃう」
(大丈夫ですよ……たぶん)
「ミー……」
私の言葉が伝わったのかバーク様が悩みながらも、渋々と私をクラ様の前に差し出した。
しっかりと私の両脇を掴んだまま。おかげで私の体は宙にプラーンとぶら下がっている。なんとも間抜けな格好。
そんな私に顔を近づけるクラ様。
長い睫の下にある赤い瞳がまっすぐ見つめる。それから、ニヤリと口角をあげた。
「その姿も可愛いけど、やっぱり人の方が好みだわ」
「にゃ、にゃあ……」
(は、はぁ……)
ぞわりと背中に寒気が走る。好意を向けられているはずなのに、なんとも言えない複雑な心境。
私の体を持っているバーク様の手が微かに震える。たぶん、すぐにでも私をクラ様から遠ざけたいのを我慢しているのだろう。
一歩さがったクラ様が取り出した水晶を私にかざした。水晶越しにクラ様の顔が歪んで見える。
今までとは打って変わった、真剣な眼差し。黙っていれば、こんなに美人なのに……
そんな事を考えているとクラ様が水晶を下ろし、ため息を吐いた。
「……また、厄介なことになっているわね」
「どういうことだ?」
執務室に緊張が走る。クラ様が水晶を懐に収めながら平然と言った。
「これ、呪いじゃないわ」
思わぬ言葉に全員が固まる。沈黙を破るようにバーク様が吠えた。
「呪いじゃなかったら、なんなんだ!?」
「なんだと思う?」
クラ様が挑発的に微笑む。まるでクイズを楽しむ子どものよう。
バーク様が怒り混じりに怒鳴った。
「さっさと教えろ!」
今にも掴みかかりそうなバーク様をオンル様が手で制する。
「魔法師クリシラ。早く教えたほうが身のためですよ」
「あら、少しぐらいもったいぶってもいいじゃない」
「これは遊びではありません」
「もう、つまらないわね。面白みがない男はすぐに飽きられるわよ」
そう言うとクラ様が長い人差し指を私にむけた。ピカピカに磨かれた爪が光を弾き、全員の視線が私に集まる。
クラ様がゆっくりと魅惑的な唇を動かした。
「これは、魔法よ」
一瞬の沈黙…………からの。
「「「「魔法っ!?」」」」
「にゃぁっ!?」
(魔法っ!?)
その場にいた全員(クラ様を除く)の声が揃った。盲点も盲点。誰もその可能性を考えていなかった。




