突然の来訪者
結局、夜になっても人に戻れる様子なく。私はリビングのソファーで丸くなり欠伸をしていた。
「ふにゃぁ……」
(生活はなんとかなりそうですけど、やっぱり疲れます……)
そのままウトウトしているとバーク様がやってきて。
「ミー! 一緒に寝るぞ」
「にゃ!?」
(えっ!)
突然の宣言で眠気が覚めた。驚きで顔をあげた私の隣にバーク様が座る。ソファーがポスンと揺れ、私の体まで揺れた。
「朝、起きたら猫になっていたんだろ? っていうことは、夜の間に何か起きた可能性もある」
「にゃ、にゃあ」
(は、はい)
「だから、何か起きても大丈夫なように一緒に寝る!」
「にゃぁ……」
(確かに……)
バーク様が言うことも一理ある。でも、最近は一緒に寝ることがなかったので、妙に恥ずかしいというか、緊張するというか。
あ、一緒に寝たくないというわけではないのです。ただ、その、心の準備が……
「よし、じゃあ寝よう」
「うにゃ!? みゃあぁ!?」
(えぇ!? もう!?)
バーク様が驚く私をひょいと抱き上げ、廊下を歩く。
「明日も早いからな。さっさと寝て、さっさと仕事を片付けよう。で、ミーの姿絵を絵師に依頼する」
「んにゃっ!?」
(本気だったんですか!?)
「きっと可愛い絵になるぞ。完成したらギルドのロビーに飾ろう」
「んにゃにゃにゃにゃ!!」
(それだけは止めてください!!)
私の怒りが通じたのかバーク様が眉尻をさげる。
「ダメなのか?」
「ぶにゃー!」
(恥ずかしいです!)
「そうか、ダメなのか……」
珍しく私の意思が伝わった。
しょんぼりしたまま寝室のドアを開けるバーク様。そんな顔をされたら心が苦しく……でも、ギルドのロビーに絵を飾るのは絶対に反対! 絵のモデルになるのも遠慮したいのに。
苦悶する私をバーク様がベッドに降ろす。それから靴を脱ぎ、ベッドに転がった。一方の私は降ろされた場所から固まったまま動けない。
目の前にはベッドに体を倒してこちらを見る褐色肌イケメン。寝間着のため布地が薄く、鍛えられた筋肉がいつもよりハッキリと浮いている。眼福というか、存在がもう色気と色香の塊……
(お、落ちついて、私。拾われた頃は毎日、バーク様と寝ていたし、その後も何回か一緒に寝たんだから)
なんとか自分に言い聞かせるけど、ドキドキと緊張は収まらず。パニックになりかけている私をバーク様が呼んだ。
「こっちに来ないのか?」
「みゃ、みゃぁ……」
(あ、あの……)
バーク様が不思議そうに首を傾げる。まったくもっていつも通り。なんだか、私だけが悩んでいるみたい。ちょっと、悔しいような……
「寝ないのか?」
「にゃ!」
(寝ます!)
私ばっかりバーク様のことを意識して、ドキドキして、間抜けみたい。
(もう少し私の心情を察してください!)
私は怒りの勢いに任せてバーク様に近づいた。ふわりと鼻をかすめる太陽の香り。いや、バーク様の匂い。ドキドキするけど、落ち着いてしまう。それが、また悔しくて。
バーク様が私を迎え入れるように腕枕をするように右腕を伸ばした。
「こうやって一緒に寝るのも久しぶりだな」
「にゃあ……」
(はい……)
バーク様の腕の中で丸くなる。安心できて、気持ち良くて……でも、最初に一緒に寝ていた頃とは、どことなく違う。
(前はもっと気楽にバーク様と寝ていたのに。バーク様はあの頃と変わらないのでしょうか……それとも、私が意識しすぎなのでしょうか……)
ほんの少しの寂しさを覚えながら目を閉じる。
伝わる体温と微かに聞こえる心音。
(……あれ? バーク様の心音がいつもより早いような?)
目をあけて顔を動かす。そこでバーク様とバッチリ目があった。
黄金の瞳が優しく微笑み、大きな手が私の顔を包む。そのまま近づいてくるバーク様の顔!
(え!? このタイミングで鼻チューを!?)
思わず目を閉じて固まる。すると、頬にふわりとした感触が。
目を開ければ、バーク様が頬ずりをしていた。
(ですよね。このタイミングで鼻チューはしませんよね)
自分の勘違いに脱力していると、耳元で低く艶っぽい声が。
「早く人の姿のミーとも一緒に寝たいな」
「んにゃっ!?」
(ヴエッ!?)
懇願するような、甘えるようなバーク様の声。心臓を鷲づかみされたように胸がキュッとなる。
(い、一緒に寝るということは、夫婦の証で!? それは、つまり結婚ということで!? いつかはしたいですが、今はまだ早いと……その、ギルドの準備などもありますし!)
心の中でワタワタしているとバーク様が吹き出すように笑った。
「そこまで動揺しなくてもいいんじゃないか? 尻尾がずっとソワソワ動いているぞ」
「うにゃ!?」
(えっ!?)
私は反射的に自分の尻尾を見た。確かにフワフワな毛の尻尾が忙しなく左右に揺れている。バーク様が大きな手で私の顔を自分の方へむける。
「今はギルドの準備で忙しいし、ミーの心の準備ができるまで待つって言ったが……」
バーク様が私を抱きしめる。
「オレがあまり待てないかもしれないからな。早めに心の準備をしてくれ」
「にゃっ!?」
(えっ!?)
驚く私を置いてバーク様が枕に顔を埋めた。
「……寝る」
「んにゃぁあ!?」
(このタイミングで!?)
よく見えればバーク様の褐色の耳が真っ赤に。
(もしかして、バーク様も緊張して? それとも恥ずかしい?)
私だけではなかったことに嬉しい気持ちがこみあげる。
「うにゃにゃ……」
(おやすみなさい……)
私も枕に体を埋めて眠る…………って、寝られるわけない! あんな、特大の爆弾を! 色気を! 落とされて、眠れるわけが!
声を出したり、動いたりしたらバーク様を起こしてしまう。けど、この悶々とした気持ちはどうすれば!
こうして私はバーク様の寝息を聞きながら、一人で眠れぬ夜を過ごした。
※
猫だけど目の下にクマができそうなほど寝不足の日々。あれから、毎晩バーク様と一緒に眠っている。でも、私は熟睡できなくて。
だって、寝る前にバーク様が愛を囁くんですよ!? あの低く艶っぽい声で! しかも、毎晩!
そんな状況の後で眠れるほど私の神経は図太くありません……
あと、朝も褒めと愛の言葉から始まりますが、寝不足で寝ぼけているため、あまり耳に入っていません。
代わりに昼間の執務室で寝るように。今は偽造書類の確認の仕事もないので、昼のほうが寝やすい。
私は定位置となったバーク様の膝でそんなことを考えながらウトウトしていた。
夜、ベッドで一緒に寝る時は緊張するのに、昼に膝で寝るのは平気なのは何故なのか……顔が見えないから? それとも、愛を囁かれないから? 他に、違いは……
(ハッ! そもそも昼寝をするから、それで余計に夜が眠れなくなっているのでは?)
重要なことに気がついた私は寝かけていた頭を振った。
(起きていないと! 悪循環になってしまいます!)
必死に眠気と格闘していると声とともにバーク様の大きな手が。
「どうした? 今日は寝ないのか?」
私の頭から背中までを優しく撫でる。それがまた気持ち良くて……
「むにゃぁーん」
(ダメですぅー)
バーク様の手と睡魔に陥落しかけていた時……
「会いたかったわ! 愛しの綿菓子!」
懐かしい声が執務室に響きました。




