祝賀会
私は竜族の里で一節を過ごし、少し前にバーク様と共に自分の国に戻った。
理由は竜族のギルドが本格始動するため。その準備に忙しいバーク様。私も代筆や偽装書類の確認の仕事が増えた。
二人で過ごす時間が少ない日々。竜族の里では一緒にいる時間が長かったので、その差が余計に身に沁みる。
でも、今日は久しぶりにバーク様と過ごせる日。嬉しさを隠しながらバーク様の隣に立つ。そんな喜びも束の間。
目の前に広がる光景に私の体は固まった。
「はぁぁ……」
広大な王城内にあるホールの一つ。見たことがないほど豪華で煌びやかな世界。
星空よりも輝く天井のシェンデリア。その上にあるアーチ型の天井には、直接描かれた厳かな絵画の数々。柱は金で装飾され、床は磨き上げられた大理石。
点々と置かれたテーブルには豪華な料理と高級な酒類。その周囲には談笑する着飾った人々。
宝石を散りばめたような空間。
「凄すぎです……」
出てくるのは感嘆のため息だけ。
そんな私にいつもの声が降ってきた。
「どうした?」
不思議そうな顔で私を見下ろすバーク様。竜族の正装服でいつもの二割増し……いや、十割増しでカッコいい。強面は変わらないけど。
「……バーク様は驚かれないのですか?」
「何に驚くんだ?」
「この立派なホールです」
この度は国王が竜族のギルドの創設を祝い、王城でパーティーを開催した。そのため、主役はギルドのトップであるバーク様。
しかし、本人はその自覚もない様子で。
「ミーのドレス姿の方がずっと綺麗だ。よく似合っている」
「あ、ありがとうございます」
そんな、とろけるような笑顔で言われたら恥ずかしくて俯くしかない。
私は竜族の里でバーク様が選んでくれたドレスを着ていた。
鎖骨が露わになった体のラインがハッキリと出る衣装。二の腕まではしっかりとした布があり、そこからはスリットが入った透ける布で作られた袖。腰から下はまっすぐに広がるスカート。豪華な刺繍と重ねた布地が煌びやかさを演出する。
(まさか、こんなに早く着る日が来るなんて)
しかも、見慣れない竜族のドレスのためか人々からの視線が……集まりかけて解散しました。バーク様の一睨みで。
「あー、やっぱり出席するんじゃなかったな」
「そういうわけにはいきません。本日の主役はバーク様ですから」
「けどなぁ。そもそも、ミーのドレス姿が見られるっていうオンルの言葉に踊らされたのがいけなかった。あぁ、でも出席しなかったらミーのドレス姿は見られなかったんだよなぁ」
苦顔しながら悩むバーク様。
「ですが、ここでしっかり竜族のギルドを宣伝しないといけないのでは?」
「いや、別に宣伝をするつもりはない。依頼の件数は今まで通りでいいし」
「そうなのですか?」
「あぁ。依頼が多すぎても受けきれない。だから、さっさと王に挨拶をして帰ろう。ミーはそれでいいか?」
「私はバーク様がよければ」
バーク様が返事の代わりに優しく瞳を細める。その黄金の瞳はここのホールよりも煌めいて。
シャンデリアの光に照らされた紫黒の髪に、真夏の太陽を思い出す褐色の肌。見惚れていると、無骨で大きな手が私の頬をそっと撫でた。
柔らかくも甘い空気に包まれかけた時、甲高い声が切り裂いた。
「まあ。竜族の盟主ともあろう者が私に一言の挨拶もないなんて、どういうことですの? それとも私が眩しすぎて目に入らなかったのかしら?」
あまりの自意識過剰発言に私とバーク様がそちらを向く。
そこにはヒヤシンスのような濃い紫のドレスをまとった令嬢が一人。豊かな金髪を結い上げ、顔の半分を扇子で隠す。その身を飾るアクセサリーは派手だが品格もあり、絶妙なバランスで仕上がっている。
一目で位が高い令嬢だと分かる装い。
普通ならすぐに詫びの言葉を口にするところだけど……
「いや、目には入っていたが興味なかっただけだ。それに、知らないヤツだし挨拶する必要もないだろ」
相変わらず我が道を進むバーク様。その態度に周囲の方がざわめいた。
「さすがに、まずいだろ」
「いくら竜族の盟主って言っても……」
「サウザン大公の末娘だぞ」
耳に入った内容に私は血の気が引いた。
サウザン大公といえば現王の弟であり、政権にも多大な影響力を持つ。しかも、その末娘といえば、サウザン大公が可愛さのあまり社交界デビューを遅らせたというほどの箱入り娘。
バーク様の言葉にサウザン大公の末娘が扇子を閉じる。
「あら、おもしろい。私にそんな口をきいたのは、あなたが初めてでしてよ。名乗りをあげる許可を与えましょう」
「あいにくだが、自分の名を先に名乗らないヤツに教える名は持っていない」
「まぁ。ますます面白いわ。いいでしょう。特別に私から教えてさしあげますわ。サウザン大公が末娘のグレンダよ」
「オレは竜族の盟主・バークだ。よし、ミー。帰るぞ」
「えぇ!?」
(何が良しなのか分からないのですが!?)
驚く私と周囲。でも、バーク様は当然のように私に説明した。
「パーティーの主催者側の偉いヤツに挨拶したんだ。これで帰ってもいいだろ」
「あの、主催者にも挨拶をしないといけないと思うですが」
「また今度じゃダメか?」
「そこはダメだと思います」
困ったように眉尻をさげるバーク様。強面なのに可愛いと思ってしまうのは惚れた弱みでしょうか。
そこにグレンダ様が畳んだ扇子を私にむけた。
「そこの平凡な娘。バーク殿から離れなさい」
「え?」
「バーク殿のエスコートは私がいたしますわ」
「えぇ!?」
いくらサウザン大公の末娘とはいえ横暴が過ぎる。そもそもペアで出席をしているのに、その相手を奪うなんて。
(でも、相手は王族。ここは言うことを聞いたほうが……)
足を動かそうとしたところでバーク様が私の腰を引き寄せた。
「オレはミーから離れないぞ。エスコートも必要ない」
バーク様の言葉にグレンダ様が扇子を広げて不敵に微笑む。
「竜族の盟主とはいえ、このようなパーティーには不慣れでしょう? サウザン大公の娘である私が直々にお教えする、と言っているのですよ? それに」
グレンダ様が緑の瞳を細め、私に嘲りの視線を投げる。
「そのような平凡な娘より私が隣にいたほうが見栄えがよろしくてよ」
その言葉に私は息を呑んだ。少し前の私ならその通りだとバーク様から離れていた。そして、一人で落ち込んで、泣いて……
そこにバーク様の低い声が響く。
「オレは見栄えのためにミーと一緒にいるんじゃない。ミーを侮辱するなら、サウザン大公の娘だろうが、なんだろうが許さん」
鋭い気配とともに空気が凍った。ヒソヒソと囁いていた人々は一斉に黙り、固唾を呑む音が響く。
(この状況。以前の私なら身分不相応だから、と退室していた。でも、今は!)
私はバーク様に体を寄せた。
「たしかに私は平凡で普通の娘です。ですが、バーク様をお慕いする気持ちだけは誰にも負けませんし、隣を譲る気もありません」
ホールに静寂が落ちる。よく見れば、周囲の人々の顔が青くなっているような……
ここで私は重要なことに気がついた。
(王族の方にこんなことを言って、不敬罪で処罰されるかも!?)
グレンダ様の方を見れば扇子で顔は隠しているけど肩が微かに震えていて。
パチン!
怒りを含んだような扇子を閉じる音。体がビクリと跳ねた。怯える私を守るようにバーク様が抱き込む。
グレンダ様が踵を返して私たちに背中をむけた。
「帰るわ。すぐに馬車を準備なさい」
「はい!」
返事とともに顔を青くした従者が走る。グレンダ様はホールを後にして、そのまま姿を見せることはなかった。
しばらくして登場した王太子殿下がバーク様より事の顛末を聞き。
「いや、グレンダは末娘で甘やかされて育ったからな。世界には思い通りにいかないことがある、ということを知るよい機会となった。気にすることはない」
と盛大に笑われ、不敬罪には問われないことになった。それから国王に挨拶をして、祝賀会は無事に終了。
忙しい日々に戻った、その数日後――――――
「んにゃ?」
猫になった私が人の姿に戻れなくなる事件が発生した……




