水遊び・後編
横抱きのまま空を飛ぶ。とても安定していて不安や不満はない。ただ、どこまでも同じ景色が続くので少々飽きて……
「着いたぞ!」
バーク様の声に私は視線をさげた。眼下には大きなテーブルマウンテンがあり、真ん中にポッカリと大きな穴がある。
真っ黒で不気味に見える穴に降りていくバーク様。私は思わずバーク様の服にしがみついた。
「スピードが速いか?」
「い、いえ。その、穴が……暗くて、怖いような……」
「あぁ。でも、中から見ると違うぞ」
「なか?」
少しずつ穴の中が見えてきた。周囲を木々がおおっているため、その影で暗くなっていた穴の底はキラキラと煌めいていて。空をそのまま移したような青い池がある。
「……綺麗」
「だろ?」
バーク様が池の端に降りた。乾いていた空気が重く湿っている。けど、そんなものは気にならないほど。
私は目の前の絶景に言葉を失った。
池だと思ったところは地下湖で。透明な澄んだ水が青一色となり広がっている。しかも、沈んだ岩や木がそのまま見えて、手を伸ばしたら届きそう。
少し視線をあげて周りを見れば、不規則に並ぶマーブル模様の柱。太さも大きさもバラバラ。
そこに水面から反射した太陽の光が映し出され、柱から天井の岩盤までゆらゆらと揺れている。まるで、水中にいるみたい。
「ここは……昔のお城の跡か、なにかですか?」
静寂に私の声が響く。もしかしたら、洞窟のように奥深くまで続いているのかもしれない。
「いや。これは自然にできた場所だ。誰も手を入れていない」
「これだけの場所が!? 自然に!?」
青空が覗く穴からは、太陽の光がカーテンのように降り注ぐ。緑の葉と多様な花が穴を覆うように垂れ下がり、彩りをくわえる。
これだけの景色を自然が作ったなんて信じられない。
「そうだ。すごいだろ」
「すごいです……」
呆然と眺めていると、バーク様が私の右手に触れた。視線をむけると、片膝をついて私を見上げている。
「バ、バーク様!? どうされっ!?」
驚く私を表情を硬くしたバーク様が見上げる。
「ミー……いや、ミランダ。聞いて欲しいことがあるんだ」
「は、はい」
真剣な顔のバーク様。私も思わず固唾を呑む。そこに……
「「「「水場だぁぁぁ!!!!」」」」
可愛らしい声がバーク様を直撃した。それから、次々と空から降りてくる手を繋いだ子どもたち。
「はーい。じゃあ、ここで休憩しまーす。あ、盟主。こんな所で、どうされました?」
子どもたちを誘導していた先生がバーク様に声をかける。私の手を離し、地面に崩れ落ちていたバーク様が力なく言った。
「オレのことは気にするな」
「そうですか。では、遠慮なく。あ、奥にいったらダメよ!」
先生が子どもたちを追いかける。
私は屈んでバーク様に訊ねた。
「あの、聞いて欲しいこととは何でしょうか?」
「……また今度でいい」
「わかりまし……きゃ!?」
はしゃいでいた子どもの一人が私にぶつかった。そのままバランスを崩した私は……
バシャン!
「んにゃ!?」
(えぇ!?)
見事に湖に落ちて猫になりました。なんとか猫かきをして溺れないようにするけど、服が! 服が体に絡みついて!
「大丈夫か!? ミー!」
バーク様が急いで私をすくい上げた。ボタボタと水が滝のように流れ落ちていく。しかも、湖の水が予想以上に冷たくて。
「くちゅん」
ブルッと震えてクシャミが。このままでは、風邪を引いてしまいそう。
「ちょっと待てよ」
バーク様が私に手をかざした。
『火の温もりよ、その恩恵を与えよ』
びっしょりと重くなっていた毛がふんわりと軽くなる。冷えていた体もポカポカ。
「にゃにゃ……」
(ありがとうござ……)
「「「「うわぁ!! なに、その生き物!?!?」」」」
散らばっていた子どもたちが一気に集まる。キラキラと輝く大きな目。
「かわいい!」
「ふわふわだ!」
「いいなぁ!」
「触らせて!」
子どもたちの小さな手がいっせいに伸びてきた。その様子にバークが慌てて私を頭の上に乗せる。
「だ! ダメだ! ダメだ! ミーはオレのだ!」
バーク様の言葉に子どもたちから一斉に文句が。
「えー! 盟主のケチー!」
「心が狭い男は嫌われるんだぞ!」
「少しぐらい触らせてよ!」
頬を膨らます子どもたちから逃げるようにバーク様が走り出す。
「ダメだったら、ダメだ!」
「あ! 逃げた!」
「待ってよ!」
「盟主のイジワル!」
バーク様が背中に翼を出して、そのまま飛び立った。
「触りたかったのにぃ!」
「ケチケチ盟主!」
「もふもふぅ!」
下で騒ぐ子どもたち。正直なところ、私はホッとしていた。あのままだと、たぶん撫でまわされ、もみくちゃにされていただろう。
「悪いな。もう少しゆっくり景色を見たかったんだが」
「んにゃにゃぁ」
(いいえ)
首を横に振る私をバーク様が頭から降ろす。空を飛んでいるし、そのまま胸に抱かれるのかと思いきや……
「んにゃ!?」
(えぇっ!?)
バーク様が私の顔に頬を擦りつけた。
(イケメンのどアップ! が、眼福だけど刺激が強っ!?)
わたわたとする私とは反対にバーク様がポツリと呟く。
「もう少しだけ、ミーを独占させてくれ」
「ふにゃ!?」
(んぅ!?)
耳元で囁かれた、その艶めかしい声が。言葉を理解するより先に、全身の毛が逆立って。
その声に酔いしれて、失神してしまいそうになりました。
本著の下巻が7/14に出版となります!
その時に少し長めの短編を投稿する予定です!
出版日が近くなりましたら、活動報告に情報を載せます!
お読みいただき、ありがとうございました!




