水遊び・前編
6/30エンジェライト文庫より電子書籍が発売となります。
そのお礼SSです!
後編は夜に投稿します!
ことの始まりは、珍しく真剣な顔をしたバーク様からでした。
「ミーと一緒に行きたい場所があるんだが、明日空いてるか?」
竜族の里の城にある執務室で必死に書類を片付けたバーク様。ここ最近、真面目に仕事をしているなぁ、とは思っていたけれど。
綺麗に片付いた執務机を挟んで黄金の瞳がまっすぐ私を見つめる。
キリッとした眉に涼やかな目元。通った鼻筋に薄い唇。太陽の光をしっかり浴びた褐色の肌に、筋肉質な体。強面でもイケメンはイケメンで。切羽詰まったような様子だけど、いつもと違う雰囲気に押されて。
私は顔を赤くしながら頷くことしかできなかった。
そして、翌日の朝。
私は待ちあわせ場所である、城の入口に立っていた。
日差しは強いけど、バーク様に買っていただいたマントを羽織っていれば問題ない。マントがなければ、日に当たる皮膚がチリチリと痛くなっている。けど、竜族の方々は平然と歩いていて。
「皮膚が強いのでしょうか……見た目は同じなのに」
と、呟く私の前を歩く竜族の方々。早朝のためか数は少ないけど、竜族の象徴である翼と尻尾を揺らして足早に過ぎ去る。
ここは城の前の大通りのため、昼間は出店が並ぶ場所。
ただ、人族の城と違って城の周囲に高い塀があるわけでも、見張りの兵士がいるわけでもない。石が敷き詰められた広場と、城の中に入る道があるのみ。
「不思議ですよねぇ」
人族の城なら、まず考えられない造り。文化の違いだけど、本当に不思議で。誰でも簡単に入れる、まるで神殿みたい。
でも、オンル様の説明では魔力でしっかり守られているらしい。魔力がない私はそれを感じることができないだけ。
ぼんやり周囲を眺めていると、可愛らしい複数の声が聞こえてきた。
四、五才ぐらいの竜族の子どもたち。背中には小さいけど立派な羽根と、お尻には可愛らしい尻尾。
二列に並び、手を繋いだ子どもたちの前後を大人が挟んでいる。
先生らしき竜族が子どもたちに声をかけた。
「はーい。じゃあ、みんな。もう一度、確認しまーす! 勝手に飛んで?」
「「「「いかない!」」」」
「お手ては?」
「「「「離さない!」」」」
「先生からは?」
「「「「離れない!」」」」
「守れますか?」
「「「「はーい!」」」」
「じゃあ、出発しまーす!」
先頭の先生がバサリと翼を動かす。ふわりと飛ぶと、それに合わせて子どもたちもパタパタと羽根を動かして飛んでいく。
その光景が微笑ましくて、つい頬が緩んでしまった。
「どうした?」
その声に慌てて振り返ると私を優しく覗き込む黄金の瞳。何度見ても胸が跳ねてしまう。
「あ、いえ、その、可愛らしいな、と」
「あぁ。遠足だな」
「遠足?」
聞き慣れない単語に私は首を傾げた。
「少人数の子どもを連れて遠出をするんだ。それで団体行動を身につけていく」
「学園とは違うのですか?」
「それは座学をする場所だろ? それとはまた違う。自然の中で団体行動と個人行動の必要性を学んでいく」
「自然の中で……ピクニックのようなものでしょうか?」
バーク様が困ったように笑う。
「いや、そんなのんびりしたものじゃなくて……あ、狩りだ、狩り」
「狩り!? あんなに小さい子どもたちが!?」
「実際の狩りはもう少し成長してからになるが、生きるための水場の確保や食糧の調達方法を実践で学ぶ。生き残ることに年齢は関係ないからな」
「……たしかに必要ですね」
必要だけど、あんなに小さい頃から……ここでも竜族との文化の違いを感じてしまうとは。
「だろ? よし、オレたちも行くか」
「きゃっ!?」
いきなり横抱きにされて思わず叫び声が出てしまった。そんな私をバーク様が悪戯が成功した子どものように笑う。
「いまから行く場所はちょっと遠いからな。とばすぞ」
「ですが、一声かけてから抱き上げてください」
恥ずかしくて俯く私にバーク様が微笑む。
「悪い、悪い。ミーのその顔が見たくてな」
「その顔って、どんな顔ですか!?」
思わず両手で頬を覆った私のこめかみにバーク様が軽く唇を落とす。
「そういう可愛い顔だ」
「ひゃっ! あの、そういうことは恥ずかしいと何度も言っているではないですか」
「誰もいないからいいだろ? じゃあ、飛ぶぞ」
私の言葉を切るようにバーク様が背中に翼を出した。大きく羽ばたくと同時に風が巻き上がり、体が重くなる。
けど、それも一瞬で。
あっという間に地面が遠くになり、体がふわりと軽くなった。高速で飛んでいるはずなのに、頬を撫でる風は優しい。
「怖くないか?」
「平気です」
地表は遙か彼方で雲のほうが近いぐらい。でも、私を包む逞しい腕が。柔らかい胸の温もりが。耳から聞こえるバーク様の心臓の音が。
すべてが私を安心させてくれる。
「今日はどちらに行かれるのですか?」
「とっておきの場所だ。見たら驚くぞ」
「それは楽しみです」
竜族の里に来てからバーク様の仕事が忙しくて城の周囲ぐらいしか出かけたことがない。あとは、バーク様の仕事の視察に一緒についていったり。その場合はオンル様や使用人の方も一緒。
今回のような二人きりで遠出は初めて……かも。
(もしかして、デートというものでは!?)
急に胸がドキドキと早鐘を打ち出した。
(いえ。こうして二人きりになることは城内でもありましたし。いつも通りに……)
ソッと目だけでバーク様の顔を覗く。
まっすぐ真剣に前を見て飛んでいる顔が。毎日見ているのに。見慣れているはずなのに。なぜか、いつもよりカッコ良く……というより、なにか考え事をしているような?
「……子ども、か」
「バーク様?」
「ん? どうした?」
嬉しそうに私に視線を落とすバーク様。その顔はいつも通りで。
私の空耳だったのかも。
「いえ。なんでもありません」
「もしかして、疲れたか?」
「いえ。本当になんでもありませんので」
「そうか? なんかあったらちゃんと言えよ」
「はい」
バーク様はいつも私のことを気にかけて、考えてくれる。それが、とても嬉しくて、くすぐったくて。
私はそっとバーク様の胸に頭をこすりつけた。




