偽造を見つけまして
猫の生活も慣れ、このままでもいいかなぁと思い始めた頃。
今日もバーク様は執務室で仕事中。私は日当たりが良い窓辺で日向ぼっこ。猫になってから寝ている時間が増えたような。眠いのもあるけど、なによりバーク様の近くは居心地がいい。
うとうとしているとバーク様の唸り声がした。別の机で書類整理をしていたオンル様が顔をあげる。
「どうしました?」
「物流を確保するための護衛の契約の件なんだが、ここにきて先方が急に条件を変えてきてな。それで気になるところがあるんだが……」
「バークの本能的な勘はよく当たりますからね。どの条件が気になるんです?」
「いや、条件うんぬんじゃなくて、この手紙が気になる」
「手紙が、ですか?」
バーク様が机に二枚の手紙を並べた。
「こっちが前に提出された条件が書いてある手紙。で、こっちが今回、条件を変更する内容が書かれた手紙」
「で、どっちの手紙が気になるんです?」
「こっちだ。条件を変更する内容が書かれた手紙」
オンル様が手紙を手にして様々な角度から眺め、机に置いた。
「見た目は普通の手紙ですし、内容も普通ですね」
「そうなんだよ。だから、なんで気になっているのか分からねぇんだ」
紫黒の髪をガシガシとかくバーク様。起き上がった私はぴょんと机に移動した。すかさずバーク様が私の背中を撫でる。
「ミーも気になるか?」
「にゃう」
バーク様は基本、私を自由にしてくれる。私が書類を散らかしたり、仕事の邪魔をしないから。
私は並べられた二枚の手紙を見比べた。乙とか甲とか知らない単語とか、言い回しが難しすぎて内容は理解できない。
ただ、一つ分かったのは。
「にゃ、にゃ」
最後に書かれたサインを前足でツンツンと示した。サインなら同じ綴りなので比べやすい。
「ん? どうした、ミー?」
「うにゃ、うにゃ」
「この字が気になるのか?」
「みゃ」
次にもう一枚の手紙をサインに前足をのせる。バーク様がとろけるような笑顔で私を撫でた。
「なんだ? その字が気になるのか? それはアイって読むんだぞ。ミーは文字が読める猫になるのか? すごいなぁ」
「にゃう! にゃう!」
(違います! なんで、そうズレたほうに解釈するのですか!)
久しぶりに話せないもどかしさを感じていると、オンル様が二枚の手紙を手に持った。そのまま眉間にシワをよせて睨む。
「…………これ、もしかしたら別人が書いたのかもしれません」
「へ?」
「ここ、毛玉が示した文字。微妙に字の形が違います。よく見れば、他にも形が違う字があります」
「どういうことだ?」
「字とは個人のクセが出やすいものです。ペンにインクをつける量、ペンの持ち方、ペンの角度、字を書くスピード。それは、それぞれ違うものです。今回、届いた手紙は先に届いている手紙の文字となるべく似せて書こうとしているような印象を受けました」
バーク様がオンル様から手紙を受け取り、もう一度眺める。真顔で仕事する横顔は、キリッとしていてカッコいい。強面だけど。
「うーん。オレには見分けがつかないな」
「細かいところの差ですから。ただ、わざと似せて書いたような字もあります。偽造の可能性を考えても良いかと」
「急に条件を付け加えたから、おかしいと思ったが……」
「この条件で得をする者か、この契約を混乱させ破綻させたい者の仕業か、もしくは別の目的か。とにかく、先方に急いで確認しましょう」
バーク様が肩をすくめる。
「面倒くせぇなぁ。人族はサインに魔力がこめられないから、サインしたのが本当に本人か疑わないといけないのか。封蝋だって似た蝋印を作れば簡単に偽装できるしな」
「封蝋は前回の手紙と同一のものか鑑定してもらいましょう。書類の偽造は重罪ですから、証拠は多いほうが良いですし」
オンル様が優雅に微笑むけど、目が! 目が怖い!
私は逃げるようにバーク様に視線を移した。すると、そこでも!
「そうだな。どこの誰が何の目的で、こんな偽造をしたか知らねえが」
「これだけの似た字が書けるなら、今までも偽造している可能性がありますね」
「オレたちに喧嘩を売ったのが運の尽きだったな。絶対に犯人を見つけてやる」
ニヤリと口角だけをあげたバーク様の顔は、それはそれは極悪人のようで。
(もしかして、バーク様は裏と呼ばれる仕事をされている方!? でも、あの強面の顔ならありえるかも……)
「それと、もう一つ」
意識を飛ばして現実逃避をしようとしている私をオンル様が覗き込む。
「この毛玉が、なぜ文字の違いに気づいたのか。しかも、それを私達に教えるような仕草までしました」
「それはミーが天才だからだよなぁ」
バーク様が私を抱き上げて頬ずりする。私は慌てて前足を突っ張った。
(ちょっ、近いです!)
「にゃ、にゃう!」
「うー。最近、ミーがつれないぃぃ」
私は前足で思いっきりバーク様の顔を押さえて近づけないようにした。
(なんか恥ずかしくて。側にはいたいけど、近すぎるとドキドキするし……)
悩む私にオンル様の冷徹な声が刺さる。
「親バカな意見はいりません。場合によっては、その毛玉を処分する必要があります」
「ブニャッ!?」
(しょ、処分って、どういうこと!?)
不安で慌てる私をバーク様が抱きしめた。こめられた腕の強さに安心してしまう。
そこに、聞いたことがないバーク様の低い声が響く。
「オンル、本気か?」
窓が開いていないのに、突風が吹き荒れる。重く、どす黒い気配がバーク様からあふれた。それを正面から、すべて受け止めたオンル様は平然としたまま。
オンル様が冷めた紫の瞳を私に向けた。