いつもの日常に~オンル視点~
解呪は中途半端になったが、本人たちがこれで良いというので竜族の里に戻り、いつも通りの日々……のはずだった。
本日は執務室で書類仕事。毛玉は代筆の仕事がないため、いつもなら猫の姿でバークの膝で昼寝……が。
「じゃあ、この案件はもう一度現場を視察するから日にちを決めてくれ」
「……はい」
「あと、これはこのままで進めてくれ」
「……はい」
「よし。じゃあ、次の書類を」
「あの、バーク」
「どうした?」
私はため息をこらえて言った。
「その膝の毛玉は、どうにかなりませんか?」
「ん? なんでだ? 今までも膝にのせて仕事していただろ?」
「今までは猫だったからいいんです。人の姿は視界の邪魔になります」
「そうか?」
バークが膝に座っている毛玉に視線を向ける。ずっと居心地が悪そうな顔をしていた毛玉が頷いた。
「ですよね? やはり仕事中に人の姿で膝はちょっと……」
「オレは気にならないぞ」
あまりにも平然と言うので私はこれ見よがしにため息を吐いた。
「私たちが! 気になるのです!」
執務室の入り口で控えている使用人たちも大きく頷く。
「えー。けど、オレはミーが膝にいたほうが仕事がはかどるんだけどなぁ」
たしかに仕事はどんどん処理している。だが……
私の事情を無視してバークが話を進める。
「可愛いミーが目の前にいるんだぞ。膝にのせたいし、触りたくなるだろ」
「あの、ちょっ、バーク様」
バークがゆっくりと毛玉の頬をなで、そのまま指を髪にからめる。体を密着させ、毛玉に微笑むバーク。そのクソ甘い雰囲気に全員が砂糖を吐き出す。
私はすべてを吹き飛ばすように執務机を叩いた。
「そういうところです!」
しかし、私の怒りもバークにはどこ吹く風。
「おまえにも大事なヤツができたら分かるって」
の一言で片付けられる。
「とにかく! そういうことは仕事が終わってからにしてください!」
「そうですよ、バーク様。みなさんの仕事の邪魔になることは出来ません」
「……ミー?」
珍しく……いや。初めて? 毛玉がバークの行動を諫めた。驚いている私たちの前で毛玉が左腕を伸ばす。
「本日は代筆の仕事がありませんので、バーク様の仕事が終わるまで私は猫の姿で過ごしますね」
「へ?」
毛玉の左手首に淡いピンクのポーチがついている。バークが怪訝な顔で覗き込んだ。
「ミー、それはなんだ?」
「クラ様からいただきました。なにかあった時に身を守れるようにと、いろんなモノが入っているそうです」
「クラから!? まだ、処罰中だろ!」
「その辺りの詳しいことは分かりませんが、私宛に送られてきたそうです」
頭を抱え、バークが唸りながら言った。
「だからって……そういう時はオレに見せてから身につけてくれ。危ないモノだったら、どうするんだ?」
「ですので、オンル様に確認しました」
「なに!?」
バークが私を睨む。私は仕事を進めながら説明した。
「変な仕掛けや毛玉を傷つけるようなモノはなく、安全面は問題ありませんでした。どうやらバークが捕まっていた時に吸収した魔力で作ったようで、毛玉との相性も良いです」
ぐぐぐ、と唸りながらバークが毛玉に訊ねる。
「なんでオレに言わずにオンルに見せたんだ?」
「クラ様からの手紙に、バーク様には見せないように、とありましたので」
「あいつぅ!」
バークは怒りながらも、毛玉が腕につけているポーチを取り上げる様子はない。
製作者がクラなので高性能なのは確実。毛玉を守るモノとして非常時に役立つ可能性もある。
バークが渋々言った。
「次にそういうことがあったら、オレにも見せてくれ」
「わかりました。ですけど、これって本当にいろんなモノを入れられますし、いろんなモノが入っているんですよ」
そう言って毛玉が取り出したのは細長いガラス瓶。
「これも便利で中身は水なんですが、一度空になっても時間が経つと、水が入っているんです」
説明を終えると毛玉はガラス瓶の蓋を開けて、ひっくり返した。
ポンッ!
軽い音とともに毛玉が猫になる。左前足には猫サイズに合わせて小さくなったポーチ。持ち主の姿に合わせて大きさまで変わるとは。想像よりかなり高性能かもしれない。
「みゃん」
猫になった毛玉が着ていた服をくわえて歩きだす。そこに使用人の一人が現れ、手を差し出した。
「片付けておきます」
「にゃーにゃにゃー」
礼を言いながら毛玉が頭をさげる。その姿にどんな訓練でも表情を崩さない使用人の顔が緩む。竜族の中でもトップクラスの優秀な戦士でさえも、この状態。毛玉の威力、恐るべし。
そこで不機嫌顔になったバークが立ち上がる。
「ミーに近づくな」
「みゃ!」
毛玉がすかさずバークに片手をあげた。それはまるでバークを制止しているかのようで。
「ミ、ミー?」
困惑するバークの前に毛玉が執務机の上に移動した。そのまま書類を前足でちょんちょんと叩く。
「さっさと仕事をしろ、と言っているようですよ」
「にゃーん」
正解だったようで毛玉が可愛らしい声を出す。バークは仕方なさそうに椅子に腰を下ろした。毛玉がバークの膝に移動し、そのままコロンと丸くなる。そして、安心したように欠伸を一つ。小さな口から小さな歯がのぞく。
「……くぅ」
バークから感極まったような声が漏れた。これでいつもの仕事風景に。
「はい、はい。では、さっさと今日の仕事を終わらせてください」
やっと仕事に集中できると思ったが、バークが小さく肩を震わしている。
「どうしました?」
「…………仕事したくねぇ! ミーと一緒に昼寝してぇ!」
「さっさと終わらせてください!」
私の怒鳴り声とともに執務室内が吹雪となりました。




