やっと解呪しまして
その青年を見た瞬間、周囲が一瞬で浄化された気がした。
青年がまとう神々しいまでの雰囲気。太陽の光に煌めく白金の髪。若芽のように鮮やかな新緑の瞳。薄い唇に透けるような白い肌。完璧な造形美に世界まで輝く。
けど、それ以上に目を引くのは尖った耳。エルフの特徴。
「ほんもの……」
本を読んで知識としては知っていたけど、実物はそれ以上の存在感で。
呆然としている私の頬にバーク様の手が触れる。
「えっ!?」
驚いたところにバーク様の顔面ドアップが!
ポンッ!
「にゃっ!?」
(えっ!?)
猫になった私をバーク様が膝にのせる。そんな私たちに女店主が持っていたティーセットを置いて楽しそうに笑った。
「そういう呪いかぁ。でも、ヤキモチもそこそこにね」
「おや。私はツカサ一筋ですから、どんな女性に見つめられても私の心は揺らぎませんよ」
エルフの青年がさりげなく女店主の肩を引き寄せる。それに対抗するようにバーク様が私を抱き上げた。
「このふわふわで癒しの塊のミーの魅力が分からないなんて、残念な感性だな」
「ほう? あなたは喧嘩を売りに来たのですか?」
エルフの青年から表情が消える。私は慌てて訴えた。
「うにゃにゃ!」
(違います!)
「バーク」
オンル様の鋭い一声にバーク様の体が固まる。普段なら相手まで凍るけどエルフの青年と女店主に影響はない様子。
女店主が青年の手を払って私を覗き込んだ。
「いやぁーん! めっちゃ可愛い! 私が惚れちゃう!」
「だろ! ミーはめっちゃ可愛いんだ!」
「ミーちゃんって言うのね。私はツカサ。こっちはシンよ」
「んにゃ」
頭をさげた私にツカサ様が破顔する。
「キャー! マジかわいい! 猫がほしくなっちゃう」
「……ツカサ、私がいるだけではダメですか?」
しょぼんとした顔でシン様がツカサ様を背後から抱きしめる。赤面しそうなほど甘い雰囲気なのに、シン様が美形すぎるせいか絵画を鑑賞しているような感覚に。
しかし、ツカサ様は雑にシン様をあしらった。
「はい、はい。その話はあとでね。で、あなたたちの名前は?」
「オレはバーク。こいつはオンルだ」
「ふむふむ。で、ここに来た理由はミーちゃんの呪いの解呪? でも、その様子だと解呪してほしくないようにも見えるけど」
「ヴッ」
私を抱えているバーク様の腕に力が入る。そこに黙って様子を見ていたオンル様が訊ねた。
「ツカサ殿と、お呼びしても良いですか?」
「んー。そんなに堅苦しくなくてもいいけど。ま、好きに呼んで」
「では、ツカサ殿。いくつか質問してもよろしいですか?」
「いいよ」
ツカサ様とシン様が空いている椅子に座り、持ってきたカップに紅茶を注いだ。
「あなた方はどうしてここで商売をされているのですか?」
「一言でいうなら、シンの腕がもったいないから。こんなに美味しいケーキなら売れると思って」
「それで、エルフがケーキを……」
理解できないという様子のオンル様。どうにか気を取り直して質問を続ける。
「では、なぜエルフが人族のあなたと一緒に商売をしているのですか?」
「一緒に商売したらいけないの?」
「エルフは普通、他の種族と関わりません。それを超えて人族と一緒に商売をする理由があるのでは?」
「んー、それならシンが普通のエルフじゃないだけだし」
優雅に紅茶を飲んでいたシン様がカップを置く。
「私はエルフの中では好奇心が強く、普通ではないですね。あと、まわりくどい質問はいりませんから、さっさと目的を言ってください。日が暮れる前に終わらせたいので」
シン様とオンル様が睨みあう。ツカサ様がオンル様の扱いに慣れている理由が分かった気がする。
そこにバーク様が声を挟んだ。
「ミーの呪いを解呪できるエルフを紹介してほしい」
「無理です」
シン様が容赦なく一刀両断した。
「なんでだ!?」
「解呪ができるエルフと会う方法がないからです」
「すぐそこに里があるのに、なんで会えないんだ?」
軽い息を吐いてシン様が説明する。
「エルフは高濃度の魔力がある場所でなければ生きられません。そして、その高濃度の魔力は他種族には毒となります。つまり、エルフが里から出ればエルフが死に、他種族が里に入れば他種族が死にます」
「なっ!?」
「即死というわけではありませんが、確実に命は削られます。あなた方はそこまでしてエルフの里に入ります? しかも解呪にかかる時間が不明なままで。寿命が短い種族や弱い種族なら、解呪中に高濃度魔力の影響で死ぬ危険もあります」
「クッ……」
黙ったバーク様に代わりオンル様が質問をする。
「ここは里の入り口のため魔力は強いですが、高濃度というほどではありません。あなた方は平気なのですか?」
「ツカサは平気ですが、私は平気ではありません。里の外ほどではありませんが、私の寿命は削られています。ですが、ツカサと同じ時間を生きられるので問題はありません」
全員の視線がツカサ様に集まる。ツカサ様が諦めたように肩をすくめた。
「私はよくないけど、本人が言うことを聞かないから。これが妥協点だったの」
オンル様が額を押さえて頭を振った。
「理解できない」
「おまえにも大事なヤツができたら分かるって」
バーク様が慰めるようにオンル様の肩を叩く。
「まさか、バークに同情される日が来るとは……」
余計に落ち込むオンル様。これからどうするか……という空気が流れる中、ツカサ様が言った。
「なら、私が解呪しようか?」
「できるのか!?」
「人族が!?」
バーク様とオンル様の声が重なる。ツカサ様が軽く頷いた。
「なんか見た感じ、ミーちゃんもバークさんも完全には解呪してほしくないんでしょ? でも、キスで猫になる部分だけ解呪したい。そうじゃない?」
「なんで分かった!?」
「え? そんなに驚くこと? それぐらい見てたら想像つくけど」
ツカサ様が椅子から立ち上がり、バーク様の膝に座る私の前まで来た。
「これだけ絡まった呪いだと完全に解呪するのは難しいけど、一部だけなら逆に簡単なのよね。その部分だけ引っこ抜けばいいんだから」
「にゃにゅん?」
(引っこ抜く?)
「引っこ抜くっていうのはイメージね。簡単に説明すると、今のミーちゃんの呪いはいろんな毛糸が絡まった状態なの。で、その中からキスしたら猫になる毛糸だけを引き抜いたら、キスをしても人のままってこと」
「それだ! それをしてくれ!」
バーク様は喜んでいるけど、ちょっと都合が良すぎる解呪のような……
「待ってください。本当にそんなことができるのですか? しかも、人族のあなたに」
オンル様も同意見のようで。疑われたツカサ様は気にした様子なく答える。
「できるよ。ただ、どうしてできるのか、と聞かれたら分かんないけど」
「へ?」
「え?」
バーク様とオンル様の声が再び重なる。シン様が紅茶を飲みながら説明をした。
「ツカサは感覚で魔法を使います。しかも、その発想と技術は天才的で、エルフでもツカサの魔法は一目置かれています。だから、ここで私と商売をする許可が出たと言ってもいいでしょう」
「ふにゃぁ」
(すごい人なんですね)
感心する私にバーク様が訊ねる。
「じゃあ、ここで解呪してもらうでいいか?」
「にゃ!」
(はい!)
手をあげた私をシン様の声が止める。
「待ってください。解呪とはかなりの高等技術です。それを見返りもなくさせるつもりですか?」
「いくら必要だ?」
「金銭には困っていませんので」
「じゃあ、どうすればいいんだよ!」
吠えるバーク様を制してオンル様が訊ねた。
「ここのケーキには希少な星屑糖が使われているようですが、在庫はありますか?」
「在庫はありますが残りは少ないですね」
「では、レッグメーァウが定期的に提供しましょうか? 他にも必要な食材がありましたら届けましょう」
オンル様の提案にシン様が優美に微笑む。
「竜族のギルド……損はなさそうですね。わかりました。契約成立です」
「もう。なんでも契約しないと動けないのはエルフの悪いクセよ」
「契約は大切です。たとえ口約束でも、契約は契約ですから」
「はい、はい。じゃあ、さっさと解呪するね」
そう言うとツカサ様が私に手をかざし……
「「あ」」
今度はツカサ様とシン様の声が重なった。そして、流れる微妙な空気。
「どうした!?」
「にゃみゃん!?」
(どうしました!?)
ツカサ様が私から視線を外す。
「えっと、あの、その……とりあえず、呪いがどうなったかキスしてみて」
「みにゃぁうにゃにゃ!?」
(この一瞬で解呪したのですか!?)
「もう解呪したのか!?」
「た、たぶん出来た、と……」
ツカサ様が言葉を濁す。その言い方がかなり怖いのですが!?
バーク様が黒いマントを取り出した。
「とりあえず、やってみよう」
「ふにゃ!?」
行動が早いバーク様が私に黒マントを被せ、鼻先をつける。
ポンッ!
私はマントの下で人に戻った。急いで前を閉じるが、それでも足がスースーして心許ない。
(って、裸にマントって変たぃ…………いえ! 考えたらダメです!)
「よし。じゃあ、次だ」
「え!? ちょ、心の準備を……」
言い切る前にバーク様の顔が迫る。私は反射的に目を閉じた。唇に柔らかいモノが触れ……
ポンッ!
いつもの聞き慣れた音がしました。




