絶品のケーキを食べまして
店内は普通の作りだった。クリーム色の壁にケーキが並ぶショーケース。でも、商品が売れたのか半分は空いている。そこに漂う砂糖の甘い匂いに、バターや卵が混じった優しい香り。視覚より先に空腹が刺激される。
鳴りそうになるお腹を押さえて、私はショーケースに近づいた。
「ふわぁぁ……」
感嘆のため息しか出ない。
透明なガラスの先。キラキラと輝くケーキの数々。真っ白でふわっふわなクリームに、ちょこんとのった真っ赤なイチゴ。その隣には繊細な飴細工で飾られた茶色に輝くチョコケーキ。上に焦げ目がついた淡い黄色のスポンジケーキ。
他にもフルーツてんこ盛りのタルトケーキに、オレンジや桃が丸ごと飾られたケーキまで。
その可愛らしさ、美しさに私は釘づけになった。
「どれも美味しそうで選べません」
「じゃあ、一種類ずつ全部買って一緒に食べるか?」
「いいんですか?」
顔をあげると満面の笑みのバーク様。あれ? もしかして……
「バーク様も全種類食べたいのですか?」
「いや、オレはケーキよりミーのほうが食べ……」
「私?」
「あー、いやいや。ケーキ旨そうだよな」
取り繕うような笑顔のバーク様に女店主がショーケースの向こうから苦笑混じりに声をかける。
「正直は美徳とかいう言葉もあるけど、正直に本能むき出しにしていると逃げられちゃうよ」
「……気をつける」
そこにオンル様が美麗な笑顔で女店主に声をかけた。
「では、ここのケーキを全種類一つずつください。あと、少しお聞きしたいことがあるのですが」
「聞きたいこと?」
女店主がケーキを箱に手際よく入れていく。王都にいる時はオンル様から美麗な笑顔で話しかけられた女性はたいてい顔を赤くして戸惑うのに。むしろ慣れている?
「エルフで解呪ができる方をご存じありませんか? 相談したいことがありまして」
「あー」
納得したように女店主が私を見る。
「ちょっと厄介なことになっているみたいだもんねぇ。そうかぁ。うーん……女性のお客さんは滅多に来ないしね。よし、サービスしちゃおう」
注文したケーキを箱に入れた女店主は店の奥に声をかけた。
「シン! お気に入りのお客さんが来たから、庭に案内してもいい?」
「私が拒否しても案内するんでしょう? お好きにどうぞ」
姿はなく透き通った声だけが響く。女店主は私たちを手招きした。
「こっちに来て」
案内されるまま私たちは店の奥から外へ。森に囲まれた小さな庭にテーブルセット。
「ここは結界が張ってあるから魔獣は入って来れないわ。まあ、この二人がいるなら心配ないだろうけど」
「え?」
バーク様もオンル様も翼と尻尾は消しており、一見すると人族。なのに、二人の強さを見抜いた?
驚く私に女店主がウインクする。
「紅茶とお皿を持ってくるから座って待ってて」
女店主が軽い足取りで店に戻る。オンル様が肩をすくめた。
「さすがエルフと商売をしているだけのことはありますね。只者ではなさそうです」
「そうだな。だが、嫌な感じはしない」
「そういえばバークの魔力の影響を受けていないようでしたね」
「距離は取っていたが、なんとなくオレの魔力の影響を受けにくい感じがした。いや、別の魔力で守られている方が強いか」
「別の魔力、ですか?」
首をかしげた私にバーク様が微笑む。
「あの女店主を大事にしているヤツが虫除けと守護のために魔力を纏わせているんだろう」
「それがパティシェをしているエルフの魔力である可能性が高いですね。それにしても、そこまでエルフに気に入られた女店主……あの膨大な魔力量に、バークの魔力の影響も受けない体質。見た目は人族ですが、実際は何者なのか」
「人よ。あなたたちの言葉でいう人族っていう種族。一応ね」
女店主が皿とポットとカップをのせたトレイを持ってきた。テーブルに置き、悪戯をした子どものような笑みをオンル様に向ける。
「特に秘密なんてないから、プライベートなことじゃなかったら質問に答えるわよ。ただ、並んでいるお客さんが買い物をしたらね。それまではケーキを食べて待ってて」
「……はい」
超がつくほど珍しくオンル様が押されている。女店主が軽く手を振って店に戻った。
「只者じゃねぇな」
「ですね」
バーク様と私は呆然としているオンル様を見ながら頷いた。
※
「んー! しっとり柔らかスポンジにふんわり溶けるクリーム! こんなケーキ食べたことありません。もう、いくらでも食べられます!」
「こっちのケーキもすげぇぞ。ただの黄色いスポンジだと思ったら、じゅわっと溶けてチーズの味がする」
「こちらのケーキは桃の中にスポンジとクリームが入ってます! 切れ目もありませんし、どうやって入れたのでしょうか?」
「魔力を感じないから魔法じゃないしな。どうやったんだ? すげぇな」
バーク様とケーキの食べ比べで盛り上がる。その隣でオンル様が紅茶が入ったカップにぶつぶつと呟いていた。
「話の主導権はこちらが握らなければ。流されないように。押されないように。計画は完璧に遂行を」
美麗な顔に白銀の長い髪がかかる。影がかかった表情は薄幸の美人というより、不気味な幽霊か怨念のような。そこに夕陽が差し込み、ますます……
私はそっと視線をケーキに戻して、バーク様に話しかけた。
「美味しいですね。ギルドに依頼する気持ちも分かります。でも、持って帰るのが大変ですよね」
「現状維持魔法と魔道具の収納袋を持っていれば、そんなに難しくないだろ。現状維持でこのままの形と味が保たれるし、収納袋ならいくらでも入れられるし」
「便利な魔法と道具があるのですね」
「魔道具はそれなりに金がかかるけどな」
そこでバーク様が眉間にシワを寄せる。
「どうされました?」
「いや、魔道具は有能な魔法師が作っているんだ」
「有能な魔法師……」
そこで私はクラ様の顔が浮かんだ。性格はいろいろ難ありだけど、魔法師をしては有能で天才で。たぶん収納袋とか、さまざまな魔道具も開発しているのだろう。
そこからクラ様のことを思い出したバーク様。機嫌も悪くなる。
思わず苦笑いを浮かべていると、足音が近づいてきた。
「ケーキの味はどう?」
「とっても美味しいです」
返事をしながら顔を向けると、そこにはティーセットを持った女店主と白金の髪の青年がいた。




