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【WEB版】婚約者に浮気された令嬢は異国の強面盟主に溺愛される〜呪いで猫になりましたが、毎日モフられています〜【コミカライズ・電子書籍4巻配信中】  作者:
第二章〜解呪編〜

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お菓子の家がありまして

 森と深い霧を抜けた先。そこにあったのは可愛らしいお菓子の家。

 白とピンクの飴をねじって伸ばした柱。棒状のクッキーを丸太のように並べて作られたバルコニーと壁。大きな窓はガラスっぽいけど、窓枠は粉砂糖がついたグミ。ドアは焦げ茶色のチョコ。屋根は平たいクッキーにクリームとアイシングで装飾。

 でも、すぐに集まってきそうな虫や動物は一切いない。


「虫や動物除けの魔法をかけてまでして、こんな家を建てるとは。やはりエルフが考えることは分かりませんね」


 オンル様が率直な感想を口にする。

 しかも、異様な光景はそれだけではない。甘そうなお菓子の家の前に屈強な戦士たちが並んでいる。傷がついた鎧や頑丈そうなローブを身にまとい、険しい表情をした男たち。


 なぜ、こんなに列がここにできているのか。このお菓子の家に何があるのか。


 正面にある窓を覗くと、中にはショーケースがあり、そこには可愛らしいケーキが陳列され……


「ケーキを買うために!?」


 私は思わず声をあげていた。列に並んでいた方々から睨まれ……たところでバーク様が睨み返して、全員が顔をそらす。

 バーク様がオンル様に訊ねた。


「本当にここがエルフの里の入り口か?」

「そのはず……なのですが」


 珍しくオンル様が戸惑っている。もしかして、これがクラ様が言っていた『風向きが違うみたい』なのだろうか。


「エルフって他種族と交流しないことで有名だったよな?」

「えぇ。他種族にむけて、こんな商売をするなんて普通は考えられません」

「けど、ここにあるってことはエルフが商売しているってことだよな?」

「はい……そうだと思います、が」

「とりあえず、ここでウダウダ悩むより行ってみよう」


 こうして私たちは列の最後尾に並んだ。前にいるのは二人組の男性。三十前後で顔の半分ぐらいが髭で隠れた人。革と鉄を組み合わせて作られた鎧は年季が入り、熟年の冒険者の雰囲気。

 もう一人は二十代前半ぐらいの若い獣人。ゴワゴワの茶色の髪から犬耳と、腰からは茶色の大きな尻尾が出ている。革の鎧で動きやすさ重視という感じ。


 チラチラとこちらを気にしている二人組にバーク様が気さくに声をかけた。


「ここって、菓子屋なのか?」


 バーク様の質問に獣人が驚いた顔になる。


「あんたら、知らずに来たのか?」

「エルフの里に用があって来たら、店があったからさ。この店はいつ出来たんだ?」

「できたのは数年前だったと思う。最初は物珍しさから、たまに買う冒険者がいたんだ。だが、ケーキが(うま)すぎて今は依頼されて買いに来ている奴らが多い」

「依頼? 誰が?」

「貴族やら、王族やらの金持ち連中だよ。こんなところにあるから、自力で買いに来れなくてギルドに依頼を出すんだ」

「つまり、あんたたちは依頼を受けたギルド員ってことか」


 獣人が肩をすくめて答える。


「まあな。ここに並んでいる連中はほとんどがそうだ」

「すごい人気だな」

「店には一組しか入れないから、どうしても外に並ぶようになる」

「一組しか入れない? なぜだ?」

「それは……」


 バターン!!!!


 勢いよく開いたドアから人が吹っ飛んだ。しかも、三人。それぞれが森の中に落下する。


「行儀が悪い奴はお断りだからね」


 パンパンと手を(はた)く女性。太陽の光を弾く短い黒髪。勝気に吊り上がった黒い瞳。鼻はさほど高くなく、彫りが浅い顔立ち。二十代前半ぐらいでロングスカートに白いエプロンをつけている。


「じゃあ、次の人どうぞぉ」


 軽い呼び声に次の一団が店に入る。誰も吹っ飛んだ人たちを気にしていない。バーク様が獣人に訊ねた。


「で、一組しか入れない理由は?」

「昔、複数の冒険者が店内でいざこざを起こして、店を壊しかけたらしい。それからは一組しか入れなくなったんだ。それでも態度や言葉遣いが悪かったら、あんな風に追い出される」

「どこまで上品だったら良いんだ?」

「別に普通なら問題ない。さっきの連中は女店主に手を出したか、からかったりしだんだろ。いや、でもそれをしたらパティシエのほうが出てくるか」

「パティシエ?」


 首をかしげたバーク様に私は囁いた。


「デザート作りを専門にしている料理人の方です」

「へぇ。つまり、さっきの女店主は販売専門で、菓子を作っているのは別にいるのか」

「ですが、エルフの里の入り口にエルフ以外の種族がいることが驚きですね。一見すると人族のようでしたが、強大な魔力を保持していますから違う種族なのでしょうけど」


 オンル様の言葉を獣人が否定する。


「それが本人が言うには人族なんだとよ。で、デザートを作っているのがエルフだ」

「「エルフがデザート作り!?」」


 バーク様とオンル様の声が重なった。すぐにオンル様が誤魔化すように軽く咳をする。


「人族と商売をするエルフ、という時点でかなりの変わり者ですね」

「おい」


 三十代の人が声をかける。気が付けば二人組の順番が来ていた。


「じゃ、先に行くわ」

「いろいろ教えてくれて、ありがとうよ」


 二人組が店内へ入る。振り返れば数人の列。しかもケーキ店とは程遠い服装の方々で、筋骨隆々な人だったり、肉食獣の獣人だったり、ドワーフやハーフリングと呼ばれる種族の方まで。

 私はその光景に言葉が漏れていた。


「人気店なんですね」

「ここまで他種族が集まるのは珍しいですよ」

「それだけ旨いってことなんだよな? ちょっと楽しみになってきた」

「当初の目的を忘れないように」


 オンル様に釘を刺され、バーク様が慌てる。


「もちろん、忘れてないぞ」

「……忘れていないけど、忘れかけていました?」


 ジッと見つめる私にバーク様が手をバタバタさせる。


「そ、そ、そんなことは……少しだけ。と、とにかく、店に入ったらエルフと話ができそうだな。普通なら里に入れなくてエルフと会話さえできないから」

「えぇ。商品を買って、解呪の話へ繋げましょう。ただエルフは気難しいので、人族を通したほうが話が進めやすいかもしれません」


 そこで先に入った二人組が出てくる。


「早いな」


 バーク様の声に獣人が答える。


「買うものは決まっているからな。リスト通りに買うだけだから、みんな早いんだ」

「そうか」

「それに、早くしないと夜になる。その前に安全地帯まで移動しないとな」


 傾いてきた日を背に二人組は早足で森の中に消えた。


「次の方、どうぞぉー」


 店内からの軽い声。バーク様が私の手を握る。


「行くぞ」

「はい」


 私たちはチョコでできたドアを潜った。




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