お菓子の家がありまして
森と深い霧を抜けた先。そこにあったのは可愛らしいお菓子の家。
白とピンクの飴をねじって伸ばした柱。棒状のクッキーを丸太のように並べて作られたバルコニーと壁。大きな窓はガラスっぽいけど、窓枠は粉砂糖がついたグミ。ドアは焦げ茶色のチョコ。屋根は平たいクッキーにクリームとアイシングで装飾。
でも、すぐに集まってきそうな虫や動物は一切いない。
「虫や動物除けの魔法をかけてまでして、こんな家を建てるとは。やはりエルフが考えることは分かりませんね」
オンル様が率直な感想を口にする。
しかも、異様な光景はそれだけではない。甘そうなお菓子の家の前に屈強な戦士たちが並んでいる。傷がついた鎧や頑丈そうなローブを身にまとい、険しい表情をした男たち。
なぜ、こんなに列がここにできているのか。このお菓子の家に何があるのか。
正面にある窓を覗くと、中にはショーケースがあり、そこには可愛らしいケーキが陳列され……
「ケーキを買うために!?」
私は思わず声をあげていた。列に並んでいた方々から睨まれ……たところでバーク様が睨み返して、全員が顔をそらす。
バーク様がオンル様に訊ねた。
「本当にここがエルフの里の入り口か?」
「そのはず……なのですが」
珍しくオンル様が戸惑っている。もしかして、これがクラ様が言っていた『風向きが違うみたい』なのだろうか。
「エルフって他種族と交流しないことで有名だったよな?」
「えぇ。他種族にむけて、こんな商売をするなんて普通は考えられません」
「けど、ここにあるってことはエルフが商売しているってことだよな?」
「はい……そうだと思います、が」
「とりあえず、ここでウダウダ悩むより行ってみよう」
こうして私たちは列の最後尾に並んだ。前にいるのは二人組の男性。三十前後で顔の半分ぐらいが髭で隠れた人。革と鉄を組み合わせて作られた鎧は年季が入り、熟年の冒険者の雰囲気。
もう一人は二十代前半ぐらいの若い獣人。ゴワゴワの茶色の髪から犬耳と、腰からは茶色の大きな尻尾が出ている。革の鎧で動きやすさ重視という感じ。
チラチラとこちらを気にしている二人組にバーク様が気さくに声をかけた。
「ここって、菓子屋なのか?」
バーク様の質問に獣人が驚いた顔になる。
「あんたら、知らずに来たのか?」
「エルフの里に用があって来たら、店があったからさ。この店はいつ出来たんだ?」
「できたのは数年前だったと思う。最初は物珍しさから、たまに買う冒険者がいたんだ。だが、ケーキが旨すぎて今は依頼されて買いに来ている奴らが多い」
「依頼? 誰が?」
「貴族やら、王族やらの金持ち連中だよ。こんなところにあるから、自力で買いに来れなくてギルドに依頼を出すんだ」
「つまり、あんたたちは依頼を受けたギルド員ってことか」
獣人が肩をすくめて答える。
「まあな。ここに並んでいる連中はほとんどがそうだ」
「すごい人気だな」
「店には一組しか入れないから、どうしても外に並ぶようになる」
「一組しか入れない? なぜだ?」
「それは……」
バターン!!!!
勢いよく開いたドアから人が吹っ飛んだ。しかも、三人。それぞれが森の中に落下する。
「行儀が悪い奴はお断りだからね」
パンパンと手を叩く女性。太陽の光を弾く短い黒髪。勝気に吊り上がった黒い瞳。鼻はさほど高くなく、彫りが浅い顔立ち。二十代前半ぐらいでロングスカートに白いエプロンをつけている。
「じゃあ、次の人どうぞぉ」
軽い呼び声に次の一団が店に入る。誰も吹っ飛んだ人たちを気にしていない。バーク様が獣人に訊ねた。
「で、一組しか入れない理由は?」
「昔、複数の冒険者が店内でいざこざを起こして、店を壊しかけたらしい。それからは一組しか入れなくなったんだ。それでも態度や言葉遣いが悪かったら、あんな風に追い出される」
「どこまで上品だったら良いんだ?」
「別に普通なら問題ない。さっきの連中は女店主に手を出したか、からかったりしだんだろ。いや、でもそれをしたらパティシエのほうが出てくるか」
「パティシエ?」
首をかしげたバーク様に私は囁いた。
「デザート作りを専門にしている料理人の方です」
「へぇ。つまり、さっきの女店主は販売専門で、菓子を作っているのは別にいるのか」
「ですが、エルフの里の入り口にエルフ以外の種族がいることが驚きですね。一見すると人族のようでしたが、強大な魔力を保持していますから違う種族なのでしょうけど」
オンル様の言葉を獣人が否定する。
「それが本人が言うには人族なんだとよ。で、デザートを作っているのがエルフだ」
「「エルフがデザート作り!?」」
バーク様とオンル様の声が重なった。すぐにオンル様が誤魔化すように軽く咳をする。
「人族と商売をするエルフ、という時点でかなりの変わり者ですね」
「おい」
三十代の人が声をかける。気が付けば二人組の順番が来ていた。
「じゃ、先に行くわ」
「いろいろ教えてくれて、ありがとうよ」
二人組が店内へ入る。振り返れば数人の列。しかもケーキ店とは程遠い服装の方々で、筋骨隆々な人だったり、肉食獣の獣人だったり、ドワーフやハーフリングと呼ばれる種族の方まで。
私はその光景に言葉が漏れていた。
「人気店なんですね」
「ここまで他種族が集まるのは珍しいですよ」
「それだけ旨いってことなんだよな? ちょっと楽しみになってきた」
「当初の目的を忘れないように」
オンル様に釘を刺され、バーク様が慌てる。
「もちろん、忘れてないぞ」
「……忘れていないけど、忘れかけていました?」
ジッと見つめる私にバーク様が手をバタバタさせる。
「そ、そ、そんなことは……少しだけ。と、とにかく、店に入ったらエルフと話ができそうだな。普通なら里に入れなくてエルフと会話さえできないから」
「えぇ。商品を買って、解呪の話へ繋げましょう。ただエルフは気難しいので、人族を通したほうが話が進めやすいかもしれません」
そこで先に入った二人組が出てくる。
「早いな」
バーク様の声に獣人が答える。
「買うものは決まっているからな。リスト通りに買うだけだから、みんな早いんだ」
「そうか」
「それに、早くしないと夜になる。その前に安全地帯まで移動しないとな」
傾いてきた日を背に二人組は早足で森の中に消えた。
「次の方、どうぞぉー」
店内からの軽い声。バーク様が私の手を握る。
「行くぞ」
「はい」
私たちはチョコでできたドアを潜った。




