新たな地へ移動しまして
「ふっざけるなぁ、おめぇ! 解呪できないって、どういうことだ!?」
静寂を突き破るようにバーク様が怒鳴る。クラ様が開き直ったように肩をすくめた。
「だって、できないものはできないもの」
「だから、なんでだ!?」
クラ様がバーク様を指さす。
「まず一つ目。あんた、絶対に解呪してほしいと思ってないでしょ? 綿菓子の猫の姿に未練がある」
「うっ」
図星のバーク様が言葉に詰まる。
「で、二つ目。綿菓子も猫の姿に未練があって、絶対に解呪してほしいと思っているわけではない。むしろ、猫の姿を受け入れちゃっている」
「あ、はい」
思いっきり心当たりがある私は頷いてしまった。
「あとは、そこの使用人たち。あんたたちも綿菓子の猫の姿に癒しを感じている」
「なに!?」
睨むバーク様から使用人Aたちが一斉に視線を背ける。
「魔法のなりそこないの呪いは感情が絡みついたモノ。執着が強ければ強いほど解くのが大変なの。それでも、呪いをかけられた本人が強く拒否をしたら、そこから解けるわ。でも、綿菓子は呪いを受け入れちゃってる。しかも、周囲がそれを肯定している。ここまで固まったら解くことは出来ない」
誰も何も言えない。そこにオンル様が訊ねた。
「では、毛玉の解呪は誰にもできない、と?」
「少なくとも竜族の中には解呪できる者はいないわね」
まさかの展開に私はそっとバーク様を見た。すると、バーク様は床に両手足をつき……
「そんな! オレのせいで!」
「バーク様……」
うなだれているバーク様のところへ行こうとした瞬間、次の嘆きが。
「このまま一生、まともにキスができないのか!」
(やはり、そこですか)
嘆きを拾ったクラ様が勝ち誇ったように胸を張る。
「聞いた!? 綿菓子! 男なんて体が目当てなのよ! 獣なのよ! そんなヤツは捨てて、私のところに来なさい!」
「どさくさに紛れて、なに言ってやがる!」
「うるさい! あんたが綿菓子の猫の姿に執着しているのが悪いのよ!」
いがみ合う二人の間でオロオロする私。そこに考え込んでいたオンル様が声を出した。
「竜族の中には、ということは、竜族以外なら解呪できる種族がいる、ということですか?」
クラ様が不自然に視線をそらす。私はクラ様に訊ねた。
「そうなのですか?」
「……」
「教えてください!」
魔法陣から飛び出してクラ様に駆け寄る。顔を背けていたクラ様が視線だけでソッと私を覗き見た。
「グハッ!」
クラ様が口元を押さえてよろける。
「大丈夫ですか!?」
「綿菓子の上目遣い! なんて破壊力!」
「破壊力? なにもしていませんが……」
私の言葉は耳に入っていないのか、両手で顔をおおったクラ様が天を仰いでぶつぶつと呟く。
「ふわっふわっな髪に小さな顔。まっすぐ見つめてくる大きな水色の瞳。計算していない無垢な表情。それが、生きて、動いて……すべてが、すべてが尊い」
「あ、あの、クラ様?」
私へ視線をさげたクラ様が吹き出す。
「ぶほっ!? その! その首をかしげた顔は反則だわ!」
「は、反則!?」
「あぁ、気にしないで。で、なにかしら?」
「あの、解呪できる方をご存じなら、教えていただけませんか?」
「そうねぇ……綿菓子の頼みだし、叶えてあげたいけど……」
私はもう一歩踏み込み、体が触れるギリキリまで近づいて見上げる。
「お願いします!」
すると、クラ様が降参した。
「わかった! わかったわ! 教えるから少しだけ離れて! さすがに刺激が強いわ!」
「少しだけじゃなくていい! しっかり離れろ! 盛大に離れろ!」
痺れを切らしたようにバーク様が叫ぶ。私が下がるとクラ様は床に崩れ落ちた。
「じゅ、純粋無垢な力にこんな威力があるなんて……私もまだまだね」
「すごいだろ! 毎日、側にいて手を出さないオレの我慢強さも尊敬しろ!」
「そこはどうでもいいわ。いえ、もし手を出したら切除して不能にするわよ!」
「切除? 不能?」
首をかしげた私の周囲から、ヒュッと声が漏れた。あと、みなさんが何故か若干前屈みに?
クラ様が言葉を続ける。
「教えてもいいけど、それで解呪が出来ると思わないほうがいいわよ。なんせ、相手はあの種族だから。ただ、最近はちょっと風向きが違うみたいだけど」
こうして解呪できる可能性を持つ種族を教えてもらえた。
それから数日後。
私たちは解呪ができる種族がいる地へ。目的の種族は他種族と交流を拒否しており、大勢だと悪印象になるため、行くのはバーク様とオンル様と私だけ。
しかも、その地へ行くには道がなく、魔獣がいる鬱蒼とした森を突き抜けるしかない。普通の人である私ではたどり着くことも不可能。
そのためバーク様が私を抱えて飛んで移動することに。ただ、さすがのバーク様でも人の私を抱えて長距離を移動するのは体力、魔力が保たない。
その結果――――――――
「ふにゃうにゃーん!」
(絶景ですぅー!)
猫の姿になった私はバーク様の腕の中で遥か地平線の先まで続く森を眺めていた。隙間なく生えた木々と、たまにある裂け目。そこには大きな川が流れている。
(森を空から眺められる日がくるなんて!)
景色を堪能している私にバーク様の声が降る。
「怖くないか?」
「んにゃにゃ!」
(怖くありません!)
私の返事に言葉の意味は分かっていないだろうバーク様が微笑む。
「楽しんでいるなら良かった。けど、あまり暴れないようにな。落ちても大丈夫ように補助魔法はかけているが、その先の森で魔獣に襲われたら大変だ」
「う、うにゃ……」
(は、はい……)
猫の姿で魔獣に襲われたら、ひとたまりもない。人の姿でも、ひとたまりもないけど。
こうしてバーク様の腕の中でおとなしく景色を眺めること一日。途中、休憩したり、食事をしたり、安全地帯と呼ばれる場所で魔道具のテントに一泊したりして、ようやく目的地が見え……ません。
「うにゃにゃぁ……」
(長いです……)
抱っこされているだけなのに疲れが。それでも景色は変わらず森だけ。
解呪できる種族がいるのか疑い始めた、その時。
突然、真っ白な霧が。
霧なんてなかったのに。白一色の世界に思わずバーク様の腕に全身で抱きつく。
バーク様が空中で止まった。
「オンル!」
「はい、この辺りですね。このまま、まっすぐ降りましょう」
着地したのだろうけど、足元さえ見えない。まるで雲の中のような白さ。
「ここまで白いとミーが人に戻っても肌は見えないな」
「んにゃ!?」
(えっ!?)
状況を理解する前に黒いマントを被せられ、鼻チューをされた。
ポンッ!
黒いマントの下で人に戻る。
「バ、バーク様!? なぜ、こんなところで!?」
「この先で猫に戻れる都合がいい場所があるとは限らないし。ちゃんとマントをかけたし、いいだろ? あと、服」
「うぅ……見ないでください」
私は羞恥で顔を真っ赤にしながら服を着た。そこへタイミングを測ったようにオンル様が現れる。
「魔力の流れ的に、あちらのようですね」
「オレもそう思う」
「では、いきましょう」
私は一歩を踏み出したが足元さえ見えない霧のせいで転けかけた。
「キャッ!?」
「おっと、大丈夫か?」
「す、すみません」
バーク様の腕に捕まり転倒は免れた。ホッと息を吐く私をバーク様が軽く抱き上げる。
「え!? ちょっ、歩けますから!」
「それだと時間がかかりそうだからな。しっかり捕まってろ」
「へっ!? キャー!」
ふわりと体が浮かぶ。そのまま景色が一瞬で背後に流れた。声を出す間もなく移動していく。
かなりの速さなのに揺れがほとんどない。太い腕にしっかりと包まれ、厚い胸板に体を固定される。猫の時とは違う抱き心地に心臓が跳ねる。
ドキドキしていると突如、霧が晴れてバーク様とオンル様の足が止まった。
「え?」
「は?」
私とバーク様の驚きの声が重なった先。
そこにあったのはお菓子の家だった。




