解呪になりまして
バーク様が神妙な顔で私を見つめる。
「私は猫にならなければ、バーク様に拾われるどころか、目に入ることさえない、どこにでもいる、ただの人でした。話が上手なわけでも、取り柄があるわけでもなく、道ですれ違っても気にもとめられない、弱くて足手まといの……」
自分で言っていて、どんどん沈んでしまう。
「と、とにかく。世の中には私よりも話し上手で、美人で、身分が高い女性がたくさんおられます。そういう方々のほうがバーク様に相応しいのではないか、と……ふにゃ!」
体を起こしたバーク様が大きな手で少し乱暴に私の顔を包んだ。
「たしかにミーが猫にならなかったら出会わなかったかもしれねぇ。人の姿のままなら、すれ違ってもそのままだったかもしれねぇ。だが、そうなったらオレは一生独り身だったと思う」
「え?」
「外見とか身分とか関係ねぇ。オレはミーだから惹かれた。厳ついとか、強面とか言われて距離を置かれていたオレに怖がることなく近づいてくれた。かと言って、オレの魔力の影響で狂ったように熱狂的に近づくこともなかった」
私はバーク様の女運の悪さの話を思い出した。クローゼットやベッドの中で待ち伏せされたり、食べ物に血や髪が入れられたり、心中させられそうになったり。
なぜか、そういう相手にばかり好かれたとか。
「そして、いつの間にか好きになっていた。今はもっと近づいてほしいと思っている。猫の時は膝にのったり一緒に寝たりするのに、人の時はしてくれないし」
「そ、それは……人の時は、恥ずかしくて」
逃げたいけど顔を固定されているため私は視線だけそらした。
「その恥ずかしがる顔も可愛いけど、もっと甘えてくれるとオレは嬉しい」
「え、あ、その……」
視線をそらしているのに優しく見つめられているのが分かる。私は顔が真っ赤になるのを感じながら言った。
「ど、努力してみます。その、もっと甘えられるように……うわっ」
「あー! もう! マジ可愛い! 健気で一生懸命で、あー、もう、マジでダメ」
「だ、ダメですか!?」
「ミーがいないとオレがダメなんだ。弱いとか足手まといとか関係ねぇ。側にいてくれ」
「は、はい……」
恥ずかしすぎて頭から湯気が出そう。逞しい腕が私を優しく包む。バーク様の吐く息が耳元で聞こえる。温かくて、気持ちよくて、心が安らいで。
でも、ちゃんと言うことは言わないと。
「あ、あの、それで、解呪について……ですが」
「あぁ。今度はちゃんと解呪できるようにするからな」
「い、いえ。その、無理には解呪しなくて……その、いいですので」
バーク様が腕を緩めて私の顔を覗き込む。
「解呪したくないのか?」
「解呪したくない……わけでは、ありません。でも、そこまで困っているわけではないですし……それに、その、猫になれなくなると、仕事中のバーク様の膝にのれないですし、一緒に寝れないので……」
「別に人の姿で膝にのってもいいし、人の姿で一緒に寝るのは大歓迎だぞ」
真剣に話すバーク様。
「さすがに仕事中に膝に座るのは邪魔になりますし、結婚前の男女が一緒に寝るなんて」
「ん? じゃあ結婚すればいいのか?」
「ふぇ!?」
あまりにもあっさりとしたバーク様の言葉に私は変な声が出た。
「いや、あの、それはその……突然、というか、バーク様はよろしいのですか?」
「オレはまったく問題ないぞ。ミーは?」
「わ、私は、その……いえ……でも、その、突然すぎて……」
「じゃあ、結婚する気になったら言ってくれ。オレはいつでもいいから」
満面の笑みのバーク様。って、話がズレて!
「わ、わかりました。って、それより。いまは、あの、解呪のことですが、バーク様は解呪したほうが良いですか?」
「正直、猫の姿が見れなくなるのは残念だ。だか、それ以上にミーが猫になって不自由をしているなら、早く解呪したいと思う」
「不自由?」
「オレは王都で暮らして細かいところで不便を感じた。翼と尻尾を消して人族と似た姿をしている竜族のオレでさえ、だ。なら、猫のミーはもっと困ることがあると思ってな」
やはりバーク様は私のことを考えてくれていた。でも……
「たしかに言葉が伝わらなくて困ることはあります。ですが、それ以上にバーク様の側にいられることが嬉しくて。不便なことも些細に感じます」
「……ミー」
バーク様が感極まったような顔になる。太い眉はふにゃりと下がり、黄金の瞳が緩む。
「大好きだ!」
バーク様が私に口づける。
ポンッ!
猫になった私を見つめるバーク様。
「やっぱり解呪だ! まともにキスができねぇ!」
バーク様の心からの嘆きが響いた。
あの後、バーク様に懇願され、拝み倒され、解呪することに。どうしても普通にキスがしたいそうで。そこに関しては私も否定はできず…………って、なんでもありません!
数日後。
厳重に警備された広い部屋。バーク様の使用人Aたちを始め、城を警備している戦士の方々まで。ずらりと等間隔で並ぶ。
その全員から厳しい視線を浴びているのは部屋の中心にいるクラ様。委縮しそうな雰囲気でもクラ様は笑顔……というか、うっとりと私を見つめている。
「会いたかったわ、私の綿菓子。今日も可愛らしいわね」
「は、はぁ」
「せっかく会えたのに、私から近づけないのは残念だわ」
前回の事件で怒り沸騰したバーク様が、クラ様から私に近づくことができない魔法をかけたそうで。そのため解呪が成功したら、その魔法を解くという条件でクラ様が解呪を承諾したという。しかも、減刑よりそちらを希望したとか。
ちなみに私からクラ様には近づけるそうです。そうしないと解呪できる距離まで近づけないので。
「待っててね。すぐに解呪をするから」
軽くウインクを飛ばすクラ様に私は気になっていたことを訊ねた。
「あ、あの、どうして私に好意的なのですか?」
「あなたは私の理想のお人形さんだからよ。今までずっと集めてきたけど、あなたはどのお人形さんよりも理想的で完璧な姿だから。初めて見た時は雷に打たれたかと思ったほど」
にっこりと微笑むクラ様。そういえば、屋敷に似たような人形がいくつも飾られて……
思い出したところで、私は背中に悪寒が走った。両手で自分の腕を抱きしめる。
そこでクラ様がバーク様を睨んだ。
「約束は守りなさいよ!」
「なら、さっさと解呪しやがれ!」
「言われなくても、やるわよ!」
クラ様が私を手招きをする。
「そこの魔法陣に立って」
言われた先にあるのは円の中に幾何学模様が描かれた魔法陣。戸惑う私にオンル様が説明をした。
「その魔法陣は解呪専用です。問題がないことは確認済ですので安心してください」
「素材を煮詰めた特殊な液体で描いた魔法陣よ。解呪以外のことには使用できないから」
そう説明されても、やはり戸惑ってしまう。解呪にではなく、魔法陣の安全性に。
そこにバーク様が私へ声をかけた。
「やめるか?」
「い、いえ。大丈夫です」
私は意を決して魔法陣に立った。クラ様が水晶をかざして魔法の詠唱を始める。
『光の矢、闇の盾、地の鎧、火の剣、水の写身、風の舞。すべての力を持って……』
突然、クラ様の声が止まる。そして、一言。
「あ、これ解呪できないわ」
部屋に沈黙が落ちた。




