話し合いまして
あれから使用人Aたちに連行されたクラ様は、本当に自分が悪いことをしたと思っていなかったそうで。
「私は綿菓子が汚される前に保護しようとしただけよ。男はみんな獣なんだから。解呪の素材を持ってきた時に、盟主に襲われそうになっている私を見れば、それが分かるでしょ? そこで盟主の本性を知って傷ついた綿菓子を癒やすの。絶望が深ければ深いほど、輝いて見える救いの手。私は綿菓子の救い主になるのよ」
と無罪を主張しているとか。無理がありすぎるけど、本人は本気だそうで。
竜族の城の一室でオンル様がお茶を飲みながら私に教えてくれた。
「え、あの、それだと私はクラ様の策略で傷ついたのに、クラ様に癒やされるのですか? おかしくないですか?」
「本人曰く、バークに襲われて傷つくより傷は浅いからマシという、謎理論の説明をされました」
私は理解できず黙ってしまった。
「魔法に関しては天才ですが、それ以外は…………まあ、人族にも視野が狭く自己愛が強い者がいるでしょう? 自分が世界の中心だと思いこんでいる人が」
「は、はい」
「似たようなモノです。理解することは諦めてください。ところで話は変わりますが、バークは魔力が回復するまで仕事は休みにします。魔力がなければ書類にサインができませんから。体は問題ないので、明日には動き回るでしょうけど」
書類にサインする以外の仕事もあるのに、魔力不足を理由に休みにするオンル様。そんな遠回しな理由をつけずに、素直にバーク様を休ませればいいのに、とも思ってしまう。
そんな私の考えを読んだのかオンル様が不審そうな目を向ける。
「なにか?」
「いえ」
私はお茶を飲んだ。口に広がる独特な風味と清涼感。
「あと解呪ですが、もう少し落ち着いたらクラにさせます。クラはあなたのためなら何でもすると言ってますから。それに今度は厳重に守りを固めて変なことはさせませんから、安心してください」
ピクリと体が動く。
「どうしました?」
「解呪……しないといけませんか?」
「したくないのですか?」
私はそっとカップを置いた。
「解呪をして、猫になれなくなったら……バーク様が残念に思われるかと」
「まあ、それはあるかもしれませんね」
オンル様の忖度のない意見が突き刺さる。
「でしたら……やはり、解呪は……」
「ですが、あなたは? あなたは、それでいいのですか?」
「わた、し……?」
(私は……どうなのだろう。そこまで困っていないし、別にこのままでも……けど、バーク様が)
悩む私にオンル様が肩をすくめる。
「他人がどうこうではなく、あなたの意見を持つべきです。これは、あなたのことなのですから」
「わたしの……」
「解呪の決定権をバークに委ねる、というのであれば、それでもかまいません。ただ今の状態でバークに委ねて、あなたは心から納得しますか?」
「心、から……」
「もし、疑問や疑念があるなら、そこはバークに確認するべきだと思います」
私は視線を伏せた。ずっと心の奥底にあるドロッとした感情。わざと見ないようにしてきたけど……
「バーク様は私のことを思って解呪しようとしてくださっているのは分かります。ただ……」
「ただ?」
「それは建前で、本当は猫になれなくなったことを理由に私と離れようとしているのかも、とか考えてしまって……」
「はあっ?」
オンル様が見たこともないほど目を大きく開いた。呆れたような眼差しだったが、それもすぐにいつもの冷徹な目に戻る。
「っと、失礼。その素っ頓狂な思考はどこからきました?」
「だ、だって、バーク様は竜族の王ですよ? 私よりも美しくて身分がある方はいくらでもいます。わざわざ私を選ぶ理由が……その、私なんて猫になれるぐらいしか特徴がないですし、弱いですし、足を引っ張ってばかりで……」
オンル様が盛大にため息を吐いた。
「一つ、言っておきましょう。バークは自分の意見に関してはバカ正直です。感情を偽るなんて器用なことはできません。どこぞの元婚約者のように」
「っ!?」
ジスラン様の顔が浮かんだ私は息を呑んだ。
甘く偽りの言葉をかけられていた日々。もしかして、私は無意識にジスラン様とバーク様を重ねていた? 裏になにかあるのかも、この言葉も表向きなだけかも、と。
全身が冷えていく私を置いて、オンル様が淡々と話を続ける。
「バークが言った言葉は、その時の感情そのまま。紛れもない事実であり、嘘偽りのないバークの本心です」
いつもは冷静な紫の瞳に炎が宿る。
「その時に口から出たバークの言葉、感情を疑うのであれば、それは私が許しません」
私はグッと唇を噛んだ。あんなに私のことを想ってくれているバーク様を無意識でも疑っていたなんて……
自己嫌悪に陥る私をオンル様は待たない。
「それにバークがあなたのことを思って行動しても、見当違いのことをしていたら意味がありません。それとも、バークがあなたの意見をすべて察して動ける、と思っているのですか?」
「それは、思っていません」
猫語を変な方向に解釈することが多い時点で、察してもらうことは諦めた。
「なら、ちゃんと話し合い、バークの本心を聞いて、考えるべきです」
「それは聞きたい、のですが……どこか、怖くて……」
「本心を聞くのは怖いですよ。相手が大事であればあるほど。自分と意見が違ったら、否定されたら、拒否されたら、と悩みます。ですが、それを避けていたら、ますます離れてしまいます」
オンル様が思い出したように軽く笑う。
「相手が大事だからこそ、なにも言わずに対処しようとして失敗する。ここに来る途中で見たじゃないですか」
「あ、私が誘拐された時の……」
「そうです。あのギルドの二の舞いになりますよ」
あれはナビギルのメンバーがギルド長のゴメスさんのためを思い、相談せず勝手に動いた結果。余計に迷惑をかけていた。
もし、似たようなことになればバーク様に迷惑をかけてしまう。
「どうします?」
「……バーク様と話してみます」
「だ、そうですよ」
オンル様がドアの外へ声をかける。
「えっ!?」
驚く私の前でドアが少しだけ動いた。バーク様がドアの隙間から遠慮気味にこちらを覗く。
そこにソファーから立ち上がったオンル様がドアを大きく開けた。
「でかい図体でコソコソ鬱陶しいんですよ。ほら、さっさと入って毛玉と話してください」
バーク様と入れ替わるように出ていこうとするオンル様。それをバーク様が慌てて止める。
「ちょっ、ま、待ってくれ。ふ、二人っきりって……」
「媚薬は抜けているので問題ないでしょう? 二人で思う存分、話し合ってください」
オンル様がさっさと出ていく。そのまま呆然としていたバーク様は意を決したように振り返った。
ツカツカと歩き、あと一歩というところで床に両膝をついた。
「すまなかった!」
バーク様が床に額がつきそうなほど頭をさげる。いわゆる土下座。
「えっ!? なっ!? あ、頭をあげっ、いや、体を起こしてください!」
私はバーク様の体を起こそうとしたが岩のように動かない。
「あんな状況で無理やり吸って悪かった!」
思わぬ言葉に私は拍子抜けした声が出た。
「あの、気にしていませんが」
「そうなのか?」
私の声の軽さにバーク様が顔をあげる。
「はい」
「はぁぁぁ……良かった」
心底安心したような様子のバーク様に私は吹き出した。
「バーク様ってどこかズレているんですよね」
「いや、だって胸とか腹を触るのをあんなに嫌がっていただろ? それを突然あんなところで触るどころか吸ったからさ。ミーに嫌われたと、ずっとヒヤヒヤしてて」
『嘘偽りないバークの本心』
オンル様の言葉が浮かぶ。バーク様はいつも私と本音で向き合ってくれていた。ならば、私も。
「バーク様」
「なんだ?」
バーク様が私を見つめる。
「私、バーク様のことが好きです。ずっとお側にいたいと思っています。ですが……」
「です、が……?」
バーク様の低い声が耳に響いた。




