ついに吸われまして
目が丸くなった私とバーク様が同時に声を出す。
「綿菓子?」
「みゃんにゃー?」
クラ様が怒りに燃えた目でバーク様を睨む。
「この愛らしい子が! あんたのような汚らわしいヤツの側にいるなんて! 到底、我慢できない!」
「うにゃにゃむにゃ!」
(バーク様は汚くありません!)
否定する私にバーク様が乾いた笑顔になる。
「ミー。猫語だと何を言っているか分からないが、たぶんズレたことを言っていると思うぞ」
「にゃー?」
私は半分振り返り、首をかしげて見上げる。すると、クラ様が口元を押さえ、ヨロヨロとベッドから離れた。
「そ、そんな……猫になっても、こんなに愛らしいなんて……それなのに……なんで、女運最悪の厳つい盟主のところに!」
「オレのところに居たらいけねぇのかよ!」
「いけないわよ! こんなに可愛らしい子が! あんたに汚されると思うと!」
「ふにゃにゃんにゃ?」
(別に汚されていませんよ?)
二人が揃って私を見る。え? なぜ、二人とも殘念な子を見るような顔に?
気を取り直したクラ様がバーク様を睨んだ。
「とにかく! 私の綿菓子から離れなさい!」
「断る!」
「解呪しないわよ!」
「うっ!」
バーク様が言葉に詰まる。私はバーク様に飛びついて鼻チューをした。
ポンッ!
人の姿に戻った私は素早くシーツを体に巻きつけ、クラ様に訴えた。
「解呪はしなくていいです! それよりバーク様を自由にしてください!」
クラ様が感動したように全身を震わせて叫ぶ。
「私の綿菓子! 自分のことより、こんな厳つい男を優先するなんて、なんて健気で可愛らしいの! さすが私が一目惚れした逸材! 私のコレクションが具現化した姿!」
クラ様が両頬に手を添え、うっとりと微笑む。あの、それよりバーク様を解放してほしいのですが。
そこにバーク様が威嚇するように怒鳴った。
「ミーは、てめぇのじゃねぇ! 勝手なこと言うな!」
「しゃべるな、盟主! あんたが吐いた息で私の綿菓子が汚れる!」
「オレは汚物か!」
睨み合う二人の間に、なんとか入る。シーツが長くて動きにくいけど。
「お二人共、おやめください! 私は汚れていませんし、バーク様は汚くありません!」
「あー、やっぱりそう思っていたか……うん、わかってた。わかってはいたが……」
バーク様が手枷をつけたまま頭を抱えて俯く。一方のクラ様は何故か打ち震えており。
「なんて純粋で清らかなの!? やっぱり男だらけの盟主のところに置いとけないわ! 私が保護しないと!」
「それが目的か!」
「当然でしょ? 男だらけの城にいたら、いつ襲われて汚されるか」
「そんなことはオレがさせねぇ!」
「あんたが一番危険なのよ!」
再び始まる睨み合い。私は二人の間で両手を広げた。
「とにかく落ち着いてください! お二人とも、なにか誤解が……」
そこで私の体に巻きつけていたシーツが緩み、体から滑り落ちる。
「グハァ」
バーク様が前屈みにベッドに沈んだ。私は慌ててシーツで前だけを隠し、バーク様の肩に手をかける。
「バーク様! 大丈夫ですか!?」
大きな背中が小刻みに震える。
「……すまねぇ、ミー。もう、限界だ」
「限界?」
顔をあげたバーク様の目は今まで見たことがないほど猛り、飢えた猛獣のようで。身じろぎかけた私の体は黄金の瞳に捕らえられ、硬直した。
「やめなさい!」
クラ様が叫ぶが、それより早くバーク様は手枷で封じられた腕の中に私を閉じ込めた。そして、荒々しく私の唇を奪う。
ポンッ!
猫になった私をバーク様がベッドに押し倒した。仰向けになっている私のお腹にバーク様が顔を埋める。
「やわらけぇ! 背中の毛とは違う、この柔らかさ! ふわふわモフモフのうぶ毛! その奥にあるフニフニの皮膚! ほんのり香ばしい匂い! 最高すぎる!」
「うにゃ、んにゃあ!?」
(いま、吸いますか!?)
すかさずクラ様がバーク様を殴り、蹴る。
「離れなさい! この野獣が!」
しかし、これぐらいではバーク様はビクともしない。力では無理と悟ったクラ様が両手をかざす。
『我と契約すべし、すべての精霊に命ずる! この汚物を引き剥がせ!』
バーク様の体が部屋の端に吹っ飛んだ。体を激しく壁に叩きつけられたバーク様が床に倒れる。
「にゃにゃ!?」
(バーク様!?)
私は体を起こしてバーク様のところへ走った……が、その途中でクラ様に捕まった。
「あぁ、愛しの綿菓子! もう離さないわよ」
「ぶにゃにゃにゃん! にゃにゃみにゃうにゃん!」
(離してください! バーク様のところへ行かないと!)
「暴れないで。解呪してあげるから」
「うにゃんぶにゃん! にゃにゃ!」
(解呪なんていいです! バーク様!)
倒れたままピクリとも動かないバーク様。叩きつけられた壁はヒビが入り、衝撃の威力が分かる。
「にゃにゃー!」
(バーク様!)
どれだけ呼びかけても反応はない。クラ様の腕から抜け出せない私は大きく口を開けた。
ガブッ!
「いたっ!?」
私は思いっきりクラ様の手を噛み、力が緩んだところで床へ飛び降りた。
「にゃにゃ! にゃにゃ!」
(バーク様! バーク様!)
冷たい床にうつ伏せで倒れ、ピクリとも動かないバーク様。私は閉じられた長いまつ毛に顔をこすりつけた。しかし、反応はない。
「にゃんにゃん!」
(起きてください!)
頬を肉球でペチペチ叩いても反応はない。いつもなら喜んで起きるのに。
「にゃにゃぁー!」
(バークさまぁー!)
バーク様の顔に全身をこすりつけて泣く私に影がかかる。
「あぁ、もう。そんなに泣かないで。これじゃあ、私が悪者みたいじゃない」
「むにゃ?」
(悪者じゃないんですか?)
「……なんか、失礼なこと言わなかった?」
「にゃうにゃう」
私は慌てて首を横に振った。クラ様がバーク様の全身を見て肩をすくめる。
「手枷と足枷から魔力を吸い取っているのに無理をしたから気絶しただけよ。あと、あれだけ強力な媚薬を被っても襲わないように我慢して疲労したのね。体に怪我はほとんどないから。本当、無駄に頑丈だわ」
「みにゃん?」
(媚薬?)
「あら、媚薬も知らなかった? なら、そのまま知らなくていいわよ」
クラ様が床に膝をついてバーク様に片手を向ける。
『彼の者に自由を』
バーク様の手足についていた枷が輝き金粉となって弾けた。
「さ、これで満足かしら?」
「にゃ、にゃーにゃにゃー」
(あ、ありがとうございます)
そこに複数の足音が部屋になだれ込む。あっという間に使用人Aたちとオンル様がクラ様を囲んだ。
「やっと、ここまで来れました。魔法師シリクラ! 盟主監禁罪にて連行します!」
オンル様の言葉にクラ様が赤い目を少しだけ丸くする。
「なに? 私、悪者なの?」
キョトンとした顔は己が悪いことをしたとは微塵も思っていない顔で。
「は?」
全員が唖然とした。




