急展開になりまして
猫になった私はバーク様を探してクラ様の屋敷の中を走っていた。
そもそも、クラ様の屋敷があるテーブル・マウンテンは全体が防護魔法で守られており、侵入者はすぐに発見、排除される。屋敷に入れても、防護魔法の影響で会話から行動まで、すべてクラ様に筒抜け。
そんなところに侵入してもバーク様を捜索するなんて無理としか思えなかった。
でも、この防護魔法にも抜け穴はあるそうで。防護魔法は対象の魔力を通して行動を把握するため、魔力がない者の侵入には気づきにくく、行動も把握できないらしい。
そのことを利用して、魔力がない私は猫になりオンル様の懐に隠れてクラ様のテーブル・マウンテンへ。途中でオンル様から離れ、球体を庭中に撒いて屋敷の玄関の影に隠れた。
あとはタイミングをみてオンル様が球体を爆発させ、クラ様がそちらに気を取られている間に、開いたドアから猫の私は屋敷へ侵入。
静寂に包まれた薄暗い廊下。バーク様を探すけど、屋敷が広すぎてどこにいるか見当もつかない。
しかも、あちこちに飾られた人形が不気味さに拍車をかける。大きさや着ている服は違うが、全てふわふわな白金の髪に水色の目。
「うにゃにゃ!」
(ダメ、ダメ!)
弱気になりかけていた私は頭を振って自分を奮い立たせた。トテテテと足音をたてずにひた走る。そこに、廊下の先からオンル様の魔法の鳥が飛んできた。
オンル様がバーク様のサインが欲しいとクラ様に渡した書類。実は文書が見えなくなる魔法以外に、魔法の鳥が隠れていた。
その書類をバーク様が手にすると文書が浮き出ると同時に魔法の鳥の魔法も発動する。ただ、クラ様に気づかれてはいけないので、鳥はしばらくしてから現れるようになっていた。
その鳥が私の頭上を一周して誘導するように飛んでいく。
(この先にバーク様がいる! この鳥がクラ様に見つかる前にバーク様のところへ!)
私は粉雪を降らせながら飛ぶ鳥を必死に追った。バーク様は無事なのか。心配だけが募る。
どんどん暗くなっていく屋敷の奥。突き当たりにある大きな扉。その扉に吸い込まれるように鳥が消えた。
私は目の前にそびえる扉を見上げる。どうすれば開けられるか。
「んにゃ!」
とりあえず私はドアノブに飛びついた。体がぷらーんと宙に浮く。私の体重でガチャリとドアノブが下がり扉が動いた。
「にゃ!」
かすかに開いたドアの隙間をすり抜ける。
天井のライトがほんのりと部屋を照らす。窓はなく木の壁に備え付けられた棚に並ぶ本と薬品。あとは、本が積み上げられた机と椅子。そして、ここにも白金の髪に水色の目をした人形が……
人形からの視線と鼻を突く薬品と薬草の臭いを我慢しながら部屋の奥へと進む。すると、大きなベッドが見えた。白いシーツが敷かれ、周囲には本が落ちている。
そして、ベッドに鎖で繋がれた状態で座ったバーク様が。
手枷をはめられ、鎖で頭上に釣り上げられた両手。脱力したように前屈みになり俯いていた顔。足首にも足枷があり、ベッドの足台に鎖で固定されている。
「にゃにゃ!」
(バーク様!)
私は床を蹴りベッドに飛びのった。ベッドの上を跳ねてバーク様に駆け寄りながら口に入れていた飴を噛み砕く。これでオンル様にここにバーク様がいると伝わるらしい。
「…………ミー?」
弱々しい声とともにバーク様の顔が動く。汗でしっとりと濡れた紫黒の髪。焦点が合わない黄金の瞳。褐色の肌に高揚した頬。少しあがった息。
しかも、服の前側が破られ、その隙間から見える鎖骨が! ちら見えする胸と腹の筋肉が! 褐色の肌と筋肉に流れる汗が!
色気の暴力! 全身から放たれる色香! すべてを平伏させる艶めかしさ!
「に、にゃにゃ?」
(バ、バーク様?)
バーク様が絞りだすように忠告する。
「く、くるな、ミー……いま、くると……ウッ」
掠れた声が艶っぽく、全身がゾワリとする。
「にゃにゃ!? みゃにゃにゃん!?」
(バーク様!? どうされたのですか!?)
太い眉を歪め苦顔するバーク様。思わず駆け寄ると顔をそらされた。
「にゃにゃ?」
(バーク様?)
私はバーク様の太ももに前足をかける。それだけでバーク様の体がビクリと跳ねた。驚いた私は慌てて前足を引っ込める。
「ふにゃぁん……」
(すみません……)
「いや、ミーは悪くないんだ。ただ、体が……クソッ」
バーク様が口の端を噛んで俯く。明らかに普通ではない。
(なに!? バーク様になにが起きているの!?)
そこに近づいてくる足音。
私は慌ててバーク様の背中にあるクッションの隙間に体をねじ込んだ。
カッカッカッという強い足音に苛立ち混じりの声が響く。
「まったく。あいつら私の薬草園になんてことするのよ。嫌がらせにもならない、レベルが低いイタズラだけど」
クラ様が周囲を軽く見回す。
「他の魔力を感じたんだけど、さっきサインした書類についてた魔力の残りカスかしら」
一息おいてベッドが軋む音がする。覗き見ると、クラ様がベッドに片手をついて体ごとバーク様に迫っていた。
クラ様が切れ長の目を細めてバーク様に顔を寄せる。
「あら、いい感じに効いてるみたいね」
「……」
「解呪してほしければ、そのまま一晩我慢しなさい。明日には楽になるから」
(解呪!? やっぱりバーク様は解呪のために、こんな状況に)
「グッ……」
悔しそうな声。私のせいでバーク様が苦しんでいる。私の…………
気がついた時には私は飛び出していた。
「うにゃにゃん! ぶにゃんみゃん!」
(解呪しなくていいです! バーク様を自由にしてください!)
私の姿にクラ様が驚愕の表情になる。
「いつの間に!?」
「んにゃ! みにゃん!」
(クラ様! どうか!)
必死に訴える私をクラ様が黙って見つめる。赤い瞳が徐々に鋭くなり、私へ手を伸ばした。
「やめろ! ミーに触るな!」
バーク様が必死に手を動かすが鎖が暴れるのみ。焦るバーク様を嘲笑するようにクラ様が口角をあげる。
「魔力バカのあなたでも、その枷は外せないわよ。おとなしく見ていなさい」
その言葉にバーク様が吠えた。
「こぉぉぉぉのぉぉぉ!!」
バキ、バキバキバキッ! ドサッ。
手枷の鎖を留めている壁が剥がれ、バーク様の背後に落ちる。
「魔法で強化している壁を自力で!? なんて、バカ力なの!?」
バーク様が手枷を付けたまま両腕で私を囲い、クラ様を睨む。
「オレのことは好きにすればいい! だが、ミーには触るな!」
その言葉にクラ様の美しい顔が醜く歪む。ぷっくりとした艷やかな唇から怒鳴り声が響いた。
「あんたこそ、その穢らわしい手で触らないでよ! 私の綿菓子が汚れるわ!」
綿菓子? 誰が?
想定外すきる言葉に私とバーク様はポカンとしてしまった。




