雪が降りまして
その日の夕食はほとんど食べられなかった。そのことでバーク様がますます私を心配した。
「病気……というわけではないと思います。回復魔法にも反応がありませんし」
一通り私を診たオンル様が首をかしげる。回復魔法までかけてもらって、申し訳なさすぎて、ますます落ち込む。
バーク様が本気で悔しがり床を叩いた。
「オレが猫語を理解できれば!」
「みゃうぅぅ……」
(違うんです。バーク様はなにも悪くないんです。ただ、私が……って、そろそろ止めないと床から変な音がしてます!)
私は床を叩き続けるバーク様の腕に頭をこすりつけた。バーク様が顔をあげ、私の顔を撫でる。私の顔がすっぽりと収まる大きな手。
オンル様が肩をすくめて助言する。
「様子をみるしかありません。今日は休みましょう」
「わかった」
私を抱き上げたバーク様が寝室へと移動した。私の寝床はバーク様の寝室の暖炉の近く。寝心地が良いふわふわクッションが敷かれ、夜でも温かい。
最初の頃はバーク様が私を一緒にベッドで寝かせようとして、オンル様の「寝返りした時に潰すかもしれませんよ」で諦めた。
私は自分の寝床で丸くなる。でも、眠れない。昼間の光景が脳裏に焼きついて離れない。思い出したくないのに、勝手に思い出す。
バーク様の規則正しい寝息が聞こえ始めた頃、私はそっと立ち上がった。
音を立てずに窓際へ飛び乗る。閉じられたカーテンをくぐり窓の外を見た。夜の庭は暗く、曇った空は月も星も隠す。
ぼんやりと眺めていると、雪が降ってきた。黒一色だった世界があっという間に白くなる。
「そんなところにいると風邪をひくぞ」
「んにゃ!?」
寝ていると思っていたので本当に驚いた。バーク様が腰を屈め、私と同じ視線の高さで外を見る。
「家に、帰りたいか?」
「うにゃ……」
そういえば最初の頃は家に帰りたいと思っていた。でも、今は……あまり帰りたくないかも。
お父様は家と世間体のことを考えて婚約は解消しないだろう。でも、私はジスラン様に会いたくない……
身も心もだんだん俯き萎んでいく。
そんな私にバーク様が明るく声をかけた。
「それにしても、すごい雪だな。朝には積もってそうだ」
「にゃ?」
期待に目を輝かせるバーク様。普通は雪が積もると予定が狂うから、みんな雪を嫌うのに。
そんな私の視線に気づいたのか、独り言のように説明してくれた。
「オレが普段住んでいる場所はもっと南で、雪は滅多に降らない。だから、積もった雪を触ったこともない」
「ふにゃ」
「明日の朝が楽しみだな。さあ、体が冷える前に寝よう」
バーク様が私を抱き上げて寝床におろす。そのまま離れる手に私はしがみついた。
「ん? どうした?」
「みゃぁ……」
なんとなく一人になりたくない。同じ部屋だけど、なぜか寂しい。
バーク様が紫髪をかきながら困ったように唸る。
「うーん……仕方ない」
ひょいと私を抱き上げて一緒にベッドに入る。そして、バーク様の胸の上にのせられた。
鍛え上げられた胸はクッションよりも弾力があり、柔らかい。思わず肉球でふにふにしていると、下から声をかけられた。
「絶対、寝返りをしないから。潰さないからな」
私に言いながらも、半分ぐらいは自分に言い聞かせているような声。頭を撫でられ、私はバーク様の胸の上で丸くなった。
(重くないでしょうか……)
ドキドキしながら視線だけを向けると、ふわりと笑われた。いつもの強面顔からは想像できない、柔らかな表情。
「ミーは軽いな。羽根みたいだ」
私の胸がドキリと跳ねた。優しく見つめてくる黄金の瞳から逃げるように目を閉じる。
一定のリズムで撫でる大きな手。柔らかな胸。トクン、トクンと聞こえる心音。ゆっくりと上下する胸。
暖炉の側より温かい。
自然と力が抜け、眠気がやってくる。
「おやすみ、ミー」
「みゃ」
私は穏やかな眠りについた。
翌朝。
「雪だ! 本物だ!」
防寒具を着込み、足首まで積もった雪に触れて喜ぶバーク様の姿がありました。
庭で雪遊びをした私たちが屋敷に戻ると、呆れ顔のオンル様からタオルを渡された。
「雪と泥でぐしゃぐしゃじゃないですか。タオルで拭いてください」
「ああ。それにしても、雪って本当に冷たいんだな!」
「屋敷の外ではしないでくださいよ。大の大人が雪ではしゃぐなんて、恥ずかしい」
「楽しめる時はしっかり楽しむべきだろ。な? ミー」
「にゃう!」
タオルで体を拭きながら、急いで暖炉の前へ移動する。
「まったく。毛玉まで一緒に遊ばないでください。昨日の落ち込んだ姿はどこにいったのですか?」
文句を言いながらもオンル様が私の体を拭いてくれる。
だって、あそこまで盛大に遊ぶバーク様を見ていたら、悩んでいるのがバカバカしくなって。気がついたら私も雪に飛び込んでいた。
思いっきり動いたためか、気分はスッキリしてお腹も空いている。
「朝飯前のいい運動になったし、いいだろ?」
「それより、さっさと服を着替えてください。泥だらけですよ」
「へい、へい」
バーク様がバサッと上着を脱ぐ。そこには、しっかりと鍛えられ割れた筋肉が……
(えっ!? えぇっ!? しっかりした体だとは思っていたけど!?)
濡れた紫髪が絡みつく太い首。しっかりと浮き出た鎖骨、逆三角形の大きな肩。そこから伸びる引き締まった腕は太く、私が人だった時の太ももぐらいありそう。胸は筋肉で盛り上がり、その下の腹筋はしっかり六つに割れている。
褐色の肌と相まって、思わず見惚れてしまう。
ぼんやりとしていると、バーク様がズボンに手をかけた。私は慌てて背を向ける。
(これ以上はいけません!)
恥ずかしさで赤面する私。人だったら両手で顔を覆っていた。でも、今はそれができない。
「うにゃぁ〜んぅぅ……」
どうしようもなくて床で悶絶する。くねくねと体を動かし気分をそらす。そこに、バーク様が飛びついてきた。
「なんだ、その動き! すげぇ可愛い! もっと見せてくれ!」
床に膝をつき私に迫るバーク様。足も想像通り太く、足首はキュッと細い。ただ、その姿はパンツ一丁で……
(私には刺激が強すぎます!)
「フニャァァァア!」
「あ、おい! コラ! どこに行く!?」
逃げ出した私をバーク様が捕まえようとする。急遽始まった室内鬼ごっこ。
「待て! もう一回、見せてくれ!」
「うにゃぁぁん!」
(勘弁してくださぁい!)
無我夢中で逃げる私。
いつもなら、ここで即注意するオンル様が静かに見ている。その違和感に、パニックになっていた私は気づいていなかった。




