それぞれの思惑〜バーク視点〜オンル視点〜
※※バーク視点※※
油断したつもりはなかった。嫌な予感がして警戒していたし、念の為左手で手紙を書いた。
だが手紙を書かされた後、魔力を吸収する手枷と足枷を一瞬でつけられ、動きを封じられた。
何もできないままベッドに転がされ、上半身を半分起こした状態で両手を頭上で固定。背中には大きな枕。足は足枷と鎖で動きを制限。
監禁以外の何ものでもない状況。
それでも何とかできないかゴソゴソと藻掻くオレにクラが黒髪を揺らしながら近づく。
「いい眺めね」
「……目的はなんだ?」
睨むオレをあざ笑うようにクラが見下ろす。
「盟主が悪いのよ。あの子にうつつを抜かすから」
「別にうつつは抜かしてねぇ」
「でも、それもここまで」
「おい、話を聞け」
妖艶な笑みを浮かべながらクラが持っていた瓶の蓋を開ける。ガラスで出来た香水瓶。その中にある液体をオレの頭にかけた。
ムワッとキツい花のような香りが鼻を突く。
「これは……なんだ?」
「媚薬よ」
「な!?」
クラがベッドに手と膝をつき、オレに這い寄る。
「完成させといて良かったわ」
「クソっ!」
身の回りを男で固めていたため、こういう状況は久しい。手を動かすが、金属が擦れる音が虚しく響くのみ。
「解呪、してほしいんでしょ?」
その言葉にオレは動きを止めた。オレが耐えればミーの解呪ができる。その考えが頭にチラつき、どうしても動きが鈍る。
悩むオレの首にクラがナイフを突きつけた。そのままナイフをオレの鎖骨の間に滑らす。そして服の中にナイフの先を入れ、一気に下まで切り裂いた。
褐色の肌に鍛えられた胸筋と腹筋が現れる。
「さぁて、準備は整ったわ。あとは素材を持ってきたタイミングに合わせてするだけ。私が襲われている現場を見れば、あの子はあなたから離れるでしょう。可愛い子だけど、しっかり絶望してもらうわ。あぁ、ちゃんと解呪はしてあげるから安心して」
クスクスと笑いながらクラはオレから離れた。それから真顔になり天井を見上げる。
「誰か来たようね。この魔力は……白銀の髪のあいつかしら? 素材を持って来たにしては早すぎるし、別件ね」
白銀の髪という単語でオレはオンルが来たと予想できた。ミーならあの文字が左手で書いたことに気づくし、オンルならその意味に気づく。
独り言のように呟いていたクラがオレに視線を向けた。
「解呪してほしければ、そのまま大人しく待っていなさい。ま、その枷は外せないから何もできないでしょうけど」
クラが軽く手を振って部屋を出る。
判断が早いオンルのことだ。オレの状況確認に来たのだろう。このまま踏み込めばオレは救出される。
だが、それだと解呪がどうなるか。解呪は繊細な作業だから、クラを捕らえて無理やりやらせる、ということはできない。本人からの協力が必須だ。
(オレが、耐えれば……ミーは…………いや、それでは……)
頭がボーとする。考えがまとまらない。鼓動が早くなってきた。息があがって、喉が乾く。
「媚薬の、せい……か?」
オレは熱くなる体を必死に堪えた。
※※オンル視点※※
こんな面倒なことになるとは、完全に計算外だった。最近は周囲に男しか配置しておらず、気が緩んでいたのもある。
せめて魔法師の性別までは突き止めておくべきだった。
(いまさら後悔しても仕方ありません。今はできることをするだけです)
私はドアノッカーを軽く鳴らした。しばらくしてドアが開き、クラが顔を出す。整った顔立ちに合わせ、しっかりと施された化粧。
「どうしたの?」
「至急、バークのサインが必要な案件が発生しまして。バークと会わせてもらえませんか?」
「今は魔道具の開発中だから無理。明日まで待てないの?」
「緊急なので。会えないのであれば解呪の話はなかったことにしましょう。すぐにバークを解放してください」
クラが不機嫌な様子で眉間にシワが寄せる。
「そっちから早く解呪してほしいって無理を言ったのに、突然やめるなんて、どこまで勝手なの」
「それだけ重要な案件ですから。書類にサインがもらえないのであれば、解呪は諦めます」
「……サインがあればいいの?」
「そうですね。サインがあれば、なんとかなります」
無言でクラが手を出した。爪先までしっかりと磨き、手入れをしている手。化粧といい、毛玉とは正反対な印象。
私は首をかしげて訊ねた。
「なにか?」
「私がサインをもらってくるから書類を貸して」
この対応は予想範囲内。でも、渋っているように演技をして時間を稼がなくては。
「私が渡すのではダメですか?」
「開発中の魔道具を見られたくないの」
「こちらも重要な書類なので見られたくないのですが」
「なら隠匿の魔法をかけて、内容を私に見えないようにすればいいでしょう?」
「よろしいのですか?」
クラが肩をすくめる。
「他人の魔法を屋敷に入れたくないけど、開発を中断されるより良いわ」
「では、失礼して」
私は書類を取り出し、手をかざした。
『我が認める者にのみ、真の姿を晒せ』
書面がうねり白紙となる。私は二つの魔法をかけた書類をクラに渡した。
相手は魔法の専門家。隠してかけた魔法を見破られないように、さりげなく自然に。緊張する気持ちを隠し、無表情のまま平静を装う。
受け取ったクラが書類に視線を落し、無言で見つめる。
時間が長い。嫌な予感が頭を過ぎる。
焦った私はつい声を出していた。
「なにか気になることがありますか?」
「ここまで粗がない綺麗な魔法は珍しいと思って」
「そうですか」
私は顔に出さずに安堵した。視界の端で草が揺れる。ここまできたら、あとはバークのサインだけ。
「では、サインをお願いします」
「わかったわ。待ってて」
クラがさっさと屋敷に戻る。私は空を見上げて息を吐いた。
(あと一息)
しばらくしてクラが戻る。
「はい。これでいい?」
渡された書類の最後にはバークのサイン。しかし魔力は弱々しく、先程の字より歪んでいる。
「たしかにバークのサインですが……魔力が弱いですね。字も崩れていますし」
「魔道具の開発で魔力を使いながらサインしたからよ。さ、もういいでしょ。さっさと出ていって」
「そう、ですね」
私は手を後ろにまわし、小さく指をならした。
パン! パン! パ、パン! パン!
庭のいたる所から爆発音が響く。
「なに!?」
クラの意識が完全に庭へ移る。その隙に足元から屋敷の中へ一陣の風が入った。
視界の端で確認した私をクラが睨む。
「なにをしたの!?」
「なにもしていません」
「こんなこと、あなたたち以外に誰がするのよ!?」
「そう言われましても、知らないことは知りませんし。それに私がしたという証拠がありますか?」
クラが唇を噛む。
「あっそ! じゃあ、次は素材よ!」
捨て台詞とともにドアが激しく閉まる。私は屋敷を見上げた。
(あとは毛玉からの連絡待ちですね)
私は翼を広げ、空へ羽ばたいた。




