救出作戦となりまして
私の疑問にオンル様が頷く。
「あれはバークの字ではありません。ですが、サインに込められた魔力はバークのものでした」
「誰かがバーク様の手を動かして書いた、ということですか?」
「それだと魔力が込められません。魔力を込めるには本人が自分の意思で書く必要があります。ひとまず、この手紙について悩んでいても仕方ないので、先に解呪に必要な素材を集めましょう」
「今から集めに行くのですか?」
「はい。急いで集めないと間に合いませんから。ですが、この素材がある場所は危険ですので、あなたを連れてはいけません」
(やっぱり力がない私は足手まといにしか……)
「あの、私はここで待っています」
「いいえ。あなたを一人したとバークが知ったら怒るでしょう」
オンル様が魔法で風の鳥を出す。半透明で風と雪をまとっている小さな鳥。
『彼の者たちを呼び出せ』
粉雪を残して鳥が飛び立った。
鳥を見送ったオンル様が私に手紙を見せた。全体的に左上がりで、インクが乾く前に手が触れたのか、かすれている所がある。
「この素材は彼らに集めてもらいましょう」
「彼ら?」
「すぐに来ますよ」
言葉通り、使用人Aたちがすぐに飛んできた。目元にホクロがある使用人Aが一歩出てオンル様に声をかける。
「いかがされました?」
「明日の朝までに採取してきて欲しいものがあります」
「なんでしょうか?」
「幻草の花の朝露に、ドラゴンの爪に、フェニックスのトサカに、深海の魔石です」
オンル様の言葉に使用人Aたちがざわつく。滅多に表情を崩さない彼らが明らかに困惑している。
口元にホクロがある使用人Aが手を挙げた。
「すべてを明日の朝までは、さすがに難しいかと」
「城で暇している戦士を使っていいですよ」
戦士ってそんなに簡単に使えるものなの? と驚いていると、オンル様が私に説明をしてくれた。
「これでも私は軍の指揮権も持っていますので。これぐらいのことでしたら、自由に戦士を動かせます」
「オンル様もすごい方なのですね」
「一応、バークの参謀ですから」
そこに使用人Aが言葉を挟む。
「では、戦士を四小隊お借りします。ところで、バーク様はどちらに?」
「それが、少し面倒なことになっていまして」
オンル様が状況を説明する。いたたまれなくなった私は説明が終わると同時に頭をさけた。
「私の解呪のせいで、ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
私を使用人Aたちが囲む。全員、体格がよく背も高い。ギュッと体を縮めた私に、使用人Aたちは腰を屈めて視線を低くした。
「ミランダ殿のせいではありません。お気になさらないでください」
「そうです。バーク様が決めたことです」
「ご自分を責めてはいけません」
「どうか顔をあげてください」
「……ありがとうございます」
私を気遣う言葉が余計に心苦しい。もとは私が原因なのに。
私が頭をあげると糸のように目が細い使用人Aが首をかしげた。
「ですが、バーク様らしくないですね。解呪のためとはいえ、ミランダ殿から離れるなんて」
「そこです。あのバークが毛玉から離れるなんて、ありえないことなんです。しかも、あそこのテーブル・マウンテンから移動するためには、私が毛玉を抱える必要があります。バークが自分以外に毛玉を触らせる状況を作るなんて、普通では考えられません」
「そんな。バーク様でも、そこまでは……」
私の言葉を使用人Aたちが怒涛の勢いで否定する。
「ミランダ殿は知らないのです!」
「バーク様がどれだけ嫉妬の塊か!」
「こちらから触れようものなら、どうなるか!」
「そのため、こちらがどれだけ神経を使っているか!」
今にも泣き出しそうな声で嘆く使用人Aたち。
対応に困った私はオンル様が持っている手紙に視線を移した。
「ですが、手紙にも私のことをオンル様に任せると書い、て……書い、た…………」
私の脳裏にある考えが浮かんだ。
「あの、オンル様! もう一度、手紙を見せていただけませんか!?」
「どうぞ」
渡された手紙を手に取り少しだけ斜めにする。それから、字の上に私の左手をのせた。所々にあるインクがかすれた位置とバーク様の手の大きさを重ねて想像すると……
「もしかして……バーク様は左手で書かれたのでは? 左手だと、書いた字に自分の手が当たるので、字がかすれやすくなります。そして、書いた字に手が触れないように紙を斜めにして書くこともあります。それなら、文章が全体的に左上がりになります」
オンル様が紫の瞳を丸くする。
「そうでした。バークは左利き……まさか!? そうだとしたら……素材の採取は中止です!」
「「「「ハッ!」」」」
使用人Aたちが素早く横に整列する。一気に緊迫した雰囲気。
「どうしたのですか?」
「バークが左手でサインをする時は、その書類に疑問を持てという暗号なのです。まさか、本当に使用する状況になるとは思わず失念していました」
「つまり、この手紙の内容に疑問を持て、と?」
「推測になりますが、バークは見張られた状況でこの手紙を書かされたのかもしれません。下手なことは書けない。けど、そのことを知らせないといけない。だから、左手で書いた」
「見張られた状況……でも、右手で書けない状況だった可能性もありませんか?」
「それなら、そう一言伝えるか、ここに書くでしょう。バークは大抵のことなら自力でどうにかします。しかし、今回は解呪を盾に取られたのかもしれません」
オンル様の言葉が突き刺さる。
「私の解呪のせいで……」
「魔法師の目的は不明ですが、とりあえず乗り込んでバークの状態を確認しましょう。場合によっては解呪は中止にします」
「私の、せい……」
視線を伏せる私にオンル様がいつものように淡々と話す。
「潜入、鎮圧が得意な部隊を編成して突入させる作戦もありますが、あのバークを監禁できるだけの実力者です。どんな罠があるか……そもそも鎮圧しようとして、どう反撃してくるか。最悪、バークを盾にする可能性も……」
「そんな!?」
「しかも、屋敷があるテーブル・マウンテンはクラが全体に防護魔法をかけているので、侵入者はすぐに発見、排除されます。屋敷内に侵入できても、防護魔法の影響で会話から行動まで、すべて魔法師に筒抜けです」
「そこまで!?」
「はい。ですので、突入するのであれば短時間でバークの身の安全を確保しなければいけません」
オンル様が私を見据える。
「そこで、あなたの力が必要になります」
「わ、私ですか? ですが、私に力なんて……」
「いえ。これは、あなたにしか出来ないことです」
作戦を聞いた私は大きく頷いた。たしかに、私にしかできない。
「やります! やらせてください!」
「場合によっては危険になるかもしれませんが、よろしいですか?」
「はい! バーク様のためなら!」
意気込む私にオンル様がふわりと笑う。
「あなたを危険にさらしてバークは怒るでしょうが、私が責任をもちましょう。では、準備を」
オンル様と使用人Aたちが動き出す。
(バーク様が無事でありますように)
私は両手を握りしめて祈った。




