交渉となりまして
翌日。私はバーク様、オンル様とともに竜族の里の外れにあるテーブル・マウンテンに来ていた。
そこまで広くない土地に屋敷と小さな畑と池。畑はしっかりと管理されているけど、それ以外の場所は草が自由に生え散らかっている。
オンル様が屋敷のドアの前に立ち、ドアノッカーを軽く鳴らした。
少ししてドアが開き、女性が顔を出す。
高い位置で一つにまとめた長い黒髪。切れ長の赤い目に高い鼻。ぷっくりとした魅惑的な唇が映える褐色の肌。それは昨日、広場にいた美女だった。
思わぬ偶然に驚いていると、オンル様が要件を伝えた。
「解呪の相談の予約をした者です」
「入って」
「失礼します」
屋敷の中は薄暗く、個性的な飾りが並ぶ独特な雰囲気に薬草の香りが漂う。
周囲を警戒しながらバーク様がオンル様に小声で囁いた。
「女ってどういうことだ?」
「事前情報では性別が把握できなかったんです。昨夜、性別不明って説明したでしょう? 外で待っていますか?」
「……いや、行く」
「わかりました。できるだけフォローはしましょう」
前を向いたまま淡々と話すオンル様。しかし、バーク様は明らかにホッとした顔になった。これだけで二人の信頼関係が窺える。
応接室に通された私たちは勧められるままソファーに座った。向かいのソファーに腰をおろした美女が私に訊ねる。
「私のことはクラと呼んで。あなたは?」
「私はミ……」
「本名を知らないと解呪できないのか?」
バーク様が素早く私の言葉を遮る。しかし、クラ様は気にする様子なく答えた。
「別に。呼び名がないと不便と思っただけ。ところで、依頼の内容は呪いの解呪、でいいかしら?」
「あぁ」
私の代わりにバーク様が答える。というか、私が話す隙がない。どこかピリピリした空気。
「じゃあ、呪いを診てみるわ」
クラ様が首にかけていた水晶クラスターを外した。そのまま私にかざして水晶を覗き込……
「んぐっ!」
変な声とともにクラ様が水晶から顔を背ける。小さく肩を震わせながら私たちに背を向けた。しかも、褐色の肌の耳が少し赤いような。
少ししてクラ様は軽く咳払いをすると澄ました顔で私たちを見た。
「これは、なかなか面倒な呪いね。魔法を真似た出来損ないに様々な感情が混じって、拗れている」
クラ様はすました顔でバーク様に言った。
「厄介すぎて、そこら辺の魔法師では解呪できないわね」
「おまえなら出来るのか?」
「やるだけやってみるけど、拗れすぎて確実に解呪できるとは限らないわ。あと」
「あと、なんだ?」
迫りそうになるバーク様をオンル様が手で制する。バーク様は我に返り、クラ様と距離をとるようにソファーに座り直した。代わりにオンル様が質問する。
「なにか必要なものがありますか?」
「必要なもの、というより盟主に相談したいことがあるの。解呪はその結果次第、ね」
「相談内容は?」
「ここではちょっと言えないわ」
魅惑的な唇が綺麗な三日月になる。流し目を向けられたバーク様がグッと息を呑んだ。
その反応にクラ様が挑発的に微笑む。
「解呪、したいのでしょ? それとも私が怖いの? 盟主ともあろう方が」
無言で立ち上がったバーク様をオンル様が止めた。
「冷静に。毛玉が不安になります」
ハッとした顔になったバーク様が私を見下ろす。黄金の瞳に焦りで揺れている。
「バーク様」
「……わりぃ」
頭をかきながらバーク様がソファーに座った。オンル様がクラ様に訊ねる。
「なぜ、ここで相談内容を言えないのですか?」
「私がしている魔道具の開発に関わるから。開発に協力してもらえるなら、私も解呪に協力するってことよ」
悩むバーク様にクラ様が言葉を続ける。
「もちろん他の魔法師に解呪を依頼してもいいわよ。ただ、みんな断るでしょうけど」
「なぜ、そう言い切れるのです?」
「こんな複雑にこんがらかった呪いの解呪なんて、面倒すぎて誰もしたがらないわ。このレベルの呪いを解呪できる魔法師なら、魔法とか魔道具開発で稼いでいるからお金に困っていないでしょうし」
「つまり、相当なレベルの魔法師でないと解呪できない、ということですか?」
「そういうこと」
珍しくオンル様が顎に手を添えて悩む。空気が重い。私はそっとバーク様の袖を引っ張った。
「あの、私はこのままでも……」
「ミー」
バーク様が私の方を向き、両肩に手を置く。それだけなのに、クラ様からの視線が強くなったような……
「心配するな。必ず解呪する」
「ですが……」
「オレに任せておけ」
そう断言するとバーク様はクラ様に言った。
「条件を聞こう」
「さすが盟主。じゃあ、こっちの部屋で話しましょう。あなた達は少し待っていて」
「バーク!」
立ち上がろうとしたオンル様をバーク様が止める。
「オレになにかあったらミーを頼む」
「嫌ですよ、毛玉の面倒をみるなんて」
「そう言うなよ」
二人の会話を割くようにクラ様が軽く笑った。
「そんな今生の別れみたいなことを言わなくても大丈夫よ。私って、どれだけ信用がないのかしら。初対面なのに」
「…………そうだな。悪かった」
バーク様がクラ様とともに別の部屋へ移動する。オンル様と二人きり。なんとも言えない沈黙が続く。
なんとか会話を……と思うけど、なにも出てこない。これがバーク様だと不思議と話題が出てくるのに。
悩んでいると、オンル様から紙の切れ端を手渡された。驚きながらも、そっと手の中の紙を開く。
『この屋敷内は盗聴されている可能性があります。そのままの姿勢で、なにも話さないように』
その内容に私は思わず目が丸くなった。紙を握り込み、無言で顔をあげる。
そこにクラ様が戻ってきた。
「交渉は成立。解呪の準備をするわ」
「その前にバークはどこです?」
「魔道具開発の協力をしているわ。明日まで部屋にこもってもらうけど」
オンル様の片眉がピクリと動く。
「盟主の仕事に支障が出るのは困ります。本当にバークが自分の意思で協力しているのですか?」
「そうよ。これ、盟主からあなたへの手紙。解呪のために、ここに書いてあるモノを集めて、明日持ってきて」
クラ様が差し出した手紙をオンル様が受け取る。私は横から覗き込んだ。
所々すれた字で、自分は魔法具の開発のため動けない。代わりに解呪に必要な素材を採取してきてほしい。私のことはオンル様に任せる。という文章と最後にバーク様のサイン。
けど、これは…………
オンル様が頷く。
「確かにバークの魔力がこもったサインですね。素材を持って来る頃には、バークを解放してもらえます?」
「えぇ。その頃には終わっているから。素材を私の部屋まで持ってきて」
「あなたの部屋まで?」
訝しむオンル様にクラ様が微笑む。
「えぇ。ちょうど魔法具の仕上げをしていて出迎えができないかもしれないから。その時だけ、私の部屋までの罠を解除しておくわ」
「あれだけ開発中は見られたくないと言っていたのに?」
「仕上げ段階なら見られても問題ないの。重要なのは過程だから」
「分かりました。では、明日のこの時間にこの素材を持ってきます」
「じゃあ、お願いね」
こうして私たちはクラ様の屋敷を後にした。オンル様に声をかけようとするが視線だけで止められる。
私はオンル様に抱えられて別のテーブル・マウンテンまで移動した。
「ここまで来れば大丈夫でしょう。あそこのテーブル・マウンテンは全体に守護の魔法がかけられていますから、どんな小声の会話でもクラの耳に入っていたでしょう」
「そうだったのですね。あの、先程の手紙ですが……本当にバーク様が書かれたのでしょうか?」
あの手紙に書かれた文字。それはバーク様の字ではなかった。




