夜中の攻防戦〜バーク視点〜
ミーとの食い倒れデートはまずまず成功だったと思う。広場であれだけミーを見せつければ顔は覚えられただろうし、オレの魔力も染みつけた。
夕食を食べながら満足しているオレに、オンルが唐突に話を持ち出した。
「そういえば明日、毛玉の呪いを診てもらいに行こうと思いますが、よろしいですか?」
「は? いきなりだな」
「先方の予定が突然空いたそうで。あと、竜族で一番の魔法師ですが年齢、性別、外見すべてが不明で、姿を見ても口外しないことが解呪する条件になります」
「なんだ、そりゃ? それで里一番の魔法師なのか?」
オンルが肩をすくめる。
「魔法師は変わり者が多いですから。かなりの実力者で魔法の天才だそうです。どうします?」
「胡散臭いが、腕があるなら診てもらうが……」
チラリと隣を見ればミーが目を伏せている。角度のせいか、どこか影があるような……
ミーが慌てたように顔をあげる。
「わ、私はバーク様の予定がよければ、いつでも良いです」
「今は急ぎの仕事もありませんからね。では、明日の午前中に行きますから」
「はい……」
この場は解散となったが、オレはミーの横顔がなぜかひっかかった。
自室に戻ったオレは広いベッドに転がる。部屋も人族の王都の屋敷の部屋の倍は広い。そもそも、人族の廊下やドアの大きさだと翼や尻尾が壁や柱に当たるため竜族は暮らしにくい。
「結局、ギルドはちょうどいい建物がなくて竜族サイズで設計図を作って建て替えたしな。細かいところで不便なんだよな」
竜族と人族でさえこれだけの違いと不便がある。ましてやミーは言葉が通じない猫。不便だらけだろうし、解呪できるなら、早く解呪したほうがいいに決まってる。
…………けど。
悩んでいると控えめなノックの音がした。
「この気配は」
いつもなら、入れの一言で済ますが、オレは立ち上がってドアを開けた。そこには予想通りの人物が立っている。
「どうした? ミー」
「えっと……あの、その……」
寝間着姿のミーが頬を少し赤くして言いにくそうにモジモジする。それがまたいじらしくて抱きしめたい。
「とりあえず入るか? 廊下は寒いだろ」
「あ、はい。ありがとうございます」
「暖炉の前の椅子に座るか?」
「いえ、その、あの……」
「どうした?」
部屋に入ったミーが決心したように顔をあげた。暗闇の中、暖炉の灯りにほんのりと照らされた白金の髪が星のように煌めく。
「あの、一緒に寝てもいいですか?」
「一緒に? 猫になってか?」
「明日、この呪いが解呪できましたら……猫の姿になれるのも最後になりますから、その…………」
「でも、いいのか?」
「え?」
ミーが水色の瞳を丸くする。ガラス玉のように透き通りキラキラと輝く。舐めたくなるほど綺麗……じゃなくて。
「ミーは猫になるのは嫌じゃないのか?」
「い、嫌ではない、です」
「けど、不便なこととかあるだろ? 言葉も通じないし」
「たしかに言葉が通じなくて困ることもありますが、人に戻ろうと思えば戻れますし。それに……」
「それに?」
ミーが顔をそらして呟く。
「猫の姿でバーク様の側にいるのも、その、心地良いので」
(クッソ可愛い!!!!!)
オレは叫びそうになり、慌てて顔を背けた。
「そ、そうか。じゃあ、一緒に寝るか」
「ありがとうございます」
そう言ったミーの声はなんとなく元気がない……ように聞こえた。
「どうした? 気になることがあるのか?」
「い、いえ」
ポンッ!
ミーがオレの口を塞ぐように軽くキスをして猫になる。薄い寝間着の上にちょこんと座った猫のミー。
白金のふわっふわっな毛に小さな顔がオレを見上げる。そっと持ち上げると、軽くて温かい。
オレはミーの服を椅子にかけてベッドへ移動した。
「寒くないようにな」
「みゃー」
横になったオレの胸にミーが顎をのせる。ヒクヒクと動く鼻先に小さな口。オレが手を近づけると、ペタンと伏せる耳。
すべてが可愛く愛おしい。
ミーの頭から背中にかけてゆっくりと撫でる。指に絡みつく毛の感触を堪能していると、ミーが突然、立ち上がった。
「どうした?」
(オレ、変な撫で方をしたか? それとも、嫌なところを触ったか?)
内心慌てているオレの顔にミーが近づく。ふわりと膨らんだ胸の毛が目の前に。そこから、ちょこんと伸びる足。丸い足先。
まじまじと観察していると、ミーがエイッと勢いをつけてオレの顔に被さった。
「んぅ!?」
突然のことにオレは半分パニックになる。ミーはずっと胸と腹の毛を触ることだけは拒否していたし、そこを吸われることもずっと拒否していた。なのに。
(これは、もしかして……)
オレはミーを顔から剥がして体を起こした。
「もしかして、吸ってもいいのか?」
「みゃ、みゃあ……」
ベッドに座ったミーが恥ずかしそうに俯きながら返事をする。
「本当に、いいのか?」
「みゃう!」
目を閉じて必死に返事をする姿。しかも、プルプルと震えている。なんかイジメているような罪悪感が。でも、これはこれで可愛いくて癖に……
(いや、いや、いや)
ミーは良いって言ってるし、今やらないと猫吸いはもう二度と絶対にできない。オレの魔力が強すぎるせいで、普通の猫だと触るどころか、姿を見る前に逃げられる。
オレはもう一度、ミーを見た。耳を伏せ、尻尾を丸め、俯いたままジッと待っている。
(いや、もう無理だ。これ)
オレはミーの脇に手を入れた。ビクリと跳ねたミーの体を持ち上げる。そのままオレはギュッと抱きしめた。
「にゃ……にゃあ?」
肩からミーの声がする。
「ありがとうな。ミーのその気持ちだけで十分だ」
「にゃ、にゃあ! にゃあ!」
抗議の声とともにペシペシと肩を叩かれる。そのフニフニな肉球で叩かれてもご褒美なだけなんだが。
「本当にミーは可愛いなぁ。しかも、優しい」
「うにゃ?」
ミーの抗議の手が止まる。オレはミーをベッドにおろして、再び体を倒した。
「ほら、寝よう。あまり遅くなると、明日にひび……ぶわっ!?」
ミーが再びオレの顔の上に飛び乗る。しかも、今度は勢いと体重をつけて。
オレは慌てて体を起こした。
「い、息! 息ができねぇ!」
「みゃぁーう」
どこか満足気に鳴くミー。それはまるで、いたずらに成功した子どものようで。
「そっちが、その気なら……これなら、どうだ!」
枕を頭に被り、顔をうつ伏せにして寝る。しかし、ミーは枕の隙間から入り込み、オレの耳を舐めた。
「くすぐってぇ!」
思わず顔を横に向けたところでミーの顔面ダイレクトアタック!
「コラ! だから、息ができなっ! ぐわっ」
こうしてオレは猫の姿のミーが疲れて寝るまで格闘し続けたのだった。




