餌付けされまして
数日後。
私はバーク様と街を散策中。私の体調が良くなり、バーク様も一通りの仕事を終え、オンル様からの外出許可も出た。
バーク様が私の隣をゆっくりと歩く。
「でも、本当に大丈夫か? やっぱり抱いて歩くか?」
「だ、大丈夫です。自分で歩けますから」
猫ならまだしも、人の時は自分で歩かないと、どんな目で見られるか……
「でも、人の体が高地に慣れるまで一ヶ月ぐらいかかるからなぁ。走ったり、無理したりするなよ」
「はい。気をつけます」
「しんどくなったら言ってくれよ」
「は、はい……あの、今日はどちらに行かれるのですか?」
このままでは、ずっと心配されると思った私は無理やり話題を変えた。
「湖とか、変な岩山とかも案内したかったが、動きすぎてミーが倒れたらいけないからな。ミーの食欲も戻ったし里の食い倒れツアーにしようと思う」
「食い倒れ?」
「そう。里の旨い料理をいろいろ食べ歩きするんだ。あ、でも無理に食べなくていいからな。残りはオレが食べるから」
「はい。ありがとうございます」
満面の笑みを浮かべたバーク様が私の頭を撫でる。
「ミーにはオレの故郷の味を食べてほしかったからさ。よし、まずはこの屋台からだ。オヤジ、いつもの二個くれ」
「お、盟主じゃないか。帰ってきてたのか」
「おう。しばらくはいるから、なんかあったら言ってくれ」
店主が慣れた手つきで薄い生地に割いた肉と野菜を挟み、紙を巻いてバーク様に渡した。
「しばらくしたら、また下におりるのか?」
「そういうことだ。ありがとよ」
「忙しいな。ほら、嬢ちゃんの分」
「ありがとうございます」
私は受け取ろうと手を出したところで、紙が目の前から消えた。視線を移せばバーク様が私の分も持っている。
店主が目を丸くして吹き出すように笑った。
「ずいぶん大事にしてるんだな」
「おうよ。あまりジロジロ見るなよ、減るから」
「嬢ちゃんは可愛いから、他の男どもが声をかけてきそうだもんな。また二人で来てくれよ」
「あぁ、またな。ミー、あっちで食べよう」
案内された先は広場の椅子。私たちは並んで腰をおろした。バーク様が巻いている紙を半分ほど切り取り、私に差し出す。
「このまま、かぶりついてみろ」
「は、はい」
私は言われるままパクッと食べた。生地の独特な風味と甘辛い肉の味。そこに野菜がシャキシャキとアクセントになる。
「美味しいです」
「だろ? ここは肉が多くて、野菜も新鮮で旨いんだ」
ただ、上手く食べないと生地から肉や野菜がこぼれてしまう。私は無言で食べることに集中した。
そんな私の前をいろんな竜族が歩く。髪の色は金色から赤や緑、青から黒まで様々。肌の色は褐色か白かその中間。翼の形はだいたい似ているけど、尻尾はそれぞれ特徴があり、細かったり太かったり、短かったり長かったり。
ただ共通しているのは、男女ともみんな体格が良い。適度に引き締まり、服の上からでも筋肉が分かる。
私は食べながら気になったことを訊ねた。
「そういえば、バーク様は翼と尻尾は出さないのですか?」
「ん? だって、邪魔だろ?」
「邪魔?」
「ミーとくっついて歩くのに」
「グフッ」
むせた私にバーク様が慌てる。
「詰まったのか!? みず、水! あ、飲み物を買うの忘れてた! ちょっと待っててくれ。買ってくる!」
「ん、んー」
大丈夫と言おうとしたけど、時すでに遅し。食べ終えていたバーク様はものすごい速さで別の屋台へ走った。
私はその様子を眺めながら、今のうちに、とせっせと食べる。そこに声がした。
「小さい動物が必死に食べているみたいで可愛いな」
「そうだな。いつまでも見ていられる」
顔をあげると青年二人組の竜族が私を見ていた。
「君、可愛いね。どこから来たの?」
「下から来たなら、案内するよ」
「ふぁ、はの……」
口の中がいっぱいで返事がうまくできない。そんな私に二人が近づく。
「返事は食べてからでいいよ」
「そうそう。見ているだけでも……」
そこで二人の言葉が止まった。不穏な空気が周囲を包み、ビターン、ビターン、と地面を叩く音が迫る。
「てめぇら。オレの連れだと知ってて声をかけたのか?」
小さく震えた二人が恐る恐る振り返る。そこには両手にコップを持ち、漆黒の翼を最大限にまで広げ、太い尻尾で地面を叩いているバーク様が。
青年二人組が悲鳴に近い声をあげる。
「め、盟主!?」
「いや、これは、その、あの……」
バーク様が大きく尻尾を振り上げた。
「その勇気に免じて、おまえらに仕事をやろう」
「「ひぇぇぇ……」」
それから、しばらくして――――――――
「ゆっくり食べたらいいぞ、ミー」
私は翼と尻尾を出したバーク様の膝の上でデザートのフルーツを食べていた。
最初はバーク様が私に食べさせようとしたので、それだけは断固拒否。こんな公衆の場であーん、なんて恥ずか死にます。
そこに走ってくる二つの影。
「揚げ菓子、買ってきました!」
「お茶、買ってきました!」
先程、私に声をかけた二人がお使いを終えて戦利品とお釣りをバーク様に差し出す。商品だけを受け取ったバーク様が言った。
「思ったより早かったな。その二つの店はいつも長蛇の列なのに。よし、じゃあこれでおまえたちは自由だ。釣りはやるから、好きなところへ行け。二度とミーを口説こうとするな」
「「はい!」」
二人組が速攻で消える。バーク様が鼻をフンと鳴らし、軽く翼を動かした。
「あ、あのバーク様。どうして翼と尻尾を?」
「ん? まあ、気にするな」
「……はぁ」
翼で私を包み、尻尾の先を私の足に巻きつけている。その中で餌付けされる私。この状況は公開辱めな気が……
「あ、あの、バーク様」
「どうした? あ、これはこの地方の茶葉を使った茶にハチミツとミルクをいれた甘い飲み物だ。この揚げ菓子と食べると旨いぞ」
「いえ、そうではなくて……」
「ほら、あーん」
「自分で食べられますから」
「いいから、あーん」
私の嘆きは流された。しかも私たちを見る通りすがりの方々の視線が生温かい。
恥ずかしさから俯いて食べきることに集中する。そこで、私は強い視線を感じて顔をあげた。
切れ長の赤い瞳を大きくして、こちらを見つめる美女が一人。
高い位置で一つにまとめた艷やかな漆黒の髪。高い鼻に、ぷっくりとした魅惑的な唇。しゅっとした細い顎に小さな顔。背が高く、豊満でしなやかな体。漆黒の大きな翼に短い尻尾。
羨ましくなる容姿に目を奪われていると、私の視線に気づいたのか美女は逃げるように去った。




