馬車でいろいろ話しまして
翌朝。
サラリと素肌に滑るシーツの感触。全身を包む柔らかくて、しっかりした弾力のある……
「キャ――――――――!!!!!」
素っ裸の私はバーク様に抱きしめられた状態で目を覚ました。
目前にあるバーク様の紫黒のまつ毛が揺れる。
(あ、ちょっ、腕に力を入れないでください。体が密着して、あの、その)
寝ぼけ眼のバーク様が私を見てふにゃりと笑った。
「おはよう、ミー。よく眠れたか?」
「は、はい」
「それなら良かった」
あまりにもいつも通りのバーク様。そして、うとうとと目を閉じながら私に軽くキスをした。
ポンッ!
「んにゃ!?」
猫になった私は呆然とバーク様を見つめた。何事もなかったかのようにスヤスヤと眠るバーク様。
もしかして、寝ている間に寝ぼけたバーク様が鼻チューをして人に戻ったのかも。
「ふにゃぁぁ……」
無駄に朝から疲れた気がした私はバーク様の胸の上で脱力した。それにしても気持ちよさそうなバーク様の寝顔。こういう時のバーク様を起こすには。
私は肉球でペシペシとバーク様の頬を猫パンチした。
「みゃうみゃう、にゃにゃ」
(朝ですよ、バーク様)
バーク様が目を閉じたまま私の前足を掴む。そのまま頬に当てて感触を堪能しながら微笑んだ。
幸せそうな顔に私もつい表情が緩んでしまう。
「朝からご褒美だな」
「むにゃう、にゃぅ……」
(叩かれて起きるのがご褒美なのは、ちょっと……)
そのまま私の前足を鼻へ移動する。
「うーん、朝一で嗅ぐミーの足の匂い。最高だな」
「ぷぎにゃぁぁぁぁ!!」
(変態発言禁止ですぅぅぅぅ!!)
「いってぇぇぇ!」
反射的に爪を出した私は悪くないと思います。
※
本日は予定通り馬車での移動。乗り合いではなくバーク様が所有している大型馬車のため、他に乗っているのはオンル様や使用人の方々。御者も使用人の一人がされていて有能すぎる。
整備された道をカタカタと走る馬車。私は流れる景色を眺めながら、隣に座るバーク様に訊ねた。
「そういえば、昨日はどうして私がいる場所があんなに早く分かったのですか?」
「あぁ、空から探した」
「空、ですか?」
「あぁ。もちろん地上からも探したけどな。空から探していると変な動きをしている馬車を見つけて後をつけたんだ」
竜族にとって空を飛ぶのは歩くことと同じぐらい普通らしい。バーク様たちは今も竜族の特徴である翼と尻尾を消しているため、そのことを失念してしまう。
そこに後ろの席に座っているオンル様が声を挟んだ。
「隠匿の魔法で姿を消して空から探したんですよ」
「隠匿の魔法?」
「簡単に説明すると透明になる魔法だ。人族は魔力検知が苦手だから。姿さえ見えなければ気づかれない」
バーク様の説明に私は納得した。
「それで、空を飛んでも騒ぎにならなかったのですね」
「そういうことだ。人族の中には異種族に偏見を持っているヤツもいるからな。余計な面倒事は起こさないためにも、人族の前では翼と尻尾は極力出さないようにしている」
オンル様がわざとらしくため息を吐いた。
「そういう割には毛玉を人族の前で猫にしましたよね」
「あ、あれは、その、一刻も早くミーを開放したかったから」
「正直に縄を解くのが面倒だったと言ったらどうです?」
「うっ」
言葉に詰まるバーク様。大勢の前でキスされたことを思い出した私は恥ずかしくなり、慌てて話を次に移した。
「ですが、その後のバーク様は凄かったですよね。私を右手に抱えたまま左手で戦って」
「あ、それはオレが左利きだからだ」
「え? ですが字は右手で書かれますよね?」
「右手でも不自由なく生活できるように仕込まれたからな」
私はふとバーク様の右手が浮かんだ。
「だから右手のほうが剣だこが大きいんですね。左手の倍以上、右手で剣の練習をされたから」
私の言葉にバーク様とオンル様がポカンとした顔になる。
「え……私、なにか変なこと言いました?」
「いえ。さすが毛玉です。よく見ていますね」
呆れたように微笑むオンル様。そして。
「さすがだ、ミー! そのことに気づいてくれるなんて!」
バーク様に抱きしめられた。真冬の時より少し薄手になった服はバーク様の筋肉の感触がよりハッキリと分かる。
いつもより余計に恥ずかしくなった私は慌てて別の話を探した。
「そ、そういえば、あの……わ、私、あまりギルドに詳しくないのですが、他の種族の方もギルドをされているのですか? 例えば、その……エルフの方とか、ドワーフの方とか」
オンル様が美麗な顔を少しだけ歪め、悩むように考える。
「それは、耳にしたことがないですね。そもそも、エルフはギルドを作らないでしょうし。他の種族も商売はしてますがギルドを作るかどうか。ギルドを作るより人族のギルドに入るほうが簡単ですし」
「どうして、エルフの方はギルドを作らないのですか?」
私の疑問にバーク様が不機嫌な顔になった。
「あいつらは自分たちの里から滅多に出ない。そして、自分たち以外を里に入れない。徹底して他種族との交流を避けている。つーか、会話が面倒なんだよ。本音をズバッと言わねぇから。その言葉の裏にある意味を読み取れって、じゃあなんのために会話しているんだ!? って話だ」
「えっと……つまり、どういうことでしょうか?」
いまいち分からない私にオンル様が追加説明をする。
「エルフは本音を隠して会話をします。例えば『仕事が丁寧ですね』とエルフから言われたら、仕事に時間かけすぎ、遅い、という意味になることがあります」
「え?」
「他にも『キレイな装飾ですね』と言われたら、派手すぎ、場所にあってない、という意味になることがあります」
「えぇ!?」
バーク様が大きく頷く。
「あいつら遠回しに言い過ぎで、訳わかんねぇんだよ」
「バークは言葉の裏の意味なんて考えませんからね」
「オレだけじゃねーだろ。そもそも竜族はストレートなんだ。とにかく、エルフは面倒だから関わりたくねえ」
「そ、そうなんですね。でも、どうしてエルフの方々はそこまでして交流を避けるのでしょう?」
「そこは分かりません。エルフなりの事情があるのかもしれませんし」
私はオンル様の答えに納得する。
「それぞれの事情があったりしますし。そう考えると、竜族の方々は社交的ですね」
「いや、竜族もエルフみたいに他種族と交流を避けてもよかったんだ。ただ、それよりも人族の動きが気になった。人族はほとんどが魔力を持たない弱い種族なのに、どんどん繁栄している。これは気をつけないといけない」
「どうしてですか?」
「繁栄するには、それだけ住む場所や食料のための土地が必要になる。そこから土地の奪い合いに発展する可能性もある。実際に良質な魔石採掘場を巡って人族とドワーフが一触即発の関係になった」
「それは、知りませんでした」
バーク様が真剣な表情で前を見据えて話す。
「竜族の里も人族の手が入るかもしれない。そうなる前に交流を持ち、いつでも交渉できる関係にしておきたかった」
「すごい、ですね」
オンル様が説明の補足をする。
「あとは人族の文化や貨幣価値を知るためですね。依頼料が適正ではない気がしていたので。案の定、今まではかなり安く依頼されていたことが分かりました」
「だから取り返したけどな。仕事をするなら相手のことを知っておく必要がある」
「そう、ですね」
いつもの雰囲気に戻ったバーク様に笑いかけられ、反射的に笑顔を作る。
昨日の一件でも思ったけど、バーク様は私が知らない世界を見て、未来を考えて動いている。私が知っているバーク様は小さい動物好きで、どこか抜けたところもある優しい方。でも――――――――
(竜族の王で……私とは住む世界が違う)
隣にいるのに。手を伸ばせば触れられるのに、バーク様は遥か遠くを見ていて。私は見ることさえできない。
(私はバーク様の側にいても良いのかしら……力もないし、強くもない。足手まといにしかならないのに……)
それはドロリと鉛のように私の心の底に流れた。




