夜の帷が落ちまして
すぐにゴメスさんが真剣な顔になる。
「いや、それだと他のギルドにも示しがつかない。受け取ってくれ」
「そうは言っても、オレが倒した連中は怪我でしばらく使い物にならないだろ? 仕事ができないメンバーをかかえてギルドを維持するには、その金が必要じゃないか? もし、あんたらのギルドが潰れたら、あんたらが統一している他のギルドまで混乱して、国にまで影響が出る。そこまでの事態は避けたい」
一拍の間を置いてゴメスさんが盛大に笑った。
「ハッハッハッ! そこまで考えているとはな。なら、これは借りにしておいてくれ」
「あぁ」
「この先見の眼と懐の深さは見習えよ、ディーン」
「グッ」
ディーンが悔しそうに顔を背ける。そんな態度を怒るわけでもなくゴメスさんが肩をすくめた。
「こんな騒動を起こす前に一言オレに相談すれば良いのによ。ギルドの面子とか余計な気を回しやがって」
「それだけ、ギルドのことが大事なんだろ。そして、大事なモノを守るために勝手に動く」
「その結果、ロクなことにならない」
「そうだな」
私を抱えたままバーク様が立ち上がる。合わせてオンル様も動いた。
「じゃあ、オレのギルド『小さな猫』をよろしくな」
「おう。ほしい情報や困ったことがあればナビギルに来な。優先的に対応してやる」
こうしてバーク様は穏便? に応接室から立ち去ろうとして、ふと足を止めた。
振り返った先には傷が痛むのか顔を押さえて苦顔するディーン。バーク様が私の目を手で隠した。
「うにゃ?」
「ちょっと、このまま待ってくれな」
なにも見えないけど、バーク様から冷気が出ているような寒気を感じる。
バーク様がグリグリと踏みつけるような重い声で言った。
「ディーン、とか言ったな。今回はこれで終わりにしてやるが、今後一切おまえらギルドメンバーはミーの前に顔を出すなよ」
「は!? そんな無茶振りにも程があるだろ!」
「無茶とか関係ねぇ。おまえら、ミーにどれだけ怖い思いをさせたと思っている? おまえらの顔は覚えたからな。次にミーの前に現れたら、問答無用でその顔を潰す」
頷く以外の返事を許さない圧。なにか、すごい勢いで頭を振っている気配が。
そこにゴメスさんの豪快な声がした。
「そこはこいつらの自業自得だ。もし街でお嬢ちゃんと顔を合わすことがあったら、盛大にやってくれ」
「んにゃ! にゃにゃむにゃ!」
(いえ! そこまでしないでください!)
「おー、そうか。ミーも賛成か」
「んにゃんにゃー!」
(違いますぅー!)
こうして、私はバーク様に手で目隠しをされたまま誤解と叫び声を残してナビギルを後にした。
※
この騒ぎにより気がつけば夕方。夜間の移動は危険なため、この街の宿に泊まることに。しかもバーク様が私を心配して警備が厳重な高級宿へ。
そのため部屋は申し訳ないほど豪華。でも、今は夜の闇に染まって何も見えない。しかも、一人で過ごすには広すぎる。
私は柔らかすぎるベッドから出て窓の外を見た。夜空にぽっかり浮かぶ月。雲一つなく明日の天気も良さそう。
カタ……
廊下から聞こえた音に肩が跳ねる。ここは角部屋で来る人はいない……はずなのに。
昼間のこともあり、怖いといえば怖い。でも、このままベッドに入っても気になって眠れそうにない。
私はショールを肩にかけ、そっと覗くようにドアを開けた。
「うおっ」
「バーク様!?」
そこには壁に背をつけ、腕を組んで立っているバーク様。
「ど、どうされたのですか?」
「あ、いや、その……」
「お部屋で休まれないのですか?」
「その、あー……」
「もしかして、バーク様も眠れないのですか?」
私の言葉にバーク様が慌てて頷く。
「そ、そう、そう! 眠れなくってな。ちょっと散歩していたんだ」
「散歩で私の部屋の前に?」
「ま、まあ、そういうことだ」
バーク様が困ったように笑いながら頭をかく。
「まだ夜は冷えますし、よければ部屋の中へどうぞ」
「いや、あ……うん。じゃあ」
バーク様が部屋に入る。窓からの月明かりでほんのり照らされているだけで薄暗く、暖炉の火はかすかに灯る程度。
「だいぶん南に来ましたが、夜は冷えますね」
「そうだな。ミーは慣れない旅で体が疲れているだろ。昼のことで眠れないかもしれないが、ベッドで体を休ませたほうがいい」
「ですが……」
「いいから。寝ろ、寝ろ」
私はバーク様に押されるようにベッドに入った。戸惑う私の頭をバーク様がゆっくり撫でる。無骨で温かくて落ち着く手。
ウトウトと目を細めていると、バーク様が申し訳無さそうに言った。
「……オレのせいで怖い思いをさせて悪かったな」
「バーク様のせいではありませんよ」
「いや、今回はオレの仕事の不手際が原因だ」
「え?」
バーク様が私から手を離し、悔しそうに視線を伏せる。
「王という七光りだけのオレの新米ギルドがやってきて、挨拶も相談も無しに勝手に仕事を始めようとしたんだ。ナビギルの連中から見れば、長年かけて築き上げた他のギルドや客との関係を、七光りの新米ギルドがかき回して壊されるかもしれないという、焦りと怒りが出てきてもおかしくない」
「バーク様……」
「そこまで調べきれていなかったオレの落ち度だ。その結果、ミーに怖い思いをさせてしまった。本当にすまない」
私は体を起こして訴えた。
「私なら大丈夫です! バーク様が助けに来てくれると信じていましたから!」
バーク様が黄金の瞳を満月のように丸くした後、ギュッと私を抱きしめた。
「……オレを信じてくれて、ありがとう」
消え入りそうなバーク様の声。このままバーク様まで消えそうな恐怖を感じた私は慌てて話題を変えた。
「あ、あの、バーク様の王都でのお仕事はギルドの創設だったんですね」
って、微妙に話題が変わっていない! 焦る私を気にすることなくバーク様が説明する。
「あぁ。だが、最初から創設が決まっていた訳じゃないぞ。ギルドの需要があるか、運営できるのか、王たちと話し合いを重ねて、やっとギルドを創設すると決めた。今はギルドの本拠地となる物件の改装を終えて一段落ついたところだ」
「大変だったのですね」
代筆や偽造書類がないかの確認はしていたが、仕事内容については深く触れていなかった。まさか、こんな大変なことになっていたなんて。
「まあ、今までサボっていたツケだな」
「ツケ?」
「もともとレア素材の採取や護衛の依頼はあったんだ。だが、竜族の里に依頼がきてから適任者を探し、手配し、依頼を実行する、と時間がかかっていた。それで、この国の王からもっと短時間で依頼が通せるようにギルドを作ってくれ、と言われてな。最初は面倒だったが、でも」
バーク様が腕を緩めて、ふわりと笑う。
「そのおかげでミーに会えた」
私は思わず布団を引き寄せて顔を隠した。
「は、恥ずかしいです」
「なんでだ? 事実だぞ」
「そういうところがです」
バーク様は表現が直球すぎて、心がくすぐったくなる。しかも、トドメまでさしてくることも……
「ほら、顔を隠すな。苦しくなるぞ」
容赦なく私の顔から布団を取る。
(こういうところです!)
私は半分涙目になりながらバーク様を睨んだ。バーク様が困惑して焦る。
「ど、どうした!?」
「なんでもありません!」
「そ、そうか? なら、いいんだが」
バーク様がホッとする。太い眉に鋭い目つき、通った鼻筋にまっすぐな口。夜に溶けそうな褐色の肌に、筋肉質で立派な体。イケメンなのに強面の顔立ちで、一見すると怖そうで。だけど、実はとても優しくて。
その優しさについ甘えてしまう。
私はそっとバーク様の手を握った。広くて寂しいだけの部屋が居心地のよい温かな部屋になる。
バーク様が空いている手で私の頬に触れた。その温もりが気持ちよくて、目を細める。
「あの……一つ、お願いしてもいいですか?」
「ミーがお願い!? 珍しいな。なんでも言ってみろ」
バーク様が破顔しながら頷く。なぜ、そんなに嬉しそうなのか……
「えっと……あの、一緒に寝て、もらえませんか?」
「い、いい、い、一緒!? いいのか?」
「バーク様がお嫌でなければ」
「オ、オレは、いいぞ。うん」
「よかった。では、失礼しますね」
私は体を起こしてバーク様に軽くキスをした。
ポンッ!
「え?」
ぽかんとするバーク様。猫になった私は抜け殻になった服をくわえて端に寄せると、前足でポンポンとベッドを叩いた。
「にゃんにゃん」
(さあ、バーク様。どうぞ)
「あ、猫になって一緒に寝る、か」
「んにゃ?」
バーク様がなぜか落胆している。私が首をかしげると、慌てたようにベッドに入ってきた。
「なんでもない。一緒に寝るのは久しぶりだな。ほら、こい」
バーク様が布団をあげる。私はバーク様の胸に潜り込んだ。ベッドより程よい硬さと弾力。少し早い鼓動。それから、ゆっくりと優しく私を撫でるバーク様の手。
呪いを解呪したら、こんなことも出来なくなる。だから、今だけ。
複雑な気持ちを抱えた私にバーク様が語りかける。
「竜族の里の周りは自然が多いんだ。岩が多いが水がキレイで滝も多い。いろんなところを案内したいな」
「みゃー」
バーク様の嬉しそうな声。その声を聞きながら私はいつの間にか眠りについていた。




