事情を話しまして
案内された先は簡素な応接室だった。部屋は広くなくローテーブルと三人がけのソファーが向かい合って置かれているだけ。
「まぁ、座ってくれ。ディーン、おまえも座れ」
そう言ったゴメスさんは奥の壁にもたれかかるように立った。位置的には二つのソファーの中間。
バーク様は私を抱いたままソファーに座り、オンル様が背後に立つ。そして、反対側には痛みに顔を歪めながらディーンが座った。
ボサッとした茶色の髪に少し垂れた茶色の瞳。普通の顔立ちだのはずだが、今はバーク様に殴られたところが徐々に腫れてきている。あと、筋肉はついているけど細身。ホールにいた男たちと比べたら。
そのディーンが無言でバーク様を睨む。しかし、バーク様はそよ風のごとく気にしている様子はない。
敵意を隠さないディーンの態度をゴメスさんが注意する。
「そんな顔をしていたら話が出来ないだろ。出ていくか?」
「っ、すんません」
しゅん、となったディーンが素直に頭をさげた。本当に親みたい。
バーク様がディーンに訊ねた。
「そんなことより、なんでミーを拐った? ミーは今日、初めてこの街に来て買い物をしていただけだろ」
「それは……あんたらのギルドのせいだ」
(ギルド?)
私は腕の中からバーク様を見上げた。
「オレがギルドを作ったって知っているのか。だが、作った場所は王都で、この街じゃないぞ。なのに、関係あるのか?」
「あんた、素人か?」
挑発するようなディーンの言い方にバーク様が素直に頷く。
「ギルド作りの素人かと聞かれたら、素人だと答える」
「チッ。なら、教えてやる。この街はギルドの情報が集まる。新しいギルドを作る時は、まず俺たちのギルド、ナビギルにお伺いをたてるのが常識だ」
「ギルドを作る時に王はそんなルールがあるなんて言ってなかったぞ」
そこでオンル様が話に入った。
「常識だそうなので、正式なものではなく地元ルールのようなものでしょう」
「それなら知らねぇか。で、なんでこのギルドにお伺いをたてないといけないんだ?」
「俺たちのギルド、ナビギルは古株でな。だからこそ、いろんなギルドの情報を知っている。新参ギルドが古参ギルドの仕事を奪わないようにしたり、揉め事の仲裁をしたりする」
「つまり、ギルドの調整役か」
バーク様が私を撫でながら頷く。真面目な話をしているのに、ホッとしたからか気持ち良すぎて、さっきまでの恐怖心も溶けて……
「そうだ。なのに、おまえのギルドは挨拶どころか顔さえ出しやがらねぇ」
「そんなルールがあるなんて、知らなかったからな」
「開き直るな。だから、おまえのとこのメンバーを拐って忠告しようとしたんだよ。でないと、他のギルドからもナメられるからな」
(あ、忠告に使うから私のことを商品って)
瞬間、部屋の温度が急激に下がった。バーク様が私をなでていた手を止める。
「そんなことのためにミーを拐ったのか?」
「そ、そんなことって、大事なことだろ!」
「その程度でナメられるなら、このギルドはその程度だったってことだ。そんなことも分からねぇのか」
バーク様の迫力に押されてディーンが黙る。そこにオンル様がトドメをさした。
「調整役というのも、おかしなものですね。古参ギルドなら、専属の客がついているもの。それを新参ギルドが奪うということは、それだけ新参ギルドが有能で客が流れているだけ。古参だからと守っていては、それに甘えて衰退しますよ」
「なっ」
「それに私たちのギルドは、あなた方のギルドと仕事内容が重なることもありません。つまり、古参ギルドの仕事を奪うこともない」
「ぜ、絶対に仕事が被らないと言えるのか!」
オンル様が冷ややかに質問した。
「では、ドラゴンの鱗の採取依頼を受けられるギルドはありますか? フェニックスの羽根の採取でもいいですよ」
「あ、ある」
「ほう? そのギルドは二十日以内に必ず採取してきますか?」
「そんなの無理に決まっている! 二十日以内にドラゴンの鱗やフェニックスの羽根を確実に見つけるなど」
「私は採取と言ったのですよ。見つけるではありません」
その言葉の違いにディーンが気づく。
「まさか、ドラゴンから直接、奪うのか?」
「そうです。それだけの戦闘力があるギルドはありますか?」
「そんなギルドあるわけないだろ!」
「オレのギルドなら出来るぞ」
「で、でたらめを……」
どうにか言葉を絞り出したディーンにバーク様が説明する。
「オレのギルドは少数精鋭で、普通のギルドが出来ない依頼を受ける。というか、そういうギルドを作ってくれと頼まれた」
「頼まれただと!? 誰に!?」
「この国の王だ」
ディーンがぽかんとした顔でバーク様を見つめる。
「あとは王族が諸外国に行く時の護衛ぐらいだ。どうだ? どこかのギルドの仕事を奪いそうか?」
「あ、いや……それは……」
しどろもどろになったディーンにゴメスさんが口を挟む。
「おまえはそこまでにしとけ」
「お、親父は知ってたのか!?」
「おい、おい。ちゃんと言っただろ。あのギルドには国がついている、下手な手出しはするなって」
「ここまで細かくは聞いてない! それに、国がついていようが、ギルドはギルドだ! ギルドとしての筋を通すべきだ!」
ゴメスさんが軽くため息を吐く。
「それでナビギルが潰れたら意味ないだろ」
「なんでナビギルが潰れるんだよ!?」
「おまえなぁ。いくらギルドをまとめているからって、国に勝てるわけないだろ。それとも国に喧嘩売って勝つつもりだったのか?」
「だから、これはギルドの話で国は関係ない!」
ゴメスさんが今度は盛大にため息を吐いた。
「何度も言っているが、もう少し視野を広く持て。相手は国が作ったギルドだ。そのギルドに喧嘩を売るということは、国に喧嘩を売っていることと同じこと。国に睨まれたらどうなるか、分かるだろ?」
「うっ」
「それに忠告するために拐うなら、お嬢ちゃんじゃなくてギルドのトップを拐え。弱いモノに手を出すのは卑怯者がすることだ。それとも、ナビギルは筋も通さねぇ卑怯者の集まりか?」
「ッ!?」
ディーンがハッとしたように息を呑む。ゴメスさんがバーク様を見据えてローテーブルにドン、と布袋を置いた。
「これは今回の迷惑料だ。金でお嬢ちゃんがした怖い思いが消えるわけじゃないが、これもケジメだ。受け取ってくれ」
「んにゃにゃ!」
私は慌てて首を横に振った。たしかに怖い思いはしたけれど、お金がほしいわけではない。むしろ、ちゃんと……
「今回はオレたちの騒動に巻き込んで悪かった! すまねぇ!」
謝られました。
ディーンがローテーブルに両手をつき、頭をさげたまま動かない。
(ひとまずは一件落着、でしょうか?)
私はバーク様を見上げた。
「ミーはこれでいいか?」
「んにゃ。にゃにゃんみゃ」
(いいです。お金はいりませんけど)
「そうか。じゃあ」
バーク様が布袋をゴメスさんの方へ滑らす。
「ギルドを作った時に挨拶をしなかったからな。それをこれで帳消しにして、挨拶したことにしてくれ」
バーク様の行動にゴメスさんとディーンが目を丸くした。




