救出されまして
いきなり暴れだした私に担いでいる男が苛立たし気に呟く。
「おい、暴れるな」
静寂と緊張に包まれた部屋では、呟き声でもよく響いた。
「そこか」
袋の外の様子は分からないけど、バーク様の視線を感じた気がする。そこで、私を担いでいる男が走り出した。
バーク様の怒鳴り声が追いかける。
「待ちやがれ!」
「行かせるか! 全員で押さえろ!」
そこからは野太い怒号と物が壊れる音。そして、叫び声。見えなくても修羅場となっているのは想像がついた。
私を担いでいる男がどう動くか迷っているようにウロウロする。そこに声がかかった。
「クソっ! そいつをこっちによこせ!」
「ディーン!? どうするつもりだ!?」
担がれたまま袋が開き、顔だけ袋から解放される。そこは広いホールだった。受付けのような場所で、カウンターと複数の机。壁には金額と依頼内容が書かれた張り紙が並び……
(もしかして、ギルド!? 薬草集めや魔獣狩りから護衛まで、様々な依頼をこなすギルドと言われる場所では!?)
その中でバーク様が屈強な男たちを相手に一人で暴れまわっている。次々と襲いかかってくる男たちを軽くかわし、剣や蹴りで相手を飛ばしていく。
その強さから、相手がどんなに多くても負ける様子は想像できない。
そんなことを考えていると、私の顔に剣が突きつけられた。
「動くな! こいつがどうなってもいいのか!?」
声に導かれバーク様が私を見つける。
「ミー!」
悲痛な叫びとともにバーク様の動きが止まった。そこに、背後から椅子を振りかざした男が迫る。
「んー!」
声が出せない私はどうにか抜け出そうと暴れた。このままだと、私のせいでバーク様が!
「ん、んー!」
「コラ! 暴れるな!」
剣の切っ先が鼻をかすめる。次の瞬間、私の頬を風が吹き抜けた。
「グハッ」
私に剣を突きつけていたディーンという男が吹っ飛ぶ。驚く私の前にバーク様の顔。
「すぐに解放してやるからな」
「んぅ!?」
バーク様が布を噛んでいる私の口に軽くキスする。
ポンッ!
猫になった私はあっさりと縛られていた紐と袋から抜け出した。すかさずバーク様が私を右手で掴み、抱きしめる。
「怪我はないか!?」
「みゃぁん、にゃにゃん!?」
(私は大丈夫ですが、バーク様は!?)
必死に訴えるが出る言葉は猫語。そして、猫語がバーク様に正確に伝わる確率は低い。
バーク様が私に頬を擦りつけた。
「そうか、怖かったか。助けるのが遅くなって、悪かったなぁ」
「うにゃーん! ふにゃにゃん」
(そうではなくて! いや、怖かったですけど)
「魔法か!? それとも獣人だったのか!?」
私を担いでいた男が驚愕の顔で私とバーク様を見る。バーク様は左手に持った剣をかまえ、ニヤリと笑った。
「さぁて、懺悔の時間だぞ。覚悟はいいな?」
「「「「「「ギャー!!!!!!」」」」」」
バーク様は右腕で私をしっかりと抱きしめたまま左手の剣で次々と男たちを転がしていく。
イケメンとはいえ強面。そこに圧倒的力の差でこの場にいる全員を捻じ伏せる姿は……悪者と間違われそう。
私はバーク様のぬくもりと安堵感から、思わずそんなことを考えてしまった。助けてもらったのに。
「これで終わりか」
バーク様以外に立つ者はおらず、うめき声が床にたまる。そこに二階へ続く階段から声がした。
「若いのに、かなりの手練れだな」
バーク様が無言で見上げる。
その視線の先には、白髪混じりのグレーの髪。鋭い目つきの灰色の瞳に、目元には深いシワ。意思が強そうな口に、落ち着いた雰囲気の壮年の男性が一人。
男性がホールを眺めながら階段をおりてきた。
「どうやら、うちの若いのが失礼をしたようだな」
「親父、それは……」
倒れていたディーンがなんとか体を起こす。そこに、他の男たちも顔をあげて訴えた。
「親父、俺たちは悪くねぇ」
「そうだ。元々はあっちが先に」
「俺たちは筋を通そうとしただけなんだ、親父!」
倒れている人たちのほとんどが男性のことを親父と呼ぶ。バーク様と様子を見ていると、男性が自己紹介をした。
「俺の名前はゴメス。このギルドのトップで、メンバーからは親父と呼ばれている」
「ずいぶんと慕われているようだな」
「このギルドのメンバーは自分の子どもみたいなものだからな。子どもの失態は親の責任。よければ、なにがあったか聞かせてもらえないか?」
バーク様が少し驚いたように訊ねる。
「オレの口からでいいのか? こいつらも何か言いたいようだが」
「同席してもいいのなら、こいつらからも話を聞くが……そこのお嬢ちゃんが嫌じゃないか?」
私は人扱いされたことに驚き、目を丸くした。
(もしかしたら、魔法で姿を変えたか獣人って思われたのかも。ギルドだから、魔法師や獣人との交流も慣れていそうだし)
そんなことを考えながら、私は首を横に振った。この人たちも何か事情があったようだし同席することに否はない。
「ミー、一緒に話を聞いてもいいのか?」
「みゃー」
私は返事とともに頷いた。バーク様がゴメス……さんに顔を向ける。
「じゃあ、同席は一人だけな。あとこっちも一人、同席させたい」
「一人と言わず何人でもいいぞ。外で待っているんだろ?」
バーク様はその問いには答えず、入口に声をかけた。
「オンル! 来てくれ!」
「やっと終わりましたか?」
白銀の髪をなびかせながらオンル様が颯爽と登場する。その美麗な容姿は、倒れている男たちが痛みを忘れて見惚れるほど。
無表情だったオンル様がバーク様の腕にいる私を見て、涼やかな紫の瞳を少しだけ緩めた。
「毛玉は無事でしたか」
「無事じゃねぇよ。縛られて担がれていたんだぞ。担いでいた男の腕を切り落としたいぐらいだ」
「はい、はい。で、私を呼んだ理由は?」
オンル様がゴメスさんと倒れている男たちに視線を向ける。バーク様が状況を簡単に説明した。
「わかりました。今回の誘拐に身代金目的以外の理由があるというのでしたら、話を聞きましょう」
「ここだと落ち着いて話せないからな。こっちに来てくれ。ディーン、おまえも来い。おまえら、ちゃんと片付けとけよ」
こうして私たちはホールの奥へと案内された。
…………私は猫のまま。




