節分・前編
「なんか、いつもと違うことねぇかなぁ」
バーク様が何気なくこぼした呟きが悲劇の始まりで。
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それは枯れ葉が舞う冬のある日。
いつも通り執務室で書類仕事をしていたバーク様がつまらなそうに窓の外を眺め、それをオンル様がたしなめた。
「よそ見をしていないで、さっさと書類の確認をしてサインをください」
「わかってるけどよぉ。こう、毎日同じことの繰り返しだと飽きてこないか? 竜族の里にいる時は各部族の集落をまわったり、狩りをしたり、いろいろ動いていたのに」
「もう少ししたら、この書類仕事も落ち着いて動けるようになります」
「今すぐ動きたいんだよぉ。なんか、いつもと違うことねぇかなぁ」
バーク様が駄々をこねる子どものように口をとがらせる。強面イケメンがすると、ここまで可愛らしさが消失するとは。
代筆の仕事をしていた私は手を止めて顔をあげた。
「そういえば東国には、この時期にセツブンという祭りがあるそうです」
「セツブン!? どんな祭りだ!?」
黄金の瞳を輝かせたバーク様が机を飛び越えそうな勢いで私を見つめる。
私は子どもの頃に読んだ絵本を思い出した。
「たしか……豆を投げて家の中にいる悪いモノを追い出して、幸福を家の中に招く、という話だったような……」
「豆を投げる? 豆ってそんな力があるのか?」
「その悪いモノは豆が苦手だそうです」
「そういうことか。でも、豆を投げるだけなら、なんかなぁ。もっと、こう盛り上がりがほしいな」
いつもなら私語を注意するオンル様が珍しく話題に入ってきた。
「聞いたことがありますね。たしかオニという悪いモノに仮装して、オニが子どもたちを追いかけまわし、子どもたちはオニに豆を投げて追い払うという」
「仮装か! それは面白そうだな」
「あとは豆を年の数だけ食べると、その年は無病息災で過ごせるとか」
「良い祭りじゃねぇか! よし、やろう!」
「え!?」
驚く私の前で、いつもなら止めるオンル様が軽く頷く。
「では、準備をしましょう。今日はさすがに無理なので、祭りをするのは明日になりますが」
「よっしゃ!」
「ただし、そこの書類仕事をすべて終わらせてください」
「おう! さっさと終わらせてやる!」
俄然やる気になったバーク様が書類にむかう。バーク様のやる気を出すために祭りをするとは、さすが策士のオンル様。
「では、私は準備をしてきますので」
感心しているとオンル様が早々に書類をまとめて立ち上がる。その時、私は見てしまった。オンル様の口角がニヤリとあがったところを。
オンル様が退室した後、なぜか私の体が小さく震えた。
※※
翌日。
夜遅くまで必死に仕事をしてどうにか終わらせたバーク様は朝からご機嫌だった。
「祭りだ! 祭り! オニってのは、どんな仮装だ?」
「あちらの部屋に準備しましたので着替えてください」
「よっしゃ! 着替えてくる!」
バーク様がルンルンと部屋に入る。なんとなく不安を感じている私にオンル様が木でできた箱を渡した。蓋はなく、中には豆が入っている。
「これがオニに投げる豆です。バーク以外には投げないようにしてください」
「は、はい。でも、よろしいのですか? バーク様に投げても……」
「そういう祭りですから。しっかり楽しまないとバークがガッカリしますよ」
そう言われたら投げないわけにはいかない。オンル様はこういうところを的確に突いてくる。
少ししてバーク様が入った部屋のドアが開いた。顔だけ出したバーク様がオンル様を睨む。あれ? なにか頭に付いている?
「おい、これ本当にオニの仮装か?」
「そうですよ。さっさと出てきてください」
バーク様がゆっくりと出てきた。その姿に私は思わず……
「キャ――――――――!」
叫び声とともに背をむけた。
「ほら! やっぱりおかしいだろ! ミーが怖がってるし!」
「い、いえ。怖くは、ないんです。怖くは」
私はソロリと振り返った。そこにはトラの顔が描かれたパンツ一丁に靴下を履いたバーク様。
頭には無数の……トゲ? ハリネズミのようなトゲが飛び出し、手には園芸用の大きなスコップ。
あとは紫黒髪がかかる太い首から鎖骨、厚い胸から割れた腹筋、立派な太ももから引き締まった足首まで、すべて丸見え。
隠れているのは大きく描かれたトラの顔のパンツと足首から先の靴下のみ。この格好でなぜ靴下を脱がなかったのか……
「やっぱり、コレなんか違うだろ!?」
「いえ。文献だとオニは頭に角があり、トラ柄のパンツを履き、金棒を持っているそうです」
「そもそも角って言ったらユニコーンみたいな一本角じゃないのか!?」
オンル様が呆れたようにため息を吐く。
「聖獣と同じ角をバークごときが付けるなんて、おこがましい」
「いや、つけてもいいだろ! それにスコップ! 金棒でさえない!」
「金属の棒がなかったので、近いものにしました」
「全然近くねぇ!」
(それより、パンツ一丁と靴下のことは言わないんですか?)
私は目のやり場に困りながら二人の会話を聞く。
「本当にこれがオニの仮装か!? なんでパンツ一丁なんだよ!?」
「さあ、私には分かりかねます」
「しれっと逃げるんじゃねぇ!」
「あ、屋敷からは出ないでくださいね。不審者として警備兵に通報されますから」
「そんな格好させるな!」
(着なければ良かっただけでは?)
出かかった言葉をグッと呑みこんだ私にオンル様が私の豆を指差す。
「では、豆まきを始めましょうか。試しに投げてみてください」
「で、ですが……」
躊躇う私にオンル様が良い笑顔で説明した。
「この祭りは豆を投げることで悪いモノを祓うそうです。もしかしたら呪いも祓えるかもしれませんよ」
「あ……」
こんな祭りで解呪できるとは思えないけど、微かな期待を持ってしまう。
そこにバーク様が覚悟を決めた声で言った。
「ミー、投げろ。これで呪いが解けるなら願ったり叶ったりだ」
「バーク、様……」
顔はイケメンで声音も勇ましくてカッコいいはずなのに……
パンツ一丁の靴下姿がすべてを台無しに……
バーク様のこの姿を早く終わらせるためにも、豆をさっさと投げないと!
私は木箱に入った豆を掴んでバーク様へ投げた。
「えいっ!」
パ、パン! パン! パパパ、パン!
「うおっ!? いってぇ! なんだ、この豆!?」
私が投げた豆がバーク様に当たると同時に破裂した。驚くバーク様の前に、豆が入った木箱を持ったオンル様と使用人の方々が並ぶ。
「毛玉は豆を投げる力が弱いですからね。毛玉の豆には少し細工をしました。では、次は私たちが投げます」
「細工!? ちょい待て!」
「私たちのは普通の豆ですから。まずは練習を」
そう言って一斉に豆を投げる。そのスピードが早すぎて私の目には豆が見えなかった。
カン、カン、カン! ピシッ! パシッ! ドゴォ!
バーク様が豆を受けたスコップは変形し、避けた先の壁には豆が刺さり、一つはバーク様の腹に直撃した。
「ちょっ!? おまえら! マジでこれ祭りか!?」
「えぇ。ここからが本場です。『オニは外、福は内』と言いながらオニを追いかけて豆を投げるそうです」
「ま、待て。なにか違うと思うぞ。まずは話し合おう」
ジリジリと下がるバーク様をオンル様と使用人の方々がじわりと追い詰める。
「いつもと違うことをしたかったのでしょう? さあ、派手にいきますよ。あ、外には出ないように」
「オニは外って言っておきながら、外に出るなって矛盾しすぎだろ!」
「「「「「「「「オニは外! 福は内!」」」」」」」」
「ギャー」
バーク様が一目散に逃げ出しました。




