とある使用人の一日
――――ミランダが猫としてバークの屋敷に拾われてきた頃の話――――
私はバーク様の屋敷に仕えている使用人……Aとしましょう。
竜族は代々魔力が強い者が頭となり、一族をまとめてきました。昔は頭の座をめぐり、血で血を洗う戦いもあったそうです。
しかし、今や頭の役割は他の種族との外交役、盟主と名を変えた、しちめんどくさ……いや、厄介な……いえ、誰もやりたがらない、と失礼。
とにかく。誰もが譲り合うため、魔力が一番強い者が強制的に就かされるようになりました。
現在は破格の魔力を持つバーク様が盟主。
竜族は強い者を尊び従う性質のため、少々性格がアレでも、なんら問題はありません。アレな性格ですが。
あと、どんなに女運が悪くても。
バーク様の魔力が強すぎて魅惑となり女性方を暴走させているのもありますが。
ただ、まあ、どんな堅物の女性でも数日、バーク様の世話をしたら魔力にアテられて惚れるという……
普通なら羨ましいと思うかもしれませんが、惚れる方向が直接的で。
魔力では敵わないので、毒を使って気絶させて襲おうとしたり、惚れ薬と言って自身の髪の毛や血を混ぜた物を食べさせようとしたり。
そんな経緯があり、バーク様は使用人を男限定にしたため、むさ苦しい職場が完成。
それも仕方なしと思っていましたが、最近少し変化がありました。
バーク様が猫を拾ってきたのです。
魔力が強すぎるゆえ、あらゆる種族から避けられてきたバーク様が。猫に逃げられることなく、むしろ懐かれているほど。
そのことをオンル様は訝しんでいますが、このむさ苦しい職場に新しい風が吹き込みました。
ガタイが良い男たちに怯えることなく、ふわふわな尻尾を揺らしながら、トテトテと歩く小さな体。ふんわりと広がった胸の毛。
丸い大きな水色の目に、ピクピクと動く耳。口を開けた時にだけ見える小さな牙。
そして、最高なのは座った時に現れる足!
長いモフモフな毛から出た、ちょこんと揃った前足。その、丸い前足! モフモフの集大成! 足裏も最高で! 白金の毛から覗く淡いピンクの肉球!
あれこそ神が作りし造形美!
一度でいいので触ってみたいものです。ただ、こちらから触れたら最期。バーク様の嫉妬の嵐が吹き荒れるでしょう。猫の相手に嫉妬する盟主……いえ、深く考えたら負けです。
とにかく、眺めるだけにしています。
そんな、ある日。
バーク様はオンル様と仕事で外出。警護は使用人二名がつき、屋敷に残ったのは本日の料理当番と清掃当番の四名。
まあ、バーク様に警護はいらないんですけど形式として連れて行くそうです。人族では権力がある者は護衛を連れていないと不審な目で見られるとか。
面倒な種族です。
で、私は清掃当番のため各部屋を掃除していきます。
ほとんどの部屋は水と風の魔法ですぐに終わりますが、バーク様の部屋は別。
猫の毛があるため、細かいところはテープを使ってペタペタと手で掃除します。毎日こまめにブラッシングをしているのですが、これがなかなか。
どうしても毛が落ちるんですよね。
まずは暖炉の横にある猫ベッドを庭に出し、テープで毛を取ってから軽く魔法で洗って天日干し。今日は天気が良いので、ふかふかになるでしょう。
次に魔法で軽くバーク様の部屋を掃除した後、幅が広いテープを取り出した。
「さっさと終わらせますか」
テープを丸めてシーツにペタペタとつける。すると白金の柔らかな毛が取れる、取れる。
しかし、この広いベッドでも決まった場所でしか寝ていないようで、毛取りはあっさりと終了。
最後に庭に干していた猫ベッドを回収して、暖炉の横にセット。
そこへ猫がやってきた。いつもならバーク様の側にいるが、今日はバーク様が不在のため居場所がないのかもしれない。
「洗って干しましたので、キレイになりましたよ」
猫は小さな鼻でスンスンと猫ベッドの匂いを嗅いだ後、私を見上げた。
「にゃーにゃにゃー」
まるで礼を言っているような声に思わず笑みが漏れる。
私は床に両膝をついて屈んだ。
「どういたしまして」
すると猫は水色の目を丸くして、私の膝に前足をのせて何かを訴えるように鳴いた。
「にゃにゃ? うにゃ、んにゃにゃ? にゃー?」
すぐ目の前に愛らしいモフモフが。いや、それより足が! あの、神の造形美である前足が! 私の膝に! 丸い足が! その上の足首に入った一本線が! その尊い姿が目の前に!
私は嬉しさのあまり両手で顔を覆い、天を仰いだ。
「うにゃにゃ!?」
猫が驚いたような声とともに、私の手にツンツンと触れる。
(まさか!?)
慌てて顔を戻すと、私の腕に前足が! ちょこんとのっている!
(あぁ、この柔らかい感触……ふわふわ……想像通り……)
「にゃ、にゃー……?」
昇天しかけている私に心配そうな声がする。
「あ、あぁ。失礼しました。なんでもありません」
思わず答えてしまった私に猫がホッとしたような顔になる。
それから猫は私の膝から飛び降りた。小さな重みがなくなり少し寂しさを覚える。
そこに次の衝撃が!
猫ベッドに全身を擦り付ける猫! その動きの愛らしさ!
最初は遠慮気味に首元を擦り付けていたが、徐々に大胆になり、今は背中を使い全身をくねらせている。たぶん自分のにおいをつけているのだろう。
キレイにしたばかりの猫ベッドは再び毛だらけになったが、そんなことはどうでもいい。
この姿を間近で見られただけで、もう……
「クッ!」
いろいろと耐えきれなくなった私はバーク様の部屋を飛び出した。
竜族は戦闘が得意で、全員が戦闘の訓練を受けている。有事の際は竜族全員が戦士となり前線で戦う。
私も当然、戦闘の訓練を受け、優秀な成績を収めた。その結果、バーク様の専属使用人に選ばれたわけなのだが。
その私でさえも陥落しかけた……
「ね、猫とは、こんなに恐ろしい生き物だったのか……」
それから、しばらくして。
バーク様が不在の時の清掃担当を決める時は血で血を洗う戦いが繰り広げられるようになりました。




