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猫になりまして

 全身を程よい温もりで包まれる。気持ち良すぎて、また寝そう……

 うっとりぼんやり考えていると声が降ってきた。


「どこかの飼い猫か、ノミやダニがほとんどいないな」

「室内飼いだったのでしょうね。逃げ出したのかもしれません」

「じゃあ、飼い主を探さないといけないのか?」

「飼うつもりだったのですか?」

「……」


 寂しげな沈黙。頭から背中まで撫でる手が愛おしそうに優しくて、気持ちい…………


(えっ? 撫でられ!? ふぇっ!? )


「ふにゃっ!?」


 意識を取り戻した私は全身をばたつかせた。お湯が跳ねる! 溺れる!


「んにゃ! にゃぁああっ!?」

「落ち着け! 落ち着け! 大丈夫だから」


 低い声とともに体を持ち上げられた。ボタボタと雫が垂れる。長い毛が水を吸って重く、体にまとわりつく。

 それより……


(夢じゃなかった……)


 体を見て猫であることを再認識。

 しょぼんとしていると、ふわふわのタオルで包まれた。そのまま、ガシガシと体を拭かれる。


「よし、じゃあ仕上げだな」


 テーブルに置かれ、タオルを取られる。半乾きの状態の私に大きな手が向けられた。

 太陽の下でしっかり日焼けしたような褐色の肌。無骨で剣だこがある大きな手。


『乾きと潤いの風の恵みを与えよ』


 ふわん。


 全身の毛が一瞬で乾き、柔らかく、もふもふに。


(ま、魔法!? 魔法が使える()は少ないのに!? もしかして、騎士とか王宮に仕えてる方?)


 驚きもあるけど、それより体がうずく。泥水は落ちて、さっぱりすっきり、ほのかに石鹸の香りもして気持ちいい……はずなのに!


「ふにゃ!」


 我慢できなくなった私は全身の毛づくろいを始めた。


(なんか、落ち着かない。本能? とにかく、舐めたい! においを変えたい!)


 ころんと転がり必死に毛づくろいをしていると、強烈な視線を感じた。恐る恐る顔をあげると褐色肌の青年の顔が! すぐ、前に!


「フギャッ!?」


 思わず体を起こして毛を逆立てる。


「あぁ、怒らないでくれ!」

「そんなに顔を近づけたら警戒されて当然ですよ」


 褐色肌の青年が振り返って文句を言う。


「こんなに可愛いんだぞ。いくらでも近くで見たいし、できれば吸いたい!」

「それで、いつも逃げられるのに学習しませんね」

「うるせぇ!」


 拗ねたように言った褐色肌の青年が再び私の前に顔を向けた。


 滑らかに輝く紫黒の髪。つり上がった眉、通った鼻筋。真横に閉じられた薄い唇。この国では見かけない褐色の肌。

 そして、射殺さんばかりに鋭い黄金の瞳。


 顔立ちが整っているだけに、この雰囲気と鋭い目は怖い。強面という表現がピッタリ。

 恐怖で耳がペタリとなる。尻尾を膨らせたまま体を低くして後ずさる私。


「あぁ、そんなに怖がらないでくれ」

「これが普通の反応です」


 うろたえる褐色肌の青年に無情な声をかけたのは、美麗な青年。

 長く艷やかな白銀の髪。朝焼けのような紫の瞳。高すぎない鼻に形のよい唇。微笑みを浮かべる姿は一輪の白バラのよう。でも、(たお)やかさはなく、男性だと分かる。


 思わず見惚れていると、褐色肌の青年が美麗な青年を隠すように立ちふさがった。


「オンル! おまえはこれ以上、見るな! こうやって、いっつも、おまえが持っていく!」

「それはバークの顔が怖くて、声が大きいのが原因でしょう」

「好きでこの顔に生まれたんじゃねぇ!」

「声は小さくすればいいだけじゃないですか」

「忘れるんだよぉ」


 褐色肌の青年が私の前でうつ伏せる。強面の顔からは想像できないほどの情けない姿。

 不憫になった私は前足をちょこんと褐色肌の青年の腕にのせた。しっかりと筋肉がついた太い腕。一つ一つの筋肉が浮き上がり、血管まで見える。


(すごいなぁ)


 まじまじと見ていると、いつの間にか顔をあげていた褐色肌の青年が感動したような眼差しを向けていた。

 しかも、心なしかプルプル震えている?


「肉球……この、可愛らしい肉球が、オレの腕に!」

「はい、はい。よかったですね」

「生きてて良かったぁぁぁ!」


(そこまでですか!?)


「うにやぁ!?」

「ほらほら、毛玉が驚いてますよ」

「おまえ! こんな可愛い子を毛玉呼びするとは、血も涙もないヤツだな! あ、なかったか」

「はい、はい。私は冷血漢ですからね。で、どうするのですか? その毛玉」

「そうだなぁ」


 褐色肌の青年が私を眺める。黙っている顔は強面で怖いけど、それは顔が整ったイケメンだからで。

 私を助けてくれたし、会話から楽しくて優しい人だと分かる。


(そうだ! 助けてもらったんだった!)


 あのままだったら、確実に凍死していた。

 私はお礼の意味をこめて、褐色肌の青年の腕に頭と体をこすりつけた。


(ありがとうございます)


「うにゃにゃにゃ〜ん」


 やっぱり猫の鳴き声になる。落胆する私の前で褐色肌の青年が小刻みに震えだした。

 私に両手を向けたが、なにかをこらえるように動きを止め俯く。


「あぁ、クソっ! 触りてぇ! でも、逃げられたくねぇ!」

「はい、はい。一応、懐いてるようですし、保護しましょう」

「飼っていいのか!?」


 キラキラと少年のように顔を輝かす褐色肌の青年。


「飼い主が見つかるまで、ですよ」

「よっしゃ! じゃあ、名前を決めよう! 呼び名がないのは不便だからな。なんて名前にするか……」


(ミランダ! 私の名前はミランダです!)


「みみゃう、みみゃ、みゃぅ……」


 必死に訴えるけど、口から出るのは猫語。そんな私を褐色肌の青年がジッと見つめる。


「みーみー鳴くから……ミーはどうだ?」


 私は驚いて顔をあげた。ミーならミランダとも近い。


「にゃう!」

「そうか! 気に入ったか! オレはバーク。こいつはオンルだ。よろしくな」

「にゃう!」


 こうして私の猫生活は始まりました。





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