すべて終わりまして
意識を取り戻した私は自室のベッドで目覚めた。
聞いた話では、私が意識を失った後で警備兵が突入。バルテルミー伯爵一家は身柄を拘束され屋敷に軟禁。当主であるヴァレリー様は連行された。
事件の内容としては、バーク様の指摘通り、ヴァレリー様は書類を偽造し、そこから利益を得ていた。
はじめは帳尻合わせの小さな偽造。そのうち、偽造を誤魔化すための偽造へ。そこから、様々な書類を偽造して収益を得て、最近は架空の税金を作るまでになったとか。
ところが、その偽造書類を作成していた使用人が急死。同じ特技を持つ人を探している時、私の話をお父様から聞き、ジスラン様を使って確認させ、婚約者にしたという。
偽造は重罪。バルテルミー伯爵家は取り潰しになるだろうと噂されている。
私は家のサロンで紅茶を飲みながら、ふぅ、とため息を吐いた。
こじんまりとしたサロンだが、暖かな冬の日差しと、穏やかな庭の景色が眺められるお気に入りの場所。
気持ちを落ち着けるため、私は一人でお茶をしていた。それでも、記憶はグルグルと頭をまわり、婚約が決まったと言われた時のことを思い出す。
あの頃の私は初めて言われた甘い言葉に酔いしれて、恋に恋していたのかも。
それを猫になって実感した。
(それでも。どんな姿になっても、変わらず私を心配してくれたのは……)
バーク様の顔が浮かぶ。
目つきが鋭くて強面だから、怖いと勘違いされるだけ。本当は楽しくて、優しくて、温かくて、いつも守ってくれて……
目を閉じるだけで思い出す。穏やかに、ゆったりと撫でてくれた無骨な手の感触。
「……会いたい」
無意識にこぼれた言葉に驚き、頭を振った。
「ダメ! ダメ! バーク様は竜族の王。私とは身分が違いすぎるんだから。それに、バーク様は女嫌い。もう会うなんて……」
胸がしめつけられる。思い出す記憶はドキドキして甘いのに苦しい。
「もしかして、私はバーク様のことを……」
(身分違い。女嫌い。あまりにも高い壁。恋心を自覚した瞬間、フラれるなんて……)
私は両手で顔をおおって俯いた。
「恋をすることが、こんなに辛いなんて」
「誰が恋したって!?」
「んにゃ!?」
ついに幻聴が聞こえたのかと驚き、思わず振り返る。そこには普段着姿のバーク様。
私は転がるように椅子から立ち上がり膝を折った。
「お久しぶりです、バーク様」
「……なんか、よそよそしくないか?」
「竜族の盟主と知らず、今までの無礼の数々。どうかお許しください」
「へ? なんで!? オレ、なんかしたか!?」
「いえ。したのは私の方でして」
「別に今まで通りでいいから。とにかく顔をあげてくれ」
私は顔をさげたまま首を振った。
「いいえ。手に噛みついたり、胸の上で寝たりしまして、申し訳ございませんでした」
サロンの外から、ヒッと息を呑むような声がした。心配したお父様とお母様が覗いているのかもしれない。
ガシガシとバーク様が頭をかく音がする。
「そんなの気にしてねぇし。まずは顔をあげてくれないか? これだと話もできねえ」
私はブンブンと首を横に振った。
今までの不躾な態度とか、なんとか理由をつけているけど、本当はバーク様の顔が見られないから。声を聞いただけで、こんなに胸が苦しいのに、顔を見たら、どうなるか……
感情が抑えきれず涙がぽろぽろと零れる。
「へっ!? え!? な、なんで泣くんだ!? オレ、そんなにキツく言ったか!?」
私は無言で首を振った。いや、振ることしかできなかった。
声をこらえて泣き続ける私にバーク様がお手上げ状態になる。
「あぁ、もう。とにかく泣き止んで、顔をあげてくれ。これじゃあ、本当に話ができない」
バーク様を困らせているのは分かる。でも、涙はとまらないし、顔はあげられない。
そんな私の頬に手が触れた。無骨で、大きくて、私の顔を包み込む手。この温もりに何度安らぎ、癒やされたか。
「ミー」
優しい声とともに頬に添えられた手が私の顔を上に向ける。筋張った親指が私の涙を拭った。
バーク様が困ったような顔で微笑む。
「なあ、どうしたら泣きやむ? オレにできることなら、なんでもするから」
強面の顔で必死に言う姿は、どこか可愛らしく見えて。その優しさが、また胸をしめつけて。
私は目を閉じて、頬に触れているバーク様の手に自分の手を重ねた。声が震えないように精一杯の勇気を出し、願いを口にする。
「私を、お側においていただけませんか? 猫のままでいいので」
「え?」
「バーク様が女性嫌いなことは知っています。中身が女の猫なんて嫌でしょうが、私はバーク様のことを……」
「待て!」
バーク様が私を抱きしめた。背中にまわされた逞しい腕。厚い胸板に顔を押しつけられ、耳に響く早鐘のような心臓の音。
無言のまま静寂が流れる。涙は驚きでとっくに止まっていた。
「……あの、バーク、様?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、な」
「は、はい」
声からバーク様が緊張しているのが分かった。バーク様が深呼吸をして、腕の力を緩める。
「オレの過信じゃなかったら、いいんだが……」
「過信?」
私が顔をあげると、黄金の瞳がまっすぐ見下ろしていた。
「ミー……いや、ミランダ。好きだ。ずっとオレの側にいてほしい」
「あ、だから猫として側に」
「違う! 違う! ミランダに! 人のミランダに! 側にいてほしいんだ!」
私は一瞬、言われた内容が理解できなくて固まった。言葉を反芻して、なんとか頭に叩き込む。
「あの……人だと肉球がありませんよ? もふもふ、ふわふわの毛も、小さな体も、ありませんよ?」
「グッ! わ、わかっている! けど、それよりもオレはミーが好きなんだ。猫のミーも人のミーも同じぐらい好きなんだ」
「え……」
「それに、猫だとこんなことできないだろ」
バーク様の顔が近づく。思わず目を閉じると同時に唇に触れた柔らかい感触。
ポンッ!
軽い音とともに私は猫になっていた。数秒ほど見つめ合った後、バーク様は私を小脇に抱えてサロンを飛び出した。
サロンを出たところで控えていたオンル様にバーク様が叫ぶ。
「オンル! 呪いをかけたヤツを至急連れてこい! 呪いを解かせろ!」
「それが、メイドがかけた呪いに、他数名の嫉妬や恨み、妬みも合わさっていたようで、複雑になりすぎて簡単には解呪できません」
「なんてこったぁぁぁぁあ」
叫ぶバーク様の小脇で私は廊下に視線を向けた。そこでサロンを覗き見していたお父様、お母様と目が合う。
気まずい沈黙。私は猫のまま声をかけた。
「……にゃ、にゃあ」
猫嫌いのお母様が気絶しました。
このあともう一話投稿して完結します