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王太子殿下が登場しまして

 明らかに今までと違う緊張感に張りつめた静寂。ホール中の人が頭をさげたところで、バーク様の声が平然と響いた。


「遅いじゃねーか」

「仕方ないだろ。急に呼ばれても、こちらも公務というものがあってだな」

「てめえの部下の不始末だろ」

「だから、こちらを優先して参上したのだ。これ以上、そちらに借りを作りたくないからな」


 バーク様との親しげな会話を聞きながら私は硬直していた。

 ホールに入ってきた青年。この国の民であれば誰もが知っている王太子殿下、ご本人。


(なにがどうなって!? えっ!? えぇ!?)


 まったく話が見えない状況に私を含め、全員が混乱した。頭をさげているため顔は見えないが、会話から親しい間柄であることは分かる。


(バーク様って何者なの!?)


 いまさらな疑問に私は硬直した。頭をさげたまま周囲を窺えば、みな考えることは同じらしく、私に疑問の視線を投げている。


(あの、私が一番知りたいんですけど!?)


「さて、今回の訪問は突然で非公式のものだ。みな、(おもて)をあげよ」


 その声に人々がゆっくりと顔をあげていく。

 王太子殿下が二人の騎士を(したが)え、堂々とホールの中心に立つ。

 昼間の太陽のような髪と海のような碧い瞳。二十歳前後で若さにあふれている。整った顔立ちだけど、バーク様と並ぶと、どうしても少し見劣りして……って、そんなことを考えている場合でない。


 王太子殿下の視線にヴァレリー様の顔がみるみる青ざめていく。


「さて。貴殿の金庫にサウザン公爵家の蝋印とそっくりな蝋印があった理由について、納得がいく説明をもらおうか」

「で、ですから、それは誰かが私を(おとしい)れるために……」

「では、その誰かを探すために、この屋敷を徹底的に捜索せねばならんな」

「そ、それは!」


 慌てるヴァレリー様に王太子殿下が冷たく笑う。


「捜索したら不都合なことでもあるのか?」

「それは、その……いろいろと散らかってまして、もう少し片付けてから……」

「気にすることはない。もう、捜索している」

「え!?」

「失礼します!」


 ホールに駆け込んだ兵士が王太子殿下に敬礼をする。


「金庫より、他の公爵家や伯爵家の蝋印が見つかりました」

「ご苦労。引き続き捜索をしてくれ。さて、これについては、どういう説明をするかな。バルテルミー伯爵?」


 ヴァレリー様が黙る。バーク様が二枚の書類を見せながら言った。


「この書類が入っていた封筒にはサウザン公爵家の蝋印で封蝋してあった。おまえは職権を乱用し、一枚目の手紙を入手。封を開けて中身を確認すると、別の封筒に入れ、サウザン公爵家の蝋印に似せて作った蝋印で封蝋をした。そして二枚目の書類を作成。しばらくして、オレ宛に出した。どうだ? 違うか?」


 ヴァレリー様が反論せずに唇を噛む。


「どうせオレのことを名も知られていない他国の田舎領主とか思ったんだろうが、相手が悪かったな」

「そうだな。よりにもよって、バーク殿に手を出したのが運の尽きだ」


 王太子殿下が話しながら盛大に頷く。そこに狂ったようなジスラン様の笑い声が響いた。


「もうお終いだ! すべて終わりだ! それも、これも、さっさと結婚しない、おまえのせいだ!」


 ジスラン様が床に落ちていたナイフを掴み、私に振りかざす。避ける間も、逃げる間もない。

 バーク様が駆け出したが、王太子殿下の近くに移動していたため距離がある。


「キャッ!?」


 私は悲鳴とともに、体を屈めて丸くなることしか出来なかった。


 突如、室内に突風が吹き荒れる。ほとんどの人が立っていられず、よろめき倒れた。姿勢を低くしていた私はほとんと影響を受けなかったけど、結いあげていた髪はほどけた。

 恐る恐る顔をあげる私に大きな影がかかる。


「ミー、大丈夫か!?」

「……バーク、様?」


 顔をあげた私の目に大きな黒い翼が見えた。それは、バーク様の背中から生えていて……視線をさげれば、床を這う大きな黒い尻尾。まるで、お伽話で聞いたドラゴンのような。


 呆然とする私にバーク様が眉尻をさげ、翼と尻尾を消した。


「怖がらせて悪かった。魔法を詠唱していたら間に合わないと思って、翼で風を起こしてあいつを飛ばしたんだ」


 そう説明した視線の先には、壁まで吹き飛ばされ倒れているジスラン様。気絶しているのか動く様子はない。


「あ、あの、バーク様はいったい……何者、ですか?」


 全員の疑問。

 腰が抜けた私にバーク様が手を差し出す。


「あれ? 言ってなかったか?」

「聞いていません」

「あー、えーと……」


 バーク様が恥ずかしそうに視線をそらす。そこにオンル様が現れた。


「竜族の盟主です」

「あー! なんで勝手に言うんだよ!」

「バークがなかなか言わないからです」


 いつも通りの会話をする二人。その様子を眺めながら、私は魂が抜けていく気がした。


「盟、主?」


 私の呟きにバーク様が反応する。


「盟主って言っても、そんな大したものじゃないぞ。竜族は人族と違って国を作るほど数は多くない。部族ごとに暮らしているから、それをまとめる代表役みたいなもんだ。そんな偉いわけでもない」


 どこか焦ったように説明するバーク様。私は情報の多さに停止しかけている頭で必死に考えた。


「……つまり、竜族の王、ということですか? だから、王太子殿下とも親しげにお話を……」

「あー。人族流に言うなら、そうなるか、な。この国の王族とは付き合いも古いし」


 私は強烈な目眩に襲われた。


(知らなかったとはいえ、竜族の王にあんなことや、こんなことを……)


「おい、ミー? ミー!? どうした!?」


 ふらりと揺れた体をバーク様が支える。逞しい腕に優しい温もり。癒やされるより先に、心労や疲労が容赦なく襲いかかる。


「もう、いろいろ無理です」


 緊張の糸が切れた私はここで意識を失った。





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