婚約者に選ばれた理由が分かりまして
ヴァレリー様が静寂を吹き飛ばすように笑う。
「いきなり不躾に呼び出したと思えば戯言を。おまえは誰だ? 不法侵入で警備兵に突き出すぞ」
「おぉ、突き出していいぞ。そうしたら、この書類も調べられるが、そうなると困るのは、おまえじゃないか?」
「なにを根拠に。そんな見たこともない書類など」
「そうだな。おまえには関係のない契約書だ。なのに、なぜか突然おまえに関係がある役所の名前が出てくる」
ヴァレリー様の片眉がピクリと動く。
「これはオレとサウザン公爵との契約の書類だが、一枚目の内容でほぼ合意していた。だが、いきなり二枚目の書類で配達税なるものが付け加えられた。書かれていた理由は納得できるものだったし、金額も払える範囲だ」
「なら、別に良いではないか」
「それが契約相手からの正式な提案なら良いが、偽造された書類に書かれたことなら、良いわけないだろ。それに、その配達税とやらは、どこにいく?」
「……わ、私が知るわけなかろう」
私は初めて聞く単語に首をかしげた。配達税なんて聞いたことがない。
バーク様が呆れたように肩をすくめる。
「この配達税は普通郵便では扱えないような重要書類を配達するための税金と説明書きがあってな。オレの仕事はどうしても重要書類を扱うことが多い。頻繁に使うなら別途で税金を払え、ということだ。で、その重要書類の管理配達をしている部署の責任者は、おまえだよな?」
「た、たしかにそうだ」
「なら、その配達税とやらは、おまえの懐に入るってことだよな?」
ヴァレリー様が怒鳴る。
「い、言いがかりだ! それに、その書類が偽造だという証拠がない!」
「契約相手であるサウザン公爵が、二枚目の書類は知らないと言ったんだ。なら、第三者による偽造しかないだろ。それともサウザン公爵が嘘をついていると? 先王の弟一族を疑うのか?」
それまで顔を真っ赤にしていたヴァレリー様が慌てた。王族を疑ったとなると、場合によっては反逆罪になる。
「ち、違う! そうではなく……その、私は関係ない!」
「責任者であるおまえが関係ない、と?」
「い、いや……だから、その、私はそんな書類など知らない! 関係ない! そんな書類は誰だって作れる!」
「こんな手の込んだ偽造を? 誰でも?」
「そうだ! 手紙の一通ぐらい、誰だって作れる!」
「一通とは限らないだろ。そういえば、おまえ。ここ数年で随分と羽振りが良くなったそうだな。似た手口で、いろんなところから金を集めたんじゃないか? 勝手に作った配達税とかで」
その一言でヴァレリー様を見る人々の目が疑いの眼差しに変わる。そんな空気をヴァレリー様が手で薙ぎ払った。
「税を勝手に作るなど、それこそ出来ないだろ!」
「オレはこの国や人族について詳しくないからな。オレみたいな者なら騙されやすい。現にオレは騙されかけた」
余裕のバーク様にヴァレリー様が噛みつくように叫ぶ。
「すべては貴様の狂言だ! どうやって書類を偽造するというのだ!? 書類作成者のサインだってあるのだぞ!?」
「この書類文書、サイン、すべてを真似て書いたとしたら? 人族はサインに魔力を込められないからな。形だけ真似すればいい」
「そ、そんなことができる人間がいるわけないだろ!」
「そうか? そういえば、少し前におまえのところの使用人が一人、急死していたな」
「な、なぜ、それを……」
「手先が器用で真面目だったが、ある時から急に酒を大量に飲むようになり、それで体がボロボロになった、と。それも丁度おまえの羽振りが良くなった頃から」
何も言わないヴァレリー様にバーク様が書類を見せる。
「偽造書類を作らされ、その重圧から逃げるために、その使用人は酒を大量に飲むようになったんじゃないか? で、おまえは死んだ使用人の代わりになる、偽造書類を作れる技術を持った人を探していた。違うか?」
そこでお父様とお母様が私を見る。私も、ようやく分かった。
バルテルミー伯爵家が私を婚約者に選んだ理由。そして、ここまで私に執着して、早く結婚しようとしていた理由。
(私の特技を使って偽造書類を作らせようとしていた……)
私はお父様に小声で訊ねた。
「お父様、私の特技について、ジスラン様かバルテルミー伯爵に言いました?」
「あ、あぁ。おまえを気に入ってもらおうと思ってバルテルミー伯爵に……まさか、こんなことをしているとは……」
「金輪際、口にしないでください」
「だが、バルテルミー伯爵がそんなことをおまえにさせるわけ……」
私は周囲に聞かれないよう小声のまま説明を続けた。
「お父様、現実を見てください。財力も爵位も外見も上の女性三人を差し置いて、私が婚約者に選ばれる理由なんて、他にありません」
「いや、しかし……」
現実を受け入れようと……いや、見ようとしないお父様に苛立ちがつのる。
「最悪の場合、偽造が発覚したらすべての責任を私とテシエ家。つまりお父様に押し付けて罪から逃れようとしていた可能性もあるんですよ。伯爵家と子爵家。力の差を考えれば濡れ衣を着せるなんて簡単です」
「なっ……」
やっとお父様が驚愕の顔になり、ヴァレリー様を見た。そこへバーク様がやってくる。
「やっぱりミーは賢いな。可愛いだけじゃなくて、こんなに賢いのに。本当、見る目がないヤツばっかりだ」
「ちょ、バーク様。ここではおやめください」
猫の時と同じようにバーク様が私の顔や頭を撫でまわす。しかも、そのまま頬ずりをしそうな勢いで。周りからの生温かい視線が痛いです!
なぜか甘くなってしまった空気を吹き飛ばすようにヴァレリー様が怒鳴る。
「すべてデタラメだ! 証拠がない!」
「証拠ならございますよ」
全員がホールの入口に注目する。
そこには白銀の髪を揺らして立つオンル様。メイドを連行してから、なかなか戻らないと思っていたら。
集まる視線に応えるように、オンル様が白い手を差し出した。その先には、木で造られた蝋印。
「主寝室の金庫の中に、こちらの蝋印がありました」
蝋印が小さいため、印の形までは確認できない。目を凝らして見ようとする人たちにオンル様が説明する。
「これは、サウザン公爵家の蝋印です。なぜ、バルテルミー伯爵家にサウザン公爵家の蝋印があるのでしょう?」
ホールがざわめき、人々がヴァレリー様から距離をとる。ヴァレリー様が慌てふためいた。
「わ、私は知らん! 私を陥れるための罠だ! そもそも、どうやって金庫を開けたというんだ! 金庫の中に入っていたところを見たヤツはいるのか!?」
「金庫は魔法で壊し……いえ、開けました。この蝋印が金庫の中にあったところを見た証人もいます」
「しょ、証人だと!? なら、そいつを連れてこい!」
「だ、そうです」
オンル様が一歩下がり頭を垂れた。開けられた道に青年が進み出る。
その姿にホールにいた全員が息をのみ、一斉に頭をさげた。