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また助けていただきまして

 バッシャーン!


 私の周りに水滴が落ちる。でも、私は濡れていないし、猫になっていない。それどころか、懐かしい温もりに包まれ……


「ふぅー、危なかった。大丈夫か?」


 その声に恐る恐る顔をあげる。そこには、私に覆い被さり優しく見下ろす黄金の瞳。


「バーク……様?」

「あぁ」

「夢?」

「夢じゃねぇぞ。ほれ」


 バーク様が私の手を握る。よく知っている大きな無骨な手。でも、雰囲気がいつもと違う。

 初めて見る異国の正装姿。

 漆黒の詰め襟服に、金糸と金紐の装飾。上着は足元近くまで布があり、腰からスリットが入った独特の形。真っ白なズボンと黒の長いブーツが足を覆う。

 見惚れかけた私は無理矢理、意識を現実に戻した。


「あの、どうして、ここに?」

「そりゃ、あんな今生の別れのような手紙が届いたら焦ってくるだろ」

「あ、いえ。あれは、その……」


 場合によっては、この寒さの中で湖に飛び込むつもりだった。そうなると、二度と会えない可能性もある。と考え、つい今までのお礼を書き連ね、お別れの手紙になってしまった。

 バーク様がホッとした顔になる。


「仕込みに手間取って遅くなっちまったが、間にあって良かった」

「仕込み?」


 二人の会話を割くようにメイドの叫び声がした。


「離しなさいよ!」


 足元では異国の白い正装服を着たオンル様がナイフを持ったメイドを押さえつけていた。

 真っ白な布地に銀糸と銀紐で飾られた正装服は、バーク様と対のような姿。


「あの女が! あの女が悪いのよ! ジスラン様を奪う女は全員呪ってやる!」

「……そういえばメイドにも手を出しているって」


 私の呟きに全員の視線がジスラン様に集まる。


「わ、私はそんなメイドなど知らん!」

「何度も、何度も、私に愛を囁いてくださったではないですか! 愛しているのは私だけだと!」

「う、うるさい! そこの男! さっさと、そいつを連れて行け!」


 ジスラン様の言葉にオンル様が顔をあげた。紫の瞳の鋭く冷えた視線に、ジスラン様の足がさがる。


「私が従うのは、ただ一人です」


 バーク様が濡れた髪をかきあげながら命令した。


「あー、外にいる警備兵に引き渡しとけ」

「はい」

「離しなさい! 私はジスラン様のために! ジスラン様!」


 オンル様が喚くメイドを立たせる。メイドが持っていたナイフが床に落ち、カランと乾いた音をたてた。

 そのままオンル様がメイドをホールの外へ連行する。


「それにしても派手に濡れたな。ま、ミーが濡れなくて良かった」


 私を庇って頭から水を被ったバーク様。濡れた紫黒髪が艷やかに輝く。太い眉に、鋭い黄金の瞳。まっすぐな鼻筋に形がよい唇。水滴が流れる太い首に、立派な体。

 水に濡れて色気ダダ漏れのバーク様に、美女三人の目つきが変わった。

 ベリッサ嬢が素早くハンカチをだす。


「そのままだと風邪をひくわ。どうぞ、お使いになって」

「まあ、私のハンカチのほうが水をよく吸いますわよ」

「そんなことより、早く拭きませんと」


 レミーナ嬢がハンカチで直接バーク様を拭こうとした。しかし、その前にバーク様が手で払う。


『火の温もりよ、我にその恩恵を』


 魔法により一瞬で濡れていたところが乾いた。美女三人の目が増々鋭くなる。


「まあ、魔法が使えるのね。ぜひ、お名前を教えていただけません?」

「さぞかし名のある方なのでしょう。いろんなお話を伺いたいわ」

「よろしければ、ご一緒にお食事などいかが?」


 三人の態度にジスラン様は呆然と呟いた。


「おまえたち、私のことが好きだったのではないのか? なぜ、こんな奴に?」

「だって、ジスランより逞しいし」

「魔法も使えますし」

「ジスラン様よりカッコいいから、という訳ではありませんよ?」


 暗にジスラン様よりカッコいいと言っているレミーナ嬢が一番辛辣。

 その様子を見ながら、バーク様は三人に見せつけるように私の腰を抱き寄せ、ニヤリと笑った。


「悪いが、オレはそこの浮気ヤローと違ってミー一筋なんでな。これ以上、オレの機嫌を損ねたくなければ」


 一呼吸おいて黄金の瞳が鋭くなる。強面どころか、極悪人面と言ってもいいかもしれない。


「さっさと消えな」


 美女三人が小さな悲鳴をあげ、逃げ腰になりながらもジスラン様に釘を刺した。


「じゃ、じゃあ、ジスラン。慰謝料については後で請求書を送りますから」

「そうですね。私も侯爵家より正式に通達させていただきますわ」

「私は……お待ちしておりますわ。必ず誠意をみせていただけると」


 レミーナ嬢は脅しに近い力がこもっている。

 意外と図太い神経の美女三人がそそくさと退室し、次に私へ視線が集まった。けど、私はそれどころではない。


(ひとすじ……一筋って!? あ、ジスラン様に諦めてもらうための演技! そういうことですね!)


 即座に理解した私をバーク様が不安気に見下ろす。


「なんか、違った方向に解釈してないか?」

「そのようなことは、まったくありません」


(仲が良い演技をしなければ! でもバーク様は女嫌いだから、適度な距離で)


 バーク様との距離を測りかねていると、ジスラン様が怒鳴った。


「貴様、ミランダを監禁していた男だな!」


 その言葉に私はプツンとナニかが切れた。


「なぜ、そうなるのですか!?」

「そうだろ! ミランダが記憶喪失だから療養させるとか言って、私に会わせなかった! そうか! 貴様がミランダを(たぶら)かしたんだな!」

「ジスラン様! バーク様に失礼が過ぎます!」


 叫ぶ私をなだめるようにお父様が声をかける。


「ミランダ、落ち着きなさい。今日は一度帰ろう。また後日、婚約のお披露目を……」

「お父様は黙っていてください!」


 興奮状態の私にお父様がたじろぐ。私はお父様とジスラン様を睨んだ。


「お父様も、ジスラン様も、誰も私を見つけてくれませんでした! 見つけてくれたのはバーク様だけ! バーク様がいなければ、私は凍え死んでいました! 命の恩人であるバーク様を悪く言うことは、誰であろうとも許しません!」


 ゼーハーと息を切らした私の頭上から笑い声が漏れる。


「そうか、そうか。オレのことを想って怒ってくれたのか」

「えっ!? はっ、あ、いや、これは、その……」

「ありがとうよ」


 くしゃくしゃと頭を撫でられる。猫の時と同じ。無骨で剣だこがある大きな手。懐かしさと嬉しさがこみあげる。


「でも、ここからはオレの仕事だ。ちょっと、待っててくれ」

「仕事、ですか?」

「あぁ。ヴァレリー・バルテルミー。ちょっと(つら)貸しな」


 伯爵家当主を敬称もなしの呼び捨て。ホールが一気に騒がしくなった。

 ヒソヒソ声が響く中、ジスラン様の父親でありバルテルミー伯爵家当主のヴァレリー様が出てくる。

 茶色の髪に茶色の瞳で、平凡な顔立ち。ジスラン様が父親似だと分かる風貌。


「私がそうだが、何用だ?」

「おまえがヴァレリーか。会いたかったぜ」


 バーク様が二枚の書類を見せつける。


「ちょいと聞きたいことがあるんだ。この偽造書類について、な」


 誰も予想しなかった展開にホールが一瞬で静かになった。




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